第9話 おとぎ話

 飛竜の移動は馬車どころの速さではない。


「おい、見ろよ!

 俺たちの根城がぁ…って、もう見えなくなった。」

 風に飛ばされまいと帽子を必死に抑えるマックを尻目にロムは目を輝かせている。


「凄い速さねぇ、馬車で一ヶ月かかる道則みちのりが、半日もかからないんだから。」

 セラも興奮気味に相づちを打つ。


 見慣れた平原と林が徐々に姿を消し、赤い土肌が広がり始める。

 所々に藪程度の緑は見えるが、それも消え失せる。

 赤い土の上をひたすら飛び続ける飛竜。


 そして日が傾きかけるころ、眼前にオアシスのような木立が広がり中心には城壁が見える。


「お客人、我らの都へようこそ!」

 騎士が振り返り四人を見やる。


「わが主がお待ちかねですが、とりあえず、今日は宿をとってありますので、皆さまをそちらにお連れします。」

 飛竜はオアシスの上空を三度みたび旋回し、宿屋へと降りて行った。


 城壁の街のホテルほどではないが、白壁の屋敷が彼らの宿屋となっている。

「いらっしゃいましぃ!」

 暖簾のれんをくぐると奥から猫耳亜人の仲居さんが現れる。


「こ、こんばんは。」

 ケモミミ人間に初めて会う三人はびっくりして挨拶するのがやっとだった。


「これはこれは、遠路はるばるよくお出で下さいました。」

 仲居さんは玄関口まで三人を出迎える。

「ここで、御履き物を脱いでいただき、こちらから中にお入りください。」

「は、はぁ…」

 慣れない作法に戸惑うロムとセラ。


「失礼する。」

 靴を脱ぎ、はき口を揃えて奥に上がりこむマック。


「マック、あなた、ここの作法を知ってるの?」

「ああ、昔聞いたことがある。」

「なぁマック、お前って、こういう事には無駄に博識だよな。」

だけ余計だ!」

「もぉ、二人ともけんかしない!!」

 にぎやかに奥に通されていく三人。


 同じころ、王宮ではクロウが主に拝謁はいえつしたところだった。


「主さま、クロムウェルただいま帰還いたしました。」

 膝をかがめこうべれるクロウ。


「よく戻ってくれたね、クロウ。

 首尾も上々だし、なにより近隣の王国に伝手が出来たのは良かったよ。」

「サロメ王女陛下より賜った親書です。

 ご確認ください。」

「それには及ばない。

 君の眼を通して既に理解しているつもりだ。」

 ゆっくりと玉座から立ち上がるアキラ王。


「とりあえず、客人には数日滞在いただき、この国について少しでも理解してもらえれば幸いだが…。」

「彼らに期待するところです。」

「そうだね、クロウ。」

 窓の方に向き直る王。


「君も一日強行軍で疲れただろう、詳細の報告は、彼らとの謁見の際に聞くとしよう。」

「御意。」

 クロウはゆっくりと立ち上がり一礼すると部屋を出ていく。


「人種と会うのは何百年ぶりだろう?」

 窓の先に見える星々がわずかにまたたく。

「そうか、人種の暗殺団であれば、何度かまみえていたな。」


 ◇ ◇ ◇


 翌朝、三人の冒険者はバルトが準備していた正装に着替え、玄関でクロウを待っている。

「バルトもいい趣味してるよなぁ。」

「御意。」

 タキシードを着込んだロムとマック。


 セラはといえば、二人も見たことがないイブニングドレス姿。

 胸元と足元のスリット具合がバルトの趣味なのかどうかはいささか議論の余地を残している。

にも衣裳!!」

「うっさいわねぇ!」

 二人の感想に激怒するセラ。


 本人も納得いかない出で立ちのようだ。

「仕方ないな、お守りとは言え、我々はスフラン王国の代表(仮)だからね。」

 マックが言えば、しぶしぶ納得させられるセラ。


「いってらっしゃいまし!」

 仲居さん(実は、女将さん)に見送られ玄関の暖簾のれんをくぐると、三人は見たことのない景色を見る。


「亜人さんに、獣人さん??」

 目を丸くするセラ。

「ですねぇ。」

 素直に驚くマック。

「おい、うえ見てみろよ、鳥人とりびともいるぞ!」

 軒下から見える空の光景にはしゃぎ始めるロム。


 彼らにとって、亜人獣人が街中を闊歩している光景は初めてのものだった。

 実際、彼らの住んでいる国では、奴隷も含め亜人、獣人に会うことはほとんどなかった。

 彼らが亜人や獣人を知っているのは、おとぎ話や物語、地方伝承いなかばなしにその面影が登場するためである。


 現在、彼らの眼前には、おとぎファンタジーの世界が広がっている。

 驚きこそすれ、嫌悪は感じていない。


 三人が眼前の風景を懸命に眺めていると、城の方から馬車が1台やって来る。

 よくよく見ると、馬車を牽引しているのは馬ではなくユニコーンであった。

 馬車も天井が無いオープンデッキ風になっており、色もユニコーンの体色に合わせ、白に統一されている。


「…」

 ああ、セラの目が感動のバーゲンセールでキラキラしてますねぇ。

 女性受けを狙った馬車なんでしょうねぇ。

(あぁ、あかんやつやぁ…)

 となりの男の子二人は、そんなセラを残念そうに眺めている。


 馬車からクロウが降りてくる。

「ロム、セラ、マック、お迎えに上がりました。どうぞこちらへ。」

 三人を馬車にいざない、乗車を確認したのち、クロウも馬車に乗り込み、御者に合図をする。


 馬車はゆっくりと動き出す。

「白壁の多い美しい街ね。

 まぶしいくらい。」

「屋根も特徴的だよなぁ。

 木の皮でいてるのかな?」


 馬車に揺られながら、セラとロムがキョロキョロと街を見渡している。

「ここは、亜人や獣人達が造った街なのですか?」

「そうです。」

「いつ頃からここに城下町が出来たんですか?」

「もう、五百年以上になるでしょうか。」

 マックは街の経緯いきさつについてクロウに質問している。


「えぇ、そんなに古くからあったの。」

 五百年前という言葉にセラが驚く。

「はい。」

 クロウが街の概要を説明するところによると。

 この地域は、と言われ、赤く焼けた土地が広がっており、所々に自噴する沼や池があり、そこにオアシスが形成されている。


 この街も、そうしたオアシスの1つをいしづえに建立され、開拓を続けながら現在に至ている。


 さて、この地にやってきた最初の種族は人間、現王であった。

「アキラ王さまって人間なんですか?」

 驚くセラ。


「でも、今までの話で行けば、年齢五百余歳ってことにならないか?」

 珍しく賢いロム君。


「主は、転生者です。

 現在も神の寵愛のろいを受けてご存命です。」

 クロウが、誰の顔を見るとなく答える。


 ◇ ◇ ◇


 この地域は、古くから良質の鉱物が取れる鉱床がいくつか発見されており、「今後も期待有り!」ということで、近隣の国々からたくさんの人が流入していた。


 アキラ王も当時は冒険者であり、一攫千金に胸を膨らませこの地にやってきた。

 しかし、彼が目にしたものは、掘削作業に駆り出され、満足な食事も与えられず、動かなくなればその場にうち捨てられ死を待つばかりの亜人や獣人達。


 余りにも無慈悲な状態に心を痛めた彼は、亜人・獣人達が冷遇されず、生き生きと暮らせる国を作るためにと仲間とともにこの城下町オアシスの開拓を始めた。


 彼は、方々の鉱床を回り、動かなくなった亜人・獣人達を金銭で引き取り自分たちのオアシスに連れてきて介抱した。


 人口が増えてくると、宅地造成くかくせいり住宅建設ねぐらづくり農地開墾はたけづくり街道整備みちづくりなど事業を起こし、亜人・獣人達を働かせることで、亜人・獣人達が自給自足できる社会を形成していったのである。


 初めの方こそ戸惑いはあったが、住宅が建ち、田畑や街道が整備され、いろいろな種族の往来が始まると、亜人・獣人達も徐々に元気を取り戻し、いつしかこのオアシスは、周辺の鉱床で働く人達のねぐら兼憩いの場になっていった。


 ところが、この状況を快く思わない一団がいた。

 東シプロア連邦に連なる商事ギルドのメンバーである。


 彼らが道具として従えてきた奴隷ども…動かなくなったとはいえ今まで鍛えてきた道具が、高々金貨一枚で引き取られていく。

 それまでは良かった。


 納得できなかったのは、動かなくなり、金貨一枚で払い下げてやった道具が、ここでは生き生きと生活を営んでいる。

「たかがに、過ぎた生活を与えているこの状況が許せない。

 あまつさえ、宿を借りた我々から、寝食のお代を奪おうとする。

 これはどうにも許せない!」

 というのが彼らの弁だった。


 王は、彼らを街の外に放り出し、二度とこの地に立ち入らないように言い放った。

 しかし、この言葉以上に彼らのプライドを酷く傷つけたのは、自分たちを荒野に放り出したのが、あろうことかだったのだ。


「それって、自業自得の上に逆恨みじゃない!」

「まぁ、言いがかりだったのは事実ですね。」

 セラが噛みつき、他人事とはいえ、申し訳なさそうにするクロウ。


 些細ないさかいであれば、その場凌ぎで切り抜けられるのであるが、鉱床のほとんどが東シプロア連邦に帰属するに至ったところで、ついに国家が関与を開始する。

 初めは友好的な使節を送り、徐々に自国の都合に合わせた要求を押し付ける。

 最終的な落としどころは

「東シプロア連邦にはが、租税ねんぐは収める。

 その代わり、犯罪者以外の奴隷について、その身分が奴隷から解放された際に、。」

 というものだった。


 もっとも、奴隷商や奴隷の使役を生業なりわいとする者たちは激しく反発し、

「あのオアシスの主は、亜人・獣人の国家を作ろうとしている。

 いずれ魔獣も従えて世界征服に乗り出す魔王だ!」

 と吹聴ふいちょうして回り、東シプロア連邦では広く知られる事実となった。


「ひょっとして、と言われる由縁ゆえんって、そういう事だったの?」

「誤った知識が蔓延して五百年。本当に困ったものです。」

 セラがあきれ、肩をすくめるクロウ。


「こんな何も無いような土地なのに、知らなかった…」

 セラが物憂ものうげに空を仰ぐ。


「東シプロア連邦が鉱床を無理やり帰属させた件では、他国の反感も多分にあったみたいですよ。」

 クロウがウインクをしてみせる。


「人間の強欲ってのは、尽きることがないんですね…」

 マックもまた空を仰ぐ


「なるほどねぇ…亜人、獣人が多いのも納得。」

 ロムはうなずきながら町を眺めている。


 馬車は市街を一周し、城へと入って行った。

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