第18話 英雄の誕生

 扉を開きトムが入ってくる。


 マックが首をかしげる。

(はて?わなを仕掛けたはずだが?)

「マック、トラップを仕掛けるのなら、もっと手をかけないとダメですよ!」


 顔が赤くなるマックを横目に、玉座に座る王の前に膝をかがめ、こうべれるトム。

「お初にお目にかかります。

 私は、神聖マロウ帝国のしもべトマスと申します。」

「遠路ご苦労。

 お見苦しい姿で謁見せねばならん事を恥ずかしく思う。」

「恐れながら。

 王よ、私はここにお会い出来た事をうれしく思います。

 王の威光は眩しく、高尚な想いは我々も学ぶところがあります。」

「貴殿の口からそのような言葉を頂けるとは、恐縮するばかりだ。」


 トマスはゆっくりと立ち上がる。

「トマス殿は既に判っていると思うが、私は魔王だ。」

「御意。」

「彼らが英雄に成るところを…

 ぐっっ!

 …

 …

 見届けて

 …

 もらいたい。」

 王は、胸に刺さったサーベルを引き抜き、マックに渡す。


「仰せのままに。」

 トムが答えると、王はロムとセラに顔を向ける。


「ロム、セラ。

 二人の連携は素晴らしいものだった。

 きっと、家庭を築いても良い働きをするのだろう。」


 ロムとセラは真っ赤になりもじもじし出す。

「君たちは、私やクロウが求めていた希望の一つを体現している。

 どうか、どうか幸せになってくれ。」


 今度はマックに向き直る王。

「マック、君には英雄になってもらう。

 君の知恵と理性でもって、この十字架を背負ってもらいたい。」


 突飛な発言に固まるマック。

 そのマックに寄り添う女の子。


「さぁ、そのサーベルでこの魔王の首を刎ねてくれ!」

「!!!」

 衝撃の言葉に三人が気圧けおされる。


「急いでくれ…

 時間が…

 ない…」

 動揺するマックの肩に手を置き、横に二度首を振り、一回大きくうなずくトム。


 吐血する王を前にサーベルを振り上げるマック。

 ふと女の子と目が合う。

 女の子は溢れる涙を拭うことなく、ただ首を縦に振るだけだった。


「御免!!」

 サーベルが振り下ろされ、王の首が宙に舞う。

 王の首は地に落ちることなく、トムが受け止める。


 白い祭服が朱に染まっていく。

 三人は佇み、女の子はかがみ込む。


 王の体から流れる血が玉座を中心に魔法陣を刻み始めていることを、誰も気づかない。


 焦燥感も薄れ、彼らが王の亡骸を玉座から降ろそうとすると、魔法陣が赤く光り始め驚く四人。


 魔法陣から、巨大な黒い手が王の体をつかみ上げる。

 四人が手を振り解こうとするが、影のように掴む事ができない!


「はっははは。

 待っていたよ、この時を。これで神の寵愛が我々の掌中に!!」


 なす術もなく佇む四人。

 そして、黒い手がいよいよ魔法陣に沈み込み始めると…。


「ようやく役者がそろいましたか!」

 次元門からクロウが現れる。


 彼は、巨大な手の親指をつかみ、あらぬ方向に捻じ曲げる。

「ぐぎゃぁぁぁぁあぁ!!」

 魔法陣から悲鳴が上がる。

「クロウ!!!」

 三人が声をあげる。


 女の子は赤い眼のまま彼を見つめ、トムは笑顔になる。

「三人とも、つらい思いをさせてしまって申し訳ない。」

「本当よぉ…王さまだって…。」

 泣き出すセラ。

 目を細め優しくうなずくクロウ。

 ロムもマックも言葉が出てこない。


「すいませんが、私はまだこいつに用があります。」

 さらに親指を捻じ曲げるクロウ。

「や…やめろぉぉぉぉ!」

 王の遺体が黒い手から滑り落ちるのを確認しクロウが女の子を見る。


「クリス、頼みます。」

 言うなり、クロウと黒い手は魔法陣に吸い込まれ消えていく。

「クロウ!!!」

 三人の叫びに背を向けたままクロウは姿を消す。

「いずれ、時の彼方で会いましょう。」

 という言葉を残して。


 ◇ ◇ ◇


 三人が立ちすくんでいる横で、女の子が王の骸を前に、両手を構えると金色こんじきに輝く魔法陣が出現する。


「!!!」

 その魔法陣にびっくりするセラ

「そ、その魔法陣…って。」

「セラ?」

「ほほう、そのような魔法が残っていましたか?」

 トムが感嘆し、セラと共に同じ単語を発する。

「封神の儀式!」


 王の骸は発光し、女の子の両手のひらサイズの光の玉になった。

 女の子はゆっくり立ち上がり、マックの前に立つ。


「マック、すまないが彼女の前にかがんでくれないだろうか。」

 トムがマックを促す。

 促されるまま、女の子の前に屈むマック。


「クリスティーヌ・ワルキュリーの命により、この者にかの王の魂を封印する。」

 女の子は、マックの胸に光の玉をあてがう。

 光の玉はマックの胸に吸い込まれて消える。


「私の名は、クリスティーヌ・ワルキュリー。

 父王の命に従い、あなたの僕としてお供をさせて頂きます。」

 女の子はマックの前に膝をかがめこうべれる。

「待ってください。

 どうか普通に接して下さい。

 気恥ずかしいばかりか、幼い子をいじめているようで気が引けます。」

「私、これでもよわい二百歳ですよ。」

「ぃぃぃいいい!!」

 驚く三人と吹き出すトム。


「彼女はハイエルフなのです。

 ハイエルフの寿命はほとんど無限といわれています。

 そこからすれば幼いのかもしれませんが。

 私たちの寿命しゃくどからすれば、大先輩ですね。」


「は、はぁ。」

 ただただ驚きと恐縮でいっぱいの三人。


 マックはゆっくりとかがみ込み、クリスティーヌの肩に手を置く。

「よろしくお願いします。

 クリスティーヌ・ワルキュリー。」

「クリスとお呼び下さい。

 ご主人様。」

「わかったよ、クリス。

 でも、ご主人っといわれるのは、背中がむず痒いから、マックと呼んでください。」


 ◇ ◇ ◇


「さて、それでは…。」

 ゆっくりと窓に向かうトム。


「マック、この戦争に幕を閉じるときですよ。」

 窓辺に呼ばれるマック。

 見れば、オアシスから北東に向かって土煙が上がり始める。


「あそこに、フォマルハウト一味が居ます。

 今の君なら、あるいは彼らを消し飛ばすことができる筈です。」

 トムに促され、クロウが魔法の詠唱を始めると、誰かの気配を感じる。

(よし、マック。

 極大魔法について講釈してやろう。)

「???」

 詠唱が止まりかけるマック。


(あぁ、そうか。

 私だよ、アキラだよ。)

「!!!」

「お~~い、マック集中が足んないぞぉ~~」

 ロムが茶々を入れる。


(時間がないから、調整はこっちでやる!

 さぁ、始めるぞ!!)

 クロウの脳裏に、女将のデスマスクと、サーベルを胸に付きたてられたアキラ王の姿がぎる。


 マックは自分の中に今まで感じたことのない怒りの力を感じる。

(鳴神、極大雷撃魔法)

「鳴神、極大雷撃魔法サンダーストーム!!」


 マックの手から離れたロッドが、青白い炎で燃え上がる。

 その炎が空に吸い上げられると、巨大な黒雲が現れ、砂煙の先端に下っていく。

 黒雲の中では青光りが幾重にも駆け巡る、まさに雷雲が地上に降りたような有様となった。


 ようやく雲が晴れるころには、黒い粒が所々に転がっていた。


「さて、それでは君達もスフラン領に送り届けるとしましょう。」

 トムが四人を促すが、マックが食い下がる。

「せめて、亡くなった方を弔いたい。」

 トムは首を横に振る。

「すみませんが、それは出来ません。

 夜が訪れる前に死体を焼却しなければなりません。

 この地は見捨てられた土地、一晩すれば、弔い損ねた遺体がアンデットになってしまいます。

 アンデッド共が生まれてしまうと、近隣への被害も心配しなければなりません。」


 マックは肩を落としうなずいた。

「それに、ここのオアシスには死の水が注がれてしまった。

 もう廃棄したうえで隔離せざるを得ない。」

「死の水?」

 マックが聞き返す。

「炎獄の火によって生み出される水なんです。

 生物を死に至らしめ、100年間は不浄の地と化してしまう呪われた水。」

(炎獄の火…旧世界が灰燼になったという、一つの世界秩序がもたらした悪夢の魔法)


「アンデッドよりも、そちらの方が問題…と。」

 マックは息を呑んだ。

「そうです。

 だからオアシスを消し去った後に封印するんです。

 さぁ、急いで行きましょう。」


 トムに促され、三人はもう一度王の間から見える風景を目に焼き付け部屋を出た。

 ロムはセラと、マックはクリスと手をつないでいる。

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