第132話 追い詰められて里見は上洛してきたか、だが後北条は小田原にこもるつもりらしいな

 さて、後北条と里見の国府台合戦を契機とした一連の騒動に対して、俺が双方に上洛を命じた結果、まず里見義堯・義弘親子が上洛して俺に頭を下げてきた。


「この度は鷹司義久執柄相国様へのご挨拶が誠に遅れ申し訳なく。

 里見刑部少輔でございます」


「その息子の里見太郎にてございます」


 平伏する二人を見下ろしながら俺はいう。


「うむ、何度かそちらには上洛の文を送ったが、何故今まで上洛しなかったのかの理由を聞こうか?」


 里見義堯は平伏したまま言った。


「は、長年争ってきた北条への備えを怠ることはできず、このように遅くなり誠に申し訳なく思っております」


 まあ、その言葉も嘘ではなかろう、里見が後北条の二代目北条氏綱の時代から争ってきているのも事実だ。


 そもそも安房里見氏は新田義重(にったよししげ)を先祖とするれっきとした源氏の血筋であると言われ、新田義重の息子に里見・山名・世良田(得川)などの家が含まれることもあり、里見氏は鎌倉時代・室町時代にはそれなりの権威を持ち、最近は下総の小弓公方(おゆみくぼう)を掲げて「関東管領」や「関東副将軍」を自称したこともあり、長い間後北条氏と争っていた。


 もっとも天文7年(1538年)に行われた、第一次国府台合戦で里見義堯は戦に積極的に参加せず、足利義明の劣勢を見ながらも戦場から離脱して安房に戻ったことで足利義明が戦死したため小弓公方は事実上滅亡し、その後下総の千葉氏は後北条についたため、上総への影響力も低下したりなどで上総は後北条と里見の間でどっちつかずになっている国人も多いはずだ。


「……まあ良いでしょう、上総はもともと親王任国でもありますし鷹司の直轄としますぞ。

 安房については里見の領地として保証しましょう。

 ただ、後々には高山国へ移動していただきルソンなどをせめる際の先陣を切っていただくかもしれませぬが」


 少しだけ顔を上げて里見義堯がいった。


「高山国……でございますか?」


 俺は大きくうなずいていう。


「里見の水軍力を眠らせておくのは惜しいですからな」


 安房は港にむいた地形が多く、里見の水軍は決して弱くない。


 基本的に東京湾に接する関東諸国は鷹司ひいては上杉家久の直轄としておきたいというのもあるが、東京湾の入り口に里見の水軍に残られるのはあまり良いこととも思えないしな。


「かしこまりました、その際には先陣を務め必ずやお役に立てるよういたします」


 里見にとっても貧しい安房にこだわるより、豊かな高山国に移住して手柄を立てる機会があるのは悪いことではあるまい。


「では、そのようにしていただくということでよろしいですかな?

 そして北条を征伐する時は里見殿にも兵を出していただきますぞ」


「かしこまりました」


「ありがたく思います」


 そうして二人は退出していった。


 関東の源氏後を引く武家の名家が、島津というよくわからん田舎者に頭を下げるのはプライドが許さなかったのかもしれないが、プライドだけでは生きて行けぬ世の中ということだ。


 もう一方の後北条氏側は15歳から70歳の男子を対象にした臨時の徴兵や、鉄砲や大砲鋳造のために鉄の鍋や寺の鐘を供出させたりするなど戦闘体制を整えつつ、小田原城の修築や支城である八王子城、山中城、韮山城などの建築・改修も東海道の箱根山方面を中心に進めているらしい。


 毛利元就が報告を入れてくる。


「北条では家臣団の抗戦派と降伏派によって議論が行われておるようですが抗戦派は我々を迎え撃つために兵を集めたり、城の改築を行っているようですな。

 更には籠城を主張するものと夜戦に持ち込むべきというもので意見が分かれおるようです」


「ふむ、ではいつものように不満を持つものなどの調略を行ってくれ。

 武蔵や下総の国人を優先に相模や伊豆の国人でも調略できるものは調略し、戦になっても可能な限り被害が少なくなるようにしておくのだ」


「かしこまりました」


「ちなみに伊達はどうなっておるのだろうか?」


「隠居したとされる稙宗が何やら陰で動いているようですな。

 また中野宗時を中心とした家臣の発言力も強く、伊達晴宗は家中をまとめられておらぬようです」


「上洛してこないのではなく上洛できる状況ではないということか」


「おそらくはそうかと。

 上洛を行ったすきに城を乗っ取られるなどということもあるかもしれませんな」


「ふむ、ならばそちらも調略を行っておくべきか。

 北条とともに攻め滅ぼしても構わぬが」


「ではそのように動くことにいたしましょう」


 さて、北条が上洛しそうにはない状況であるからには朝廷により朝敵認定をしていただくように工作も行っておくことにしよう。


 大義名分はやはり大事だからな。

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