第7話 只今、仕込み中

「という事で、長らくお世話になったこの家ですが、次の大麦収穫期を待って出ます!」


 母親の突然の宣言にびっくりする姉妹。

「な、何言い出すのお母さん。」

「出ていくって、どうして?」


 ファフママの弁は次の通りだった。

 1.子供たちも大きくなり、旅行に耐えられると判断した。

 2.頼りになりそうな男性も確保した。

 3.男爵側から退去の依頼が届いている。


 話を聞き終わったところで、神妙そうな顔の姉妹。

(どうにも、三番目の話が決定打という事はわかっているのだが、それにしては、話が出来過ぎている気も…)

 前日話を聞いていたので、幾分落ち着きのあるナオキ…ではあるが、それでも話の展開の速さに違和感を感じている。


「とりあえず、冒険に出かけるにしても準備が必要だよね。」

 ナオキが口を開く。


「そ、そうね…。」

「でも、でもぉ、準備って、何をすればいいの?」

 姉妹も少し落ち着いてきたようだ。


「そうね、まずは荷物の整理かしら。…要らないものは置いていくのよ。」

「…は~い。」

 二人は各々の部屋に向かって行った。


「ナオキさんもごめんなさいね、こんな事態に巻き込んでしまって…。」

「いえいえ、俺の方こそ。

 …もうしばらくはお世話になります。」

 頭を下げるナオキ。


「それじゃ、俺は護衛の訓練に行ってきます。」

「あ~、おにいちゃん、エルも行くぅ。」

「ナオキさん、私も行きます。」

 荷物は思うほど多くなかったのか、姉妹は部屋から戻ってきた。


 ナオキと姉妹は連れ立って冒険者ギルドへ向かう。

 姉妹と母親を守り最低限の冒険者となるために。


 三人を見送る母親の隣に、居る筈のない燕尾服の紳士が一人立っている。

「これで、よろしかったのですか?

 バレンタイン卿。」

「はい、素敵な旅をお楽しみ下さい。

 行く先は別途ご案内致します。」


 そう告げると、燕尾服の紳士は影に吸い込まれるように消えて行った。

「私の騎士、バレンタイン卿。

 …スノール男爵には、あまりにも勿体ない方。」


 ファフママの手には、いつの間にか金貨の入った袋が携えられていた。


 ◇ ◇ ◇


 さて、夕日がその顔を丘の向こうに沈み始める頃、ボロボロにやつれた三人が帰ってくる。


「た…ただいまぁ~。」

 三人が同じタイミングで、同じ言葉を放つ。


「あら、あら、まぁ、まぁ、お帰りなさい。」

 そして三人を温かく迎え入れる母親。


 テーブルに並ぶ料理の数々に、疲れ切っている三人の目にもみるみる生気が戻ってくる。

「いっただきぃまぁ~~~す!」

 三人が同じタイミングで、同じ言葉を放ち、食べ始める。


「あら、あら、まぁ、まぁ、そんなに急がなくても、料理は逃げませんよ。」

 黙々と食べ続ける三人を優しく見守る母親。

「ごちそうさまぁ~~~!」

 食べ終わると、食い荒らした食台に突っ伏して寝てしまう三人。


「あら、あら、まぁ、ま…」

 さすがに、お母さんも、これにはご立腹の様子。


「こっらぁ~~~!!こんな所で、寝ないのぉぉぉぉ~~~~!!」

 怒鳴り声に飛び起きる三人(笑)


「おかーさん、ごっめんなさ~~い。おやすみなさぁ~~い!!」

 三人は慌てて各自の部屋に入り、ベッドに倒れ込み…夢の中へ。


 散らかった食台に頬杖をついてため息をつくファフママ。

「…さて、さて、こんな事がいつまで続くのかしら。」


 向こう十日ほど続いてしまうんですよ、奥さん!

 …とナレーションは呟いた。


 ◇ ◇ ◇


 デジャブーが十日ほど続いた後、冒険者見習のプレートを提げて護衛と可愛い娘たちが帰って来た。

「お母さん、只今帰りました。」

「はい、お帰りなさい。

 アル、そしてエル。」

 少したくましくなった娘たちを優しく抱き留めるお母さん。


「明日から、道具屋を回って、旅行の準備に入ります。」

「期待してますよ、ナオキ。」

 そこに居るのは、いつもの優しいファフママではなく、女主人として自信に満ちた一人の美しい女性だった。


「承知しました。」

 ナオキが選べる答えはそれだけだった。


 ファフママは、いつもの雰囲気に戻りナオキの頭を撫でる。

「先生役も、引き続きお願いしますね。」


 赤面したナオキが頷く。

「あ、おにいちゃん、顔が真っ赤になってるぅ~。

 いやらしぃぃ!」

「ナオキお兄さん!!」


「さぁ、さぁ、ご飯にしましょう。」

 ナオキをたしなめる姉妹。

 ファフママは三人を誘い、食台に付いた。

 そして、いつもの食事風景が戻ってくる。

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