第130話 皇室の権威をある程度取り戻すために皇后の冊立を行っていただこうか

 さて、派手にやった正月のお爆竹は、朝廷の方々からも、一般の観衆からも好評であったようだ。


 俺は応仁の乱以降開催されなくなった、いろいろな皇室宮廷行事を再興させてきたが、どうせなら天皇の正妃たる方には正式に皇后になっていただきたいと思う。


 この時代だと中宮になるけどな。


 史実では応仁の乱以降は皇室も五摂家も困窮を極めていたため、五摂家からの女御の入内さえなかったのだが、俺が近衛などの公家ではなく皇室への忠誠を重んじているのを嗅ぎ取った公家たちは娘がいれば娘を、娘がいなければ養女を募って内裏女房として内裏に入内させているようだ。


 まあ、公家に対しての寄進は少なくても、皇室に対しては多額の寄進をする俺の行動を見れば下手に娘を寺に入れたりするより、入内させて間接的に面倒を見てもらい、うまくすれば外戚として権威を手に入れられるかもしれない機会を捨てたくはないのだろう。


 俺たちも公家の妻を持ってるのだがこういうところで公家というのは妙にいい鼻を持ってると感心するぜ。


「先帝の様々な苦しみを今上帝にまで味合わないで良くなっていただきたいものだ」


 ここで面倒なのは天皇の后たる方々にも身位しんいと呼ばれる身分があることなんだ。


 本来大宝律令の規定では皇后・妃・夫人・嬪というものだったのが、平安時代になると外戚としての政治参加を期待する藤原にとってはその制度がじゃまになったためか妃・夫人・嬪などは廃されて、藤原道隆やその息子道長が、本来は皇后の別名でしかなかった「中宮」の称号を皇后と分離させて皇后と中宮という2人の正妻を持てるようにした。


 その後は皇后と中宮・女御・更衣・御息所みやすんどころ御匣殿みくしげどの尚侍ないしのかみ典侍ないしのすけなどの側室に呼称が変わっていったのだが、藤原家の政治的干渉を嫌うようになった院政期以降には、更衣位以下の身位は正式な記録からは消滅して、鎌倉時代以降ではいくつかの例外を除いて中宮は藤原家からの皇后は内親王からの入内となっていったようだ。


 名門の源平藤橘と呼ばれるが藤原氏以外では奈良時代後期に第52代嵯峨天皇皇后となった橘嘉智子、平家は平清盛の娘の平徳子、源氏では徳川秀忠の娘の源和子が皇后もしくは中宮となっただけだったりもする。


 そして応仁の乱以降は正式な女御の入内も亡くなったが、戦国時代では内裏女房と呼ばれる天皇の側仕えのものの中から事実上正妻の地位に有った女性を女御、それ以外の側室は更衣と慣習的に呼んでいたらしいけどな。


「問題は誰を正式に皇后の地位につけるかということだとは思うが……。

 現状では事実上の国母で新大典侍である万里小路房子を近衛家に養女として引取って五摂家の家格に引き上げるとして、東宮である誠仁親王殿下の東宮妃はどうするべきかな……」


 この時期は近衛前久以外の五摂家の九条・一条・二条はいまいちぱっとせず、左大臣は西園寺公朝、右大臣は花山院家輔と清華家のほうが勢いが有ったりもする。


「いっその事源氏長者の家系の久我晴通殿の娘を養子に迎えて東宮妃として入内させるか」


 久我家こがけは、村上源氏中院流の総本家で、源氏系の公卿の筆頭であり足利氏とともに室町時代でも源氏長者を輩出した名門にあたる家で清華家の家格を有しているから、皇后になる資格もあるしな。


 俺は近衛前久に話をすることにした。


「今上陛下の権威を復権させるためにも、皇后の冊立を再興したいと思うのですが、まずは近衛の家令である、万里小路家の新大典侍を近衛の養子として女御にふさわしい家格にした上で中宮の冊立を行っていただき、俺が久我晴通殿の娘を養女に迎えて東宮様の妃として入内させようと思うのですがどうでしょうか?」


「わざわざ鷹司に元は近衛の久我晴通の養女を迎え入れる理由はなんだね?」


「もはや室町殿には政権を担う力はありませんし、武家の棟梁としての権威も損なわれました。

 かといって鷹司には武家としての権威はありませんが源氏長者の血筋の方を鷹司にお迎えすれば武家のものも納得するのではないかと」


「ふむ、公儀としての権力を室町殿から鷹司へ移動させるということかね?」


「まあ、そんなところです、朝廷の権威を取り戻すためにもそうしたほうが良いかと思います」


「実際に君の働きがなければ朝廷の祭祀などの復活もできなかったろうな。

 良いのではないかね」


 武家政権としての鎌倉幕府は本来鎌倉殿であったが、室町幕府は公武合体政権でも有って朝廷の政にも関わっていたという点では鎌倉や江戸の武士政権とは異なり、純粋に公儀と認識はされていたのだろう。


 もっとも将軍の権威より守護たちの権威のほうが大きすぎたのが問題だったわけでもあるが。


 その点徳川政権は譜代の老中や大老になれる者たちでも、領地の石高は小さく勝手な武力動員はできないようにしていたし、将軍が幼少だったり平凡であっても合議制で政治が回るようにできていた。


 もっともそのせいで責任の所在が不明確になって財政が逼迫したりもするのだが。


 近衛が絡んでいれば彼も損はしないしな。


「では久我晴通殿へ話をしてみましょう」


 俺は久我晴通に使者を出して娘の久我俊子を鷹司の養子としたい、そのかわりに久我家に財政的な援助は行う旨を伝えたが、向こうも戦国時代には荘園を失ってかなり苦しかったようで喜んで養女に出すことを認めてくれたようだ。


「とりあえずこれでいいよな」


 こうして近衛と久我の血を引く女の子を鷹司に迎えた後に、まずは東宮后として内裏に送り込むと共に、万里小路房子を近衛家の養女として家格をあげ、女御としての入内を行ない、最終的には正式に中宮として冊立を行われた。


 ま、そのために必要な金は俺が出したよ。


「これで朝廷の権威も復権できたかね」


 だからといって皇室に政治的な実権力を渡すつもりもないんだけどな。


 俗世の権力に関わること無く日の本の平和や秩序を守るという本来の職務を全うしていただきたいが、”朕は帝をやめたい”などというふうにまたならないようにしては行きたいものだ。


 とはいえある程度お年を召されれば職務がきつくなることもあろうし、その際は譲位していただき仙洞御所せんとうごしょでゆっくり出来るようにもしたいものではあるな。

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