第30話 戴冠式と結婚式

 式場に指定された中央広場は、人で埋め尽くされている。

 彼らの頭上には所々にスピーカーが設置されている。


「…ここで、この曲から流してくれないか。」

「分かりました。」

 スマホを覗き込みながら、慣れた手つきで打ち合わせをするナオキとティーノ。


「じゃ、頼みます。」

「分かりました。

 それでは、良い式になるよう祈念しますね。」

「ありがとう。」

 つなぎ姿のティーノは準備に入り、軽装備姿のナオキは持ち場に戻る。


 ◇ ◇ ◇


「あぁ~、来た来た。

 ダ~リン遅い!!」

「ごめんごめん。」

「準備は整ったの?

 あなた。」

「うん、後はティーノさん次第。」

「ティーノ様なら大丈夫よ。」

 ナオキを迎え入れる三人の花嫁。

 彼らの式の準備が整う。


「あ…あのぉ…。」

 蒼いイブニングドレスに身を包んだレッシーが不安そうな顔をしている。

「どうしたのレッシー」

 メグがレッシーの傍に来る。


「わ、わたし、女神なのに、人と結婚するんですか?」

「もう、頭数に入っちゃってるみたいよ。」

「そ、そんなぁ…。

 わたしの女神の権能が消えちゃう…。」

 泣き崩れそうになるレッシーをそっと支えるメグ。


 すると、何の前触れもなく、赤いイブニングドレス姿の先輩女神がレッシーの傍に立つ。

 突然現れた先輩女神にびっくりするメグと、その驚いた動作で何かを悟ったレッシーがメグの視線の先を見て凍り付く。

「せ、先輩…。」

「!!!」


 レッシーの微かな声に反応した三人も、突然現れた先輩女神を見て固まる。

 先輩女神は流暢に話し始める。

「は~~い!

 フローレンシア。

 久しぶりね♪」


「は、はい。

 先輩…。」


「そんなに、固まらなくても大丈夫よ♪」

 上機嫌な先輩女神とビクビクしているレッシー。


「貴女の結婚は既定路線だから、心配無用よ。」

「はっ!!」

主神ボスの了承も取ってあるは。」

「え…、じゃぁ…私…。」

「女神の権能は失われ、天国へ戻る事も叶わなくなるけど…。」

 完全に涙目のレッシーの肩にそっと手を置く先輩女神。


「貴女には、女神に準ずる権能をもって、彼…ナオキ君の下に留まる事を主神ボスは望まれたのよ。」

「それって…。」

「貴女自身をスキルとして、彼に託す事にしたのよ。」

 先輩女神はレッシーを抱き取り、ナオキ達の前に立たせる。


「改めて、フローレンシアを…

 この子をよろしくお願いします。」

 先輩女神は大粒の涙を流し、頭を下げる。


 メグがゆっくりとレッシーを抱きしめ。

「先輩女神様…」

 先輩女神が頭をあげるとメグが続ける。

「先輩女神様、素敵な女神を送って頂きありがとうございます。

 私の友として、子どもとして、家族として大切にしていきます。」

 レッシーはメグにしがみついて、わぁわぁと泣き出してしまう。


「あぁあぁ、レッシーさん…折角の化粧が落ちてしまう。」

 アルが駆け寄りレッシーの涙をぬぐい、エルも予備のハンカチをもって彼女の傍に立つ。

 先輩女神は満面の笑みを浮かべ、ゆっくりと空に消えて行く。

「フローレンシア…

 改めておめでとう。

 幸せになりなさいよ。」


「はい!」

 まだ、目元が赤いレッシーが先輩女神を見つめにっこりと笑う。

 何度も頷きながら、先輩女神は霧のように消えて行った。


 ◇ ◇ ◇


「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」


「こ、今度は何?」

 エルの悲鳴に驚くアル。


「式が始まっちゃう!!!」

 式場に音楽が流れ始め、会場もざわついている。


「!!!」

 全員慌てて身支度を整える。

「いくぞっ!」

「はいっ!!」

 ナオキの掛け声に、四人の花嫁が答える。

「式の開幕だぁ!!」

「お~~~!!」

 五人は式場に歩みだす。


 ◇ ◇ ◇


 式場に流れるのは、ボレロ。


「いいですね。

 勇者を迎えるのに、これ以上ない雰囲気になってきましたよ。」

 とニコライ六世が言えば

「そうですね…。

 今度、私の子どもたちのお披露目の際でも、同じことをしようかな…。」

 と答えるロメオ三世。

「それは、素晴らしい事ですよ、殿下。」

 ニコライ六世がほほ笑み、ロメオ三世婦人もニコニコしている。


 聴衆も独特の雰囲気にそわそわしている中、本日の主役五人が登場する。

 一人のナオキがゆっくりと進み出てロメオ三世とニコライ六世が佇む玉座の前に立ち、ゆっくりと膝をかがめこうべれる。


 王冠を被ったロメオ三世が立ち上がり、ゆっくりとナオキの下に来る。手に持った王笏をナオキの右肩に置く。

「この者は、数多の苦難を乗り越え、ついにドラゴンを退ける術を得たり。

 ここに勇者の称号を与え、民の平安に寄与する事を求める。」

「謹んでお受けいたします。」

 響き渡る二人の声


「神聖マロウ帝国、皇帝ニコライ六世である。

 この儀式の後見人として馳せ参じた。」

 そう言うと、ニコライ六世もナオキの下に来る。

 ナオキの頭上に按手するニコライ六世。

「神の御加護のあらんことを!!」

 曲も大詰めを迎え、熱狂的な拍手と歓声も巻き起こる。


 ◇ ◇ ◇


 戴冠式も一段落し音楽も鳴り止む。

 会場も落ち着きを取り戻し、静寂が戻ってくる。


 ロミオ三世が玉座に座り、ニコライ六世はお色直しのため一旦奥に下がる。

 ナオキ達も、結婚式の準備に合わせ、お色直しに入る。


 キャストの退いた舞台。

 …次の演舞を待つ観衆。


 ロミオ三世が玉座よりゆっくりと立ち上がる。

「勇者の結婚式を挙行する!!」


 拍手と歓声が沸き起こるが、余韻は続かず会場は静まり返る。


 音楽が流れだす。

 G線上のアリア。

 観衆がゆったりした音楽に身をゆだねていると、祭服姿のニコライ六世が入場してくる。

 ニコライ六世に続き、

 白いモーニングコート姿の勇者ナオキ

 オフショルダーウェディングドレスのメグ

 ワンピース風の愛くるしいウェディングドレス姿のアルとエル

 そしてレースプリンセスウェディングドレスのレッシー

 と役者が続々と入場してくる。


「これより、結婚式を挙行する。」

「勇者ナオキと、彼に嫁ぐ意思のあるものは、我が前に!」

 ニコライ六世は、厳かに結婚式を挙行していく。


 指輪の授与

 お互いを祝した接吻


 程なくして式は終わりを迎える。


「この家庭に、神のご加護と、幸いが訪れるように!」

 ニコライ六世が結婚式の主役一人一人に按手をしていく。


 最後にレッシーの上に按手をすると、光輝く鳩が天から下り彼女の頭上で輝きを増して消える。

「!!!」

 ロメオ三世が玉座を立ち、会場もざわめくが、ニコライ六世は気にする素振りも見せず、レッシーの前に膝をかがめる。

「神に愛されしもの。

 この家族の行く末を見守って下さい。

 また、この家族の成し得る先に燈明を灯してください。」

「神のみ心のままに。」


 レッシーが答えると、ニコライ六世はゆっくりと立ち上がり、元の位置に戻る。

「以上で、式を終わる。」

 いつの間にか音楽も終わり、次第に拍手が巻き起こって行く。


 結婚式が一段落したところで、巨大な食台と料理が担ぎ出されてきた。

「披露宴を開催する!!」

 乾杯よろしく、ジョッキを持ったロミオ三世が大声で宣言すると、観衆も雪崩を打って会場に入ってきた。


 貴賓席の方々も会場に入り、盛大なお祭りが始まる。

 胴上げされるナオキ、アルとエルは冒険者ギルドで知り合った女の子たちと談笑している。

 メグも馴染みの店員さん達と談笑している。

 レッシーはと言えば、白銀騎士団ナイツ・オブ・ハイネスや信者らしき人々の拝礼を受けていた。

 …何か困った表情してますねぇレッシーさん。


 貴賓席の方々もナオキとメグに話しかけて来た。

「ご結婚おめでとうございます。」

「ありがとうございます。」

「ところで、式場で聞こえていた音は何だね?」

「はい、あれは…。」

 同じ質問に同じように答える二人。

 そして、帰ってくる言葉は一つ

「今度、私の街でも是非聞かせて欲しい。」

 と。


 披露宴も無事に終わり、観衆も三々五々に解散していく。


 ナオキとメグが荷物を畳んでいるとニコライ六世がやって来る。

「今日は、ご苦労様でした。」

「これは、皇帝陛下。」

 頭を下げるメグと、慌てて頭を下げるナオキ。


「ああ、そのままで…。」

「はい。」

 ニコライ六世に促され、作業を再開する二人。

「素晴らしい選曲でしたよ、戴冠式も結婚式も。」

 手を止めナオキが振り返ると、微笑むニコライ六世。


「ありがとうございます。」

「若き勇者よ、今日の反応を見てどう思いましたか?」

「まだまだ、音楽の広がる余地は多いと思います。」

「そうですね。」

「でも、やる気が出てきました!」

「ん?

 何故ですか?」

「少なくとも、誰もが音楽に関心を持ってくれる事です。

 ドラゴンさえ興味を示してくれました。」

「ベティがかい?」

「はい、そうです…。」

「これは愉快だ。ははは…。」

 メグがナオキを促す。


「陛下もお疲れさまでした。

 そろそろ子どもの様子を見に行きませんと…。」

「あぁ、引き留めて申し訳なかった。」

「それでは。」

 頭を下げ立ち去ろうとするナオキ。


「あぁ、いま一ついいでしょうか?」

「はい?」

 ナオキを呼び止めるニコライ六世。

「もしよければ、我が神聖マロウ帝国にもラジオを引いて貰えないだろうか?」

 ナオキとメグは目を丸くし、見つめ合う。

「急ぎではないのだが、検討してもらえないだろうか?」

「陛下、ご期待に沿えるよう、準備致します。」

 メグが頭を下げると、ニコライ六世は嬉しそうに頷く。

「ありがとう。

 よろしく頼みましたよ。」

「はい。」

 返事を残して、ナオキとメグは帰途についた。


「すいませんね、皇帝陛下。」

「やぁ、ティーノ。」

 ナオキとメグを見送るニコライ六世の隣に、いつの間にかティーノが佇んでいる。

「私の国でも音楽が聞かれるようになれば、庶民の生活も少しは豊かになってくれるでしょう。」

「ナオキ殿はもちろん、メグお嬢様も忙しくなりそうですね。」

「しかし、これで彼のやりたい事もかなり現実味を帯びてきましたし、何より女神の加護が効いています。」

「ですな。

 さすがにあの奇跡には驚きました。」

「おや?

 貴方でも知らない奇跡があるのですね。」

「ありますよ。

 まったく、人を何だと…。」

 ブツブツつぶやくティーノを気にする風もなく、いつまでもナオキとメグを見送るニコライ六世であった。

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