消える

新天文歴56スイチ。日本の技術と栄華を詰め込んだ極地対応型特殊任務用宇宙艇「もちづき」は極秘任務を引き受け、とある惑星に降り立っていた。

そこはまさしく地獄と形容するに相応しかった。ギラギラと燃え盛る太陽により水は全て水蒸気となり、強い重力のせいで宇宙に逃げることもできないままその星の大気を温室効果により温め続け、結果としてその惑星は一切の生命が活動することを許さない数百度のサウナになっていた。

「ここが……」

乗組員で一番の新人だった松浦まつうらは、船内の大会議室スクリーンに映し出された地獄の様子を見て慄くように声を漏らした。

「ここがなんですか?」

「ああ、そうだ。そして我々は今からこの星を消さなくてはならない。」

答えたのは「もちづき」艦長の一ノいちのせだった。

「なんだってこの星を消さなくちゃいけないんです!?そんな事をしてどんな得があるっていうんですか!?」

宇宙船特有の固定された椅子から立ち上がり、机を叩いて狼狽える松浦に、一ノ瀬は冷たく答える。

「君は計画とその正当性に関する説明を受けていなかったな……だが、少し考えれば分かることだろう。もうこの星は用済みなんだ。資源もないし、生命が生きられる環境でもない。にも関わらず、人類条約に基づき定められた禁止令を無視してこの星へ降り立とうとし、高温の大気にやられて死んでしまう人間が後を絶たない。それならばいっそのこと消してしまった方が我々の、いや人類の為なのだ。」

「だからって!だからって、こんな……!私にはできません!こんな事……こんな罪を犯すなんて、私にはできません!」

「君は「もちづき」乗組員になった時点でこういう任務があることを理解していたのではないのかね?」

ぞっとするほど冷たい一ノ瀬の声に、燃え上がるような松浦の声が呼応する。

「理解していましたよ!私だって、貴方にスカウトされた時には星の一つや二つを「消す」覚悟はしていました!でも、だからって……なんでよりにもよってこの星なんですか!?この星は——」

「もういい。そこまで言うなら、君をこの任務から外す。自室に行って寝ていたまえ。任務は我々だけで遂行する。」

冷酷にそう宣告した一ノ瀬を睨みつけると、松浦はガツガツと荒い足音を立てて大会議室から出ていった。それを憐憫と軽蔑の目で見送った一ノ瀬は、残っていた乗組員に宣言する。

「ではこれより任務を開始する。総員持ち場に就け。」


特殊任務を専門とする乗組員たちはものの数時間ほどで準備を完了させてしまった。あちこちを飛び回り、着陸を繰り返した「もちづき」により惑星の計百ヶ所に反物質爆弾が埋め込まれ、責任者がボタンを押すと同時に一斉起爆し、瞬く間に星をチリ、いやガスにしてしまう手筈になっていた。

爆発の影響を受けないよう惑星の重力圏から離脱しつつある中で、一ノ瀬は松浦の自室の前に立っていた。

「一ノ瀬だ。入らせてもらうぞ。」

有無を言わさず艦長カードキーの権限を用いてロックを解除し松浦の自室に侵入した一ノ瀬は、ベッドで彼に背を向けて横になった松浦に話しかける。

「君の処遇が決まった。今回の任務を終えて帰港したのちに探査船「ちきゅう」に移籍になる。「もちづき」の任務に関する記憶は全て消されるが……今後の昇進については覚悟を決めておいた方がいい。」

「そうですか……」

「……あまり落ち込むな。あの星は死んでいた。その地表に住んでいた全ての生命体と共に、星の自然もまた死んでいた。つまるところ、あれは「惑星の寿命」を迎えていたのだ。そう考えておけ……そうすれば少しは楽になるだろう。」

「なら、なぜ壊してしまうのです?」

松浦は絶望に染まった声色で返事をする。

「なぜそっとしておかないのですか?あの死体、の死体を、なぜ燃やしてしまうのですか?人間を火葬して、その顔を二度と見られなくしてしまうように……」

「それが「生きている人類」のためだからだ。あの死体はいつまでも人を引き寄せ、その亡骸の中に引き込んで殺し続ける。だから壊すのだ。人間の死体が腐って疫病を撒き散らさないよう、思い出と共に火葬してしまうように。」

「……」

黙り込んでしまった松浦を見ながら、一ノ瀬は片手に持っていた缶を松浦のベッドの脇に置く。

「酒だ。……君のような人間が、この精鋭の中からでも一人は出てくるだろうと考えていた。酒を飲んで、記憶処理までの間だけでも酔っているといい。」

そう言った一ノ瀬は松浦の返事も待たずに部屋から出ると艦長室に入る。

デスクに置かれた反物質爆弾を起爆させるスイッチの前に立つと、彼にも松浦と同じ感情が芽生えてきた。本当にあの星を滅ぼしていいのか?いくら理由があると言えども、あの星を滅ぼすのはいけない事ではないのか?

しかし彼は松浦と違って理論的であった。その感情を「くだらない」と言わんばかりに思考から切り捨てると、プラスチックのボタンカバーを外し、ぐっとボタンを押し込んだ。

デスクの上に置いてあるモニターに映っていた星の数十ヶ所から眩い光が放たれ、それがあっという間に拡大して星を覆いつくす。数分もすればそこに在るものはかつて星だったガスだけになるだろう。

彼はその様子を横目に星図を開く。改竄防止のために紙で保存された星図から「地球」と書かれた円と軌道を見つけると、一ノ瀬はそれに消しゴムをかけて消した。

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