第9話 良い旅を

 馬車は一路南に進んでいる。

 …といっても、ナオキが馬を操っているわけではなく、馬が南を目指して走っているのだ。


「麦秋という事は、そろそろ夏が来るんだな。」

「ナオキさんも賢くなりましたね。」

「あ、あの…アルありがとね。」

 御者台には、ナオキとアルが座っている。


「そういえば…」

 ナオキが気になる事を、アルに切り出す。

「この世界には、四季というのはあるのかい?」

「ありますよ。」

「じゃぁ、四季を細分化するモノは?例えば、三十日で一月ひとつきや、七日で一週間とか…。」

「四季より短い期間配分は無いかなぁ。

 収穫期はあるけど、一定していないし…。」

「だから、便宜上十日毎に休むようにしてたんだね。」

「そう…。

 でも、収穫時期がズレる事もあれば、種蒔きの時期を逸して、栽培に失敗したり…ね。」

「そうか…。」


「ねぇ、月とか週っていうのは、どういう創りになってるの?」

 アルが珍しく、ナオキの話に食いついてくる。

 そして、四季や曜日、月や週について自慢げに話し出すナオキ。


 一通り話を聞き終わったアルは、珍しく感心していた。

「そうか…、季節や時期を決める尺度が先に出来ていて、それに収穫時期を合わせるんだ。」

「そういう事。」

「でも、五日働いて二日休みって、贅沢な話よね。」

「まぁね。でも、収穫が始まると休み返上になるさ。」

「そういうところは、同じなのね。」

「そうだな。」

 しばしの沈黙が流れる。


「ねぇ、あなたの世界の暦を、この世界で普及させられたら、素敵だと思わない。」

「そうだねぇ。

 面白いかも知れないね。

 もっとも、普及させる手立てが無いようだけど。」

「ぶぅぅ~~~。」

 いいアイデアも、普及しなければ、何にもならい。


「あ~ぁ、六月花嫁June Brideって、憧れちゃうのにぃ~~!」

「ははは…。」

「ねぇねぇ、おねぇちゃ~ん。何の話??」

 御者台で話が終わりかけるところで、エルが馬車の車内から割り込んでくる。


 ◇ ◇ ◇


 一日が終わるころ、馬車は隣の宿場町に入っていた。

 そして、ある宿屋の前で止まる。

 そこには、ティーノが待っていた。


「みなさま、ご苦労様でした。」

「あれ?

 じぃがここにも居るぅ!」

「どうして、バレンタイン様がここに?」

 姉妹は驚きながらも、馬車から降りてくる。

 ナオキの手を借り馬車から降りるファフママ。

「では、ご案内いたします。」

 四人を従え、ティーノは宿屋に入って行く。


 その一団を見届けるノータイ男の姿がここにも。

 そして、視界の端でその姿を捉えるナオキ。

(ま、まさか、ギルドマスター?!

 …でも、何のためにこんな所に居るんだろう?)


 夕食を済ませ、割り当てられた部屋でナオキがくつろいでいると、ドアをノックする音が聞こえる。


「はぁ~~い。どちらさんですかぁ?」

 エル辺りが、部屋を見せろ!と来たのだろうと思いドアを開けると、そこにはギルドマスターが立っていた。


「え??」

「直之君、夜分すまないが、時間を貰えるかな?」

「ど、どうぞ。」

 ギルドマスターを部屋に通し、椅子を準備するナオキ。


「単刀直入に聞こう、君は今回の旅行が、スノール男爵家の内輪揉めに端を発しているのは知っているね。」

「はい、ファフママ…ファフュートブルーマ様より聞いております。」

「よろしい。」

 大きく頷くギルドマスター


「では次に、君たちの向かう先は?」

「それについては、私から話しましょう。

 ギルドマスター殿。」

 いつ、どこから入って来たのか、ティーノが彼らの傍に立ち、お辞儀をする。


「では、執事殿、奥方御一行はどちらに?」

「亜人と獣人、そして人種が共生する城塞都市ツィベネ。」

「うむ、分かった。」

 一つ頷くギルドマスター。

「それでは、良い旅を…。

 あっと、直之君、向こうに着いたら冒険者ギルドに顔を出すんだぞ!」

 ニコニコしながら廊下へ消えるギルドマスター。

 嵐のようにやってきて、ナオキの脳みそをかき混ぜた挙句、颯爽と去って行きやがった!


「では、私もこれで。」

「あ、あの…」

 部屋を出ようとするティーノを呼び止めるナオキ。


「すいませんが、もう少し付き合ってもらえませんか?」

「ええ、構いません。」

 ティーノは部屋に戻り、ナオキと席に着く。


「それで、お話しをどうぞ。」

 混乱した頭の整理もほどほどに、ナオキはツィベネの事、ギルドマスターの意図、アルと話していた暦の事、この世界全般について、過去に見聞した事と比較しながら質問していった。

 ティーノはナオキの質問に彼がわかるように答えてくれた。


 ◇ ◇ ◇


 しばらく話していたこともあり、ナオキはだいぶん落ち着く事ができた。


「すいませんでした、時間を取らせてしまって…。」

「いえいえ、それではお休みなさい、直之殿。」

 お辞儀をして、今度こそ廊下に消えて行くティーノ。

 ナオキは、ベッドに入り眠りについた。


 ただ一つ、ティーノがナオキの質問全てに的確に答え切ったという謎を残して…。

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