第110話 今川が俺に同盟を求めてきたか、だがちと甘いな
さて、俺は美濃では一色龍興をかつぎあげ、南信濃は小笠原と諏訪をかつぎあげて、美濃と南信濃を押さえることに成功した。
そして信濃の霧ヶ峰周辺や和田峠などは、良質な黒曜石すなわち火打ち石が産出する日本では数少ない場所だ。
そして木曽馬が有名なように馬の産地でもあり、日本ではめずらしく鉄も多く採れる場所でもある。
「ふむ、これで火打式銃の研究が進むかな。
木曽馬も驢馬と併用してみるのがいいだろうか」
火縄式は比較的安価で信頼性は高いが、湿度の高い日本では不発率も高かった。
また射手が密集すると隣の銃の火縄から引火する危険も有ったため、あまり密集できないという欠点も有った。
それに対して火打式は火縄の火種を使わないため、射手がより密集する事が可能であるはずなのだ。
もっとも火種を起こすための撃発時の衝撃で銃身がぶれたり、引金を引いてから装薬に引火爆発するまでの時間が比較的長いため、命中精度に難があったりもするので必ずしもこちらのほうが良いというわけでもないが、数を揃えて本格的に弾幕を張ることを考えるなら試してみて損はない。
木曽馬は驢馬の上位互換的な馬で餌を食べる量は驢馬よりも多いが、性格はわりとおとなしいと言われているし、山間部で飼育されているので急な坂が苦手な馬が多い中では珍しく坂を苦手としない。
そして草のみでも飼育可能であるとなかなか優秀な馬だ。
そして俺は食糧事情や服事情が良いとは言えない信濃の領民のためにヤギとさつまいもと羊を導入することにした。
「このあたりも火山が多く火山灰によって栽培できるものが少なかろう。
領民が飢えぬように甘藷の栽培を広めよ。
またヤギの乳と肉も広めつつ、製粉のための水車小屋をなるべく多くの村へ作るようにもするのだ。
また羊の毛を春に刈り取りそれで服を作るようにせよ」
信濃守護である小笠原長時に俺はそう命じた。
製粉は蕎麦、麦、稗、粟といった雑穀や虫食いのクズ米を粉にして饅頭や団子、せんべい、おやき、もしくはうどんのような麺にすることで比較的食べやすくするために必要なのだ。
米以外の雑穀粥は美味くないというのはやはり大きい。
「かしこまりました、領民が飢えずにすむのであればそれに越したことはございません。
また寒さをしのげるのもありがたいことです」
「うむ、頼みますぞ」
この頃の長尾景虎は元関東管領である上杉憲政(うえすぎのりまさ)や里見・佐竹の助力要請を受けて三国峠から上野に侵攻し、上野を上杉の支配下として取り戻した。
更に安房の里見は兵を進めて上総を、常陸の佐竹は兵を進めて常磐の南郡を手に入れた。
そして後北条氏に圧迫されていた、上野、下野、常陸、武蔵北部の国人は一斉に長尾に寝返った。
「長尾が上野を攻撃したか……後北条と争うのはあちらの立場から考えれば当然ではあるがな」
そして俺が信濃の統治を小笠原長時にある程度任せて姫路城へ戻ろうとした時に、今川義元が甲斐で武田の残党のゲリラ攻撃によって討ち死にしたという情報が入ってきた。
今川義元は長尾に遅れを取ってなるものかと焦ったか。
「やはり軍事はさほど得意でもなかったということか」
今川義元が死んだことが伝わったことで、三河では松平元康が知多半島の水野や西三河の国人と兵を交え、遠江では国人どうしがお互いの土地を奪い合う内乱が発生したようだ。
そしてその後に今川から急使がやって来た。
「我ら今川家は鷹司執柄相国と不戦の同盟を結びたく会合をおこなわせていただきたく願います」
俺はそれにうなずく。
「ふむ、良かろう。
小笠原長時殿、深志城を会合の場としてもよろしいかな?」
小笠原長時はうなずく。
「は、では饗応はお任せいただけますでしょうか」
「うむ、頼む」
というわけでここ松本で鷹司と今川の会談が行われることになった。
今川氏真の随員は朝比奈泰勝に弟の一月長得(いちげつ ちょうとく)に随風こと、後の南光坊天海か。
どうやら随風には天台宗や真言宗を弾圧したと俺は思われてるようだな。
「この度は会談を開いていただきまことにありがたくございます」
随風がそういって挨拶をしてきたので先制攻撃を行うことにする。
「うむ、今川上総介殿は、あなたの父上が「今川仮名目録追加」において守護使不入地を全面否定されたことにより先の公方様より今川の討伐命令が出ていることはご存知かな?
俺は先の公方様の遺志を重んじて今川は討たねばならぬのだが」
もちろんそんな物は方便だ、だが室町幕府中枢の権威を分国法で一度明確に否定してしまったのはまずかったよな。
「は、はは、それについては父の不明を恥じるばかりにてございます。
さすれば今川仮名目録の改定を行い、今川は守護としてもう一度幕府のために働かせていただければと」
「ふむ、言葉だけで信ずるのは難しいと思うがそれについてはいかに考えておられるかな?」
氏真はちらりと横にいる弟を見た。
「は、私の弟である一月長得を鷹司執柄相国のお側においていただければと願います」
ふむ、弟を人質にするか。
まだ結婚相手が決まっておらず子供もいない以上はそうするしかあるまいな。
「よろしい、今川上総介殿には駿河守護の奏上を将軍宛に行うものとしよう。
駿河一国の安堵並びに父君と同じ治部大輔の官位も今上陛下に奏上を行うものとしよう」
「駿河一国でございますか……」
「嫌ならば鷹司に対して武力にて立ち向かわれても構いませぬぞ?」
「い、いえ、駿河一国の安堵はまことにありがたきことと」
こうして事実上今川は鷹司の勢力下に入ったのだ。
実際三河や遠江・甲斐については氏真では統治できんだろう。
もっとも今川にはまだ寿桂尼も残ってるし、駿河一国くらいはちゃんと統治してくれるものと思いたいが。
尾張の今川氏豊、三河の松平元康はまあいいとして、遠江は一国をまとめられるだけの能力やカリスマをもった国人もいないのが厄介ではあるんだよな。
「三河の松平元康殿、岡崎城にて今川よりの独立を宣言したとのことです。
同時に吉良義安(きら よしやす)殿も離反の様子」
「尾張の今川氏豊殿は鷹司に臣従するとのこと」
「遠州にて多数の国人が今川からの離反を明言し互いに土地の奪い合いを行ってる模様です」
今川の総大将であり実権を握っていた今川義元のまさかの討死という事態に、松平元康が吉良とともに独立を目指すのはまあ、わからんでもない。
ただし鷹司に従うつもりがないならつぶすが。
戦国大名は基本的に戦争で奪った領地などを家臣に与える事で求心力を得ているが、そのためには家臣たちも常に軍備に大量の金を必要とする。
そのために金貸しから金を借りたり、娘を人買い商人に売ってまでそこに金をつぎ込んでみたものの甲斐の国の金山を得られればという博打に失敗して、今川が甲斐の国を最終的に失えば残るのは借金の山だからそれを埋めるために争いを始めるわけで、三河や遠州が内乱で大変なことにもなるわけだ。
「尾張はともかく三河に遠江に甲斐もなるべく早く争いをおさめんとな……収まるかどうかが問題だが」
今川氏真も世に言われてるほど無能ではないのだがまあ、タイミングが悪かったとしか言いようがないよな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます