永禄3年(1560年)

第113話 近江の情勢を見つつしばらくは畿内と東海・信濃の地歩を固めることに専念しようか

 さて、俺は甲斐では武田を再度独立させること、信濃は小笠原や諏訪などを持ち上げること、駿河は今川を・美濃では美濃一色を当主として据え置くことで、長尾や後北条との緩衝国とし、姫路へ戻った。


 三河は分割統治をしつつ、尾張と遠江はほぼ直轄地としたけどな。


「さて、近江の様子はどうか?」


 俺は毛利元就に近江の状況を聞いた。


「は、まず六角義賢が嫡男・義治に家督を譲って隠居し、剃髪して承禎と号しました。

 また浅井賢政は長政へ名を変えたようです」


 彼が長政に改名した理由は「武運長久」かららしい。


 父親の久よりも長のほうが武運が上がると考えたとかだろう。


 史実では永禄4年(1561年)六角義賢と戦いやはり長政と改めたがそれは市との結婚よりずっと早い。


 さらに偏諱だとすると浅井は織田に臣従することを示すわけだからそれはないはずだな。


「ふむ、隠居と言っても実権は握ったままであろうな。

 そして浅井は六角と完全に絶縁するつもりか」


 毛利元就はうなずく。


「はい、そして浅井は六角家と浅井家の境界に位置する国人領主に調略をしかけ、それによって肥田城主・高野備前守が浅井家に寝返ったようです。

 そして六角承禎は肥田城に攻め寄せましたが浅井長政は宇曾川の野良田にて肥田城の救援のために戦闘を仕掛け、六角承禎はこれを迎撃したのですが、半数の兵しかない浅井に六角は敗れて六角は南近江へと敗走したそうです」


「ふむ、もはや六角の家内はバラバラなようだな」


「はい、浅井が先代に対しての不満に対してまとまっているのに対して、六角は上洛以降の行動に対して家臣や国衆の不満が高まっている様子ですな」


「まあ、いままでの経過を考えれば当然そうなるだろうな」


「今のうちに六角の家内や六角と従属している国人の離間を図っておきましょう。

 西近江の高島七頭に対しても同じように対処するべきでしょう。

 そのために必要な銭と人の使用許可をいただけますか?」


「ああ、構わん。

 ただしバレぬようにやれよ?」


 元就は悪い顔をしながらいう。


「当然でございます」


 観音寺騒動のような内紛が起こるのももはや秒読み段階だろう。


 六角は三好と対抗するためにたびたび兵を出していたが、上洛して三好の代わりが務まらないことを六角承禎本人が痛感したとしても、戦費で苦しんでるその配下の国人などにはわからないことだ。


 彼の父である六角定頼は名君で六角義賢は暗愚とされるが、三好長慶が細川晴元を追放して政権をとった後に三好と対立を続けていた時点でどうしようもなかったとおもうがね。


 近江については積極的に表立って軍での介入する大義名分は今のところないから、もう少し様子を見ておくか。


 その間にやるべきこともたくさんあるしな。


「とりあえず俺が抑えている地域の街道の整備を進めよう、物流や兵の移動に重要だからな」


 伊集院忠倉がうなずき楠木政虎が発給する書をしたためる準備にかかる。


「まず山城・大和・紀伊を縦断する街道に加えて和泉・河内・伊賀・伊勢を横断する街道。

 旧来の山陽道・山陰道・西海道・東山道・東海道の街道整備や維持も確実に行わせよ」


「かしこまりました」


「戦国の時代であっても伊勢や熊野・大和の寺院を参詣するものは多い。

 寺領をへらす代わりにそういった参詣をするものから金を落とすようにさせて、寺院の非武装化を少しずつ進めてゆきたいものだ」


「は、かしこまりました」


 また、日本はたしかに海に囲まれてる上に西日本は九州・中国・四国は瀬戸内海などで分断されていて移動のために船を使う必要もどうしても出てくるが、畿内より東だと山の中の信濃のように船での移動ができない場所も増えてくる。


 そして戦場が東に移るにつれ西国から兵を移動させるのは困難になってくる。


 なので輸送や移動が多少なりとも便利になるように街道を整備しておくのは大事なことだ。


 場所によっては木道竹車体の輸送車両を設置したり、運河を掘らせて水運を便利にさせたりもしているがこれはかなり時間もかかるだろう。


 食料に関しては信濃の火山灰地域にはじゃがいもとともにヤギを仕入れて食料不足になるべく対応できるようにした。


 甲斐の武田に対しても同様にじゃがいもやヤギなどの食料の支援を行って、特に腹水病(日本住血吸虫症)のひどい釜無川・笛吹川流域に対しては湿地の沼や池を可能な限り速やかに干拓させ、村に井戸を掘って川などの水を飲用にしないようにしつつ、「泥かぶれ」を防ぐために国人地侍に少しずつ話をして先祖代々の水田を桃などの果樹園や桑畑、蕎麦・麦畑に変え湿地を減らすようにさせている。


 ただし、米こそが最高の食べ物であるという認識はそう簡単に揺らがない上に、甲斐の武田は鷹司の傘下にくだったというわけではなく、甲斐は後北条との緩衝地帯でもあるのであまり強制も出来ないのは歯がゆいところではあるがこれはどうしようもない。


 また戦乱により住人が離散した結果耕作放棄されている場所は再度開墾してなるべく正方形などに水田を作り直し、牛などに鋤で耕させるのを楽にしたり、田植え定規を使って効率よく米が実るようにさせたりもしている。


 後じゃがいもの芽が出た部分や日があたって緑になった場所は毒故に絶対食べないことを予め強く伝えた。


「今のところ甲斐の領民に鷹司は良い家だと思われれば十分とするか」


 それと現状では俺が姫路を本拠地として畿内や中国や四国の東部を、畠山義弘が太宰府を本拠地として九州・四国・中国の西部を、一条歳久が遠江の掛川を拠点として美濃より東の東日本の統治の中心を担うようにしている。


 かって父と敵対した島津勝久・忠康親子には京に滞在してもらい公家との交渉の窓口をになってもらっている、下手に薩摩に置いておいて変な動きをされても面倒だしな。


 俺自身はあんまり京に近づきすぎたくはないというのもある。


 そしてそんなことをしているうちに年が変わり永禄3年(1560年)になった。


 元日前には上洛して宮廷祭祀に加わりつつ関白太政大臣として公家の挨拶を受けることになるわけだが、当然公家の最上位の鷹司家となれば送られたものに対してそれより良いものを送り返さなければならない。


 しかも公家の挨拶はやたらと形式張っていて面倒くさい。


 それが終われば今度は武家の大名や直属家臣の挨拶などがある。


「そろそろいろいろ組織を変えていかんとならんよなぁ」


 まずは公家に関して住むべき家と米と銭による月給を官位官職に応じてきちんと用意し生活を保証する代わりに今後は私的な荘園の拡大は認めないことにする。


 当然だが日本的に根回しをしてキチンと話をつけてから大臣の決議に乗せるわけだ。


 せっかく争いが収まりそうなところを公家が土地争いなどを始めても困るしな。


 現状では荘園からの収入でまともに食えてるのは近衛家くらいだし、その近衛家の荘園を支えてるのは俺達なので反対するものは特にいなかった。


 とりあえず山城の中央朝廷の官庁だけでなく国司や侍所などの公家たちにも適用できるように制度を整えていくことにする。


 俺の直轄地だけでも徐々に検地や戸籍確認も行っていきたいものだが早急に進めるのは難しいかな。


 また近江の六角と京極と浅井と朽木なども当然俺への挨拶に来たりしてるんだがその挨拶を受ける順番をどうするかとかでも頭を悩ませなきゃならなかったりした。


 ちなみに朽木以外の高島七頭の扱いも面倒だ。


「結局は浅井・朽木・京極・六角の順番かね」


 基本的に家格が下のものから挨拶を受け、家格が高いものはあとになるのだが完全に没落しているが家格は高い京極と没落寸前の六角、将軍の御側衆を務めていた朽木、実際の勢いでは一番だが家格的には一番低い浅井と、これを家格だけで順番を決めていいものか悩むところではあるんだ。


 もっとも現状では俺は武家に対しては室町幕府の将軍権威を通してその上に立っている側面が強いので、体面上では六角や京極・今川などは俺よりも上とも言える。


 そして最後には俺とともに今川や六角・京極・大内などが将軍へ挨拶をするわけであるが官位や権力では上の俺が将軍へ頭を下げるというのも妙な光景ではあるな。


 ちなみに足利義栄を将軍として正式に認めていない朝倉や長尾、朽木以外の高島七頭は挨拶に来ていない。


 高島七頭も基本的に佐々木の分家ではあるが仲がいいわけでもないのだな。


 北陸は雪も深いし京へこようとしても来るのは不可能だろうし、そもそも長尾は後北条との決戦を挑んでいる状態だからそれどころでもないだろうけどな。


 後北条も当然それどころではないし、長尾と共に合戦中の関東の国人たちも当然来ていないけどな。

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