第24話 変化する社会

 スフラン王国の東の端、城塞都市ツィベネ。


 最近、この街を訪れた人は、誰もが口にすることがある。

 それは、お店や食堂に入ると、今まで聞いた事のない音が聞こえる。

 けして不愉快なものではなく、かえって自分たちの感性を豊かにし、料理はよりおいしく、買い物はより楽しくしてくれるのだ。


「おかげで、ふところがゆるんじまってしょうがないよ!」

「まぁ、仕方ないよ。

 でも、あれは魔法か何かなのか?」

「音楽っていうらしいぜ。」

「とすると、音楽には色々なものがあるのか?」

「かも知れないね。」

 という会話が、スフラン王国の東から西に向かって徐々に広がりはじめた。


 ◇ ◇ ◇


 食堂のおやじ

「え?

 繁盛してるかだって?」

 親父が店内を見回すと、お昼時も手伝って、ほぼ満席状態。


 ニヤッとするおやじ。

「有線放送の影響さ。

 穏やかなクラッシックが流れると、お客さんもゆったりされて、オーダーも膨らんでくる。

 まぁ、回転率は下がるけど、客単価が跳ね上がってくれるんだから、文句は言えないね。」


 そして、こっそりと教えてくれた。

「実は、クラシック以外でもお客さんが入るんですよね。

 面白い事に!」

 ゆっくり、食事と音楽をたしなみ、席を立つ。

 お代を支払い、店の扉を開けると。


「またのお越しを!」

 片手をあげ見送るおやじ。


 ◇ ◇ ◇


 雑貨屋の女将

「いらっしゃい。」

 店内を見渡すと、若いカップルがちらほら見える。

 ポップな音楽に誘われ、ついついあれこれと買い込んでしまうカップル達。


 店先の雰囲気に、新たなカップルがやって来る。

 店内の品物が程なく消えて行く。


 女将はニヤッと笑う。

 奥から商品を携えた一団が現れ、商品の陳列が始まる。

 ところが、品物が陳列されると、陳列された端から商品が売れていく。

「音楽に合わせたアイテムも準備してみたのさ。」

 ネックレスに指輪、イヤリングに腕輪…どうやら、歌詞に合わせたアクセサリーを準備したらしい。


 よくよく見れば、交換日記置いてある。

 …なるほど、よく考えたものだ。


 一通り店内を散策し、落ち着いたところで店を出る。

「またのお越しを。」

 女将さんが陽気に手を振ってくれる。


 ◇ ◇ ◇


 八百屋のだんな

 夕暮れ時

 奥さん方を相手に声を張り上げる、八百屋のだんな。

 ウィリアム・テル序曲(スイス軍隊の行進)が流れる中、商品が飛ぶように売れていく。

 整然としている売り場と、お客様で湧きかえる売り場。

 二つの異なる空間が混然一体になっているところに、音楽がカオスを促す。


 奥さん方も、買い物を済ませ、颯爽と家路につく方もいれば、慌てて買い物にやって来る方もいる。


 たぶん、モーツァルトの「トルコ行進曲」辺りが流れても面白いかもしれない。

 ピアノの音に合わせ、店内を所狭しとセカセカ買い物に勤しむご婦人方、そして、そこにはっぱをかける八百屋のだんな。


 ふと笑ってしまう。


 八百屋のだんなは、最後のセリ声を発しながら、今日の商いを締めていく。


 ◇ ◇ ◇


 領主の屋敷

「やぁ、いらっしゃい。」

 テーブルに案内され、席に着くと紅茶が出される。


「ところで、今日はどんな要件だい?」

 領主がにこやかにこちらの出方をうかがっている。


 緊張していると、どこからともなく聞こえてくる、穏やかな音。

 しばし耳を澄ませていると、領主も同じように音に聞き入っている。


「失礼、この音は??」

「あぁ、音楽というものだよ。君は初めて聞くのかな?」

「はい。」

「では、今しばらく音楽を楽しんでから、話を聞くとしよう。」

 心が落ち着く、緊張していた空気が嘘のように和む。

 話すべきことが徐々に頭の中でまとめ上げられる。


 音楽が鳴り終わると、

「では、改めて用向きを聞かせてもらおう。」

「はい、領主様…。」

 満足いく会談が出来た。細大漏らすことなく、実に充実した話しだった。


 私は席を立つ際に、領主に聞いた。

「先程の音楽は何ですか?」

「サティの『ジムノペディ』という音楽だよ。」

「『ジムノペディ』…良い経験が出来ました。

 また、お会いできることを楽しみにしています。」

「私も、君と楽しめる音楽をいろいろと調べてみよう。」

「光栄です。それでは!」


 領主と握手を交わし、私は国王あるじの下へ帰途に着いた。

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