第19話 英雄の帰還

「あ~はっははは」

 庭園の見えるテラス、長椅子に仰向けに寝転がっているハダル。


「兄貴も運が無かったなぁ~。」

 横に置いたテーブルに書面を放り投げ、満面の笑みになる。

「まぁ、消し炭になったんなら、行方不明で決着だな。」


 ゆっくりと座り直し

「さてと、次の言いがかりを考えないといけませんねぇ。

 …く、くくく」

 思い出し笑いをするハダル。


「スフランの王女は詰めが甘いですからねぇ…。

 とりあえず、英雄共を招待して懐柔しないといけませんね。」

 ゆっくりと立ち上がったハダル。

 テラスの端に移動し、庭園を眺めている。


 空は雲一つなく快晴だった。

 ただ、目には見えない小さなシミが一点、ハダルの上空に浮いていた。


 そして、ハダルに向けて一本の矢が空から急降下してくる。

 ハダルは気付く事はなく、頭頂部から顎にかけて矢に射抜かれる。

 テラスの手すりに体を預けるように前のめりに倒れ込むハダル。


 涼しげな風が、絶命した彼の髪を優しく撫でる。


「ご、ご主人様!!」

 テラスに飲み物を届けに来たメイドが血相を変えて、彼の下に駆け寄る。


 ◇ ◇ ◇


 父王の死去、二人の王子の非業の死…。

 東シプロア王国は、王家の跡目が途絶えてしまい、急速に力を失っていった。

 そして、東シプロア連邦には、群雄割拠に沸く内乱の嵐が訪れる。


 ◇ ◇ ◇


 トマスはとある部屋で書物を読んでいる。

 ろうそくの灯が僅かに揺れる。

 扉が開き一人の騎士が彼の前に膝をかがめる。


「トマス枢機卿、雑草の刈り取りが終わりました。」

「それと、サロメ様より…」

 懐をまさぐる騎士


「わかっていますよ、英雄の戴冠式ですよね。」

「…はい。」

 受け取った筈の手紙を差し出せず、申し訳なさそうにする騎士。

「ありがとう。すぐに出立の準備を!」

「御意!」

 敬礼し、そそくさと退散する騎士。


「裏の会話は問題ないのに、表の会話が怪しいというのは…

 聖騎士としては、困ったものですね。」

 クスッと笑いトマスも部屋を出る。


 部屋の表札には「懺悔室ざんげしつ」と書かれている。


 ◇ ◇ ◇


「…で、帰都するのは馬車になるのね。」

「すまんなぁ、近衛騎士団うちには飛竜は居ないんだよ。」

 馬車に揺られ、セラがひたすらに残念がって愚痴を連ね、バルトは一生懸命にあやしている。


「クリス、君はこれからどうするんだい?」

「あなたに従います。」

 マックの手を強く握るクリス。

 クリスはゆっくりとマックの顔を見る。

「あなたとあなたの中に眠る我が主を慕っています。」

「わかったよクリス。今後ともよろしく頼みます。」


 んで、外の風景に一喜一憂するロム君。


 三者三様に馬車の旅を楽しむ一行。

 森を抜け、平原を横切り、宿場町では酒盛りをする。

 彼らの道中はいつも賑やかだった。

 ただ、いつもと違うのは、陽気に盛り上がり切れない宴会が続く事だった。


 オアシスの民に別れを告げ、二ケ月が過ぎるころ、ようやく城壁の街を臨む丘に辿り着いた。

 彼らの旅の起点は、いつの間にかこの街になっていた。

 黄昏たそがれが訪れた街の哀愁に、ロムとセラ、そしてマックは、込み上げるものを感じていた。


 彼らの頬を一筋の雫が流れる。

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