第36話 癒えない傷
「クリス様、廃王の事についてお伺いしたいのですが。」
「なんだい、ナオ坊。
そんなこと聞いてどうするんだい?」
「聞いてから考えます。」
ベテルギウスから依頼された話を確認するため、クリスの所に来たナオキ。
「まずは、訳を聞こうじゃないか?」
クリスは長椅子に寝かかり、ナオキを見ている。
ナオキは直立不動のまま、ベテルギウスから依頼された旨の話をする。
「あはは…。
ベティめ、余計なことを…。」
「クリス様?」
「解ったよ、廃王について話そうじゃないか。」
クリスが廃王について語った要旨は以下の通りだった。
廃王とは、魔王に止めを刺し、彼の遺志を受け継いだ元英雄マッケンジー。
彼の地にて、誰もが憩えるオアシスを立ち上げ『見捨てられた土地の奇跡』と言われるほどの復興を遂げた。
交易も盛んにおこなわれ、東シプロア連邦からは、お嫁さんも輿入れされてきた。
「あの頃は、平安に満たされておったが…、凋落の足音も聞こえていたのかもしれんのう。」
クリスの顔が曇る。
ある日、マッケンジーが交易の都合で、首都を離れた際に、事件が起こる。
そう、奥様が惨殺されるという非情な事件が。
「四肢はもがれ、内臓は引き吊り出されとった。
今でも鮮明に覚えとる。」
涙声のクリス。
「分かるか?
まだ十五にもならない娘に、この仕打ち…。」
言葉を失うナオキ。
「わしも、辛うじて奥方の魂を封神しようと試みたが…。」
「そうですか…。」
帰って来たマッケンジーは発狂し、クリスなど、側近も含め全ての人間を首都から追放した。
そして、首都に居た全種族も追放した。
「それが、今から八十年前の話じゃ」
奥方を惨殺した首謀者が、あろう事か東シプロア連邦の諸侯だったのである。
「主は、首謀者どもを殲滅すべく…
死霊使いになり、死者の軍団を作り殲滅戦を行ったのじゃ。」
死者の軍団は、東シプロア連邦を蹂躙し、多くの負傷者を出した。
そして、本命の諸侯一族には、年寄りから子どもに至るまで、恐ろしい惨殺劇でもって復讐を果たした。
「この時の惨殺劇の凄惨さと、死者の軍団を従えて居た姿をもって、『廃王』と呼ばれるようになったのじゃ。」
ここまでのクリスの話に疑問を持ったナオキは、クリスに質問する。
「クリスさんは、マッケンジー殿の…。」
「察しの通り、主の側近じゃった。
主が死霊使いに身を窶そうとしたときに、進言しに向かったのじゃが…。」
服を脱ぎ、胸元を晒すクリス。
「この通り、呪いの黒曜石を植え付けられたのじゃ…。」
クリスの胸元に禍々しく輝く黒曜石。
「わしはハイエルフ。
本来歳を取る事は無いのじゃが、ご覧の通りじゃ。」
「こんな身になって以降、主の所には行っておらぬ。
ゆえに、私が話せるのはここまでじゃ。」
「分かりました。
ありがとう。」
服を着直し、長椅子に寝そべるクリス。
「しかし変じゃのぉ…。
ベティの奴、何を考えとるんじゃ?」
ナオキも答えようがなく、肩を竦める。
「あいつも、
「ろ、ろ、六百歳…。」
しばし考え込むクリス。
「すまんが、わしをベティの所に連れて行ってもらえんかのぉ。」
「わかったよ。」
「では、善は急げと言うからのぉ…。」
ゆっくりと起き上がりナオキの近くまで来るクリス。
「
「へっ!!」
足元に魔法陣が現れたかと思うと、風景が一変する。
鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をするナオキ。
周りを見ると…。
「やぁ、クリス、ナオキ。」
目の前にいるのは、ベテルギウス!
「ベティよぉ、ナオキに何を吹き込んだんじゃ?」
「それを確認しに、わざわざ来たのか?」
「当然!」
「わかった、事の詳細を伝えるとしよう。」
ベテルギウスが話す事には。
八十年前のある日、突然魔王アキラがベテルギウスの前に現れたらしい。
「ようやく、神の
…ただな。」
マッケンジーが狂気に走っており、その状態を憂いているとの事だった。
そして、霧のように消滅していくアキラがベテルギウスに頼んだことが、マッケンジーを狂気から解放する事だった。
「恐らく、心を解きほぐす事さえ出来れば、大丈夫だろう。」
その言葉を残し、アキラは消えたとの事だった。
「そうじゃったのか。」
ベテルギウスの話を聞き終わり、クリスは目を瞑り、何かを思い巡らしているようだった。
「ナオキよ。」
「はい。」
「良ければ、クリスを連れて行って貰えるだろうか?」
「はい、解りました。」
「それと…。」
ベテルギウスが半目になり、あんまりお勧めしたくないなぁ的な空気をまき散らしながら。
「ついでに、ティーノも連れて行くといいと思うぞ。」
「わ、わかった。」
クリスがゆっくり目を開き、ナオキに頭を下げる。
「すまんが、よろしく頼む。」
「はい。」
「では、
ベテルギウスの前から二人が消える。
「さてと、アキラよ、約束は果たしたぞ…。」
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