第92話 二人の妻が無事懐妊したので安産祈願を行ったよ、そして公方様に挨拶しにいかんとな

 さて、長尾景虎の合力もあって、将軍足利義輝は京の都へ大手を振って戻ることができた。


 その長尾景虎は越後で反乱が起きてしまったので、鎮圧しに越後まで戻ってはいるが功績としては第一だろう。


 とはいえ、三好長慶が超本気で山城を取り戻そうとすれば長尾が入京した後に取り返すことはできないわけでもなかっただろう。


 京の都はとても守りづらいのだ。


 しかし、三好長逸が討ち取られたのは、三好の山城支配には大きなダメージだったように思う。


 故に無理せず兵を山城から引いたのではないかという気がするのだよな。


 それに三好長慶自体が幕府の権力中枢にいても”この成り上がり者が”という六角や畠山、丹後の一色や若狭武田などの名門守護達や興福寺の下にいる筒井などの上から目線の視線や言動に耐えられなかったようにも思う。


 色々悪人扱いされているが三好長慶や松永久秀は、将軍足利義輝を本格的に排除するつもりはなかったが、将軍の側近や周りの足利系有力守護大名から見れば、足利幕府を支えてるのが細川の陪臣でしかない三好である現実に我慢できなかったんだろうし、実際足利義輝は三好長慶の暗殺を試み続けていたようだ。


 九州では比較的官位や守護職と家格は重要視されていたが、朝廷や幕府の権力が現在でも存在する畿内においては余計にその圧力は強いわけだ。


 天下統一と言えば日本全土を統一するような意味合いに聞こえるが、天下と言うのは中華的思想でいうところの中華で、中央政府の権力の届く範囲を示すし、天下は天華であってこの頃の日本では山城・大和にくわえてその交易路に当たる場所である堺の街と近江・摂津・和泉・河内程度を影響下に抑えれば十分天下統一と言えたのだろう。


 元々室町幕府において名目上伊豆や甲斐、越後より東は鎌倉府の、九州は九州探題の、四国は四国探題の、中国地方は長門探題の影響下にあると考えられていたはずではあるのだが、土岐や斯波、赤松や山名の衰退により現状の室町幕府は歴代の中でも最も影響がある地域が狭くなっているとも言えるだろう。


 もっとも室町幕府の時代には将軍が守護大名たちの意見を聞かない時に、本来はそれを補佐するべきである有力守護達などが軍勢を出して、将軍がいる御所を兵士が取り囲み、そのまま武力で将軍側近を斬り殺して意見を聞かせるという『御所巻き』というものが普通に存在していたりもして、三好三人衆による義輝殺害も本来は将軍当人を殺すつもりはなかったが”ついかっとなってやってしまった”可能性が高いらしい。


 そもそもは幕府の創始者である足利高氏が、執事である高師直によって「御所巻」を受けてるわけだから室町幕府の政治が不安定になるわけではある。


 もっともこの御所巻を行った方もろくな結果になってない。


 足利高氏に対して行った高一族はほとんど処刑されたし、悪御所とか万人恐怖と呼ばれた足利義教を殺害した赤松満祐は、最終的に細川持常・山名持豊らに追討されて赤松氏は一時滅亡した。


 明応の政変を起こした細川政元も一時的に権力を握ったが、細川が現状どうなってるかは言うまでもない。


 閑話休題それはさておき、将軍義輝が三好長慶の暗殺に成功していたらどうなっただろうか?


 無論、三好長慶を暗殺したからと言って三好一族は将軍の下に素直について働くわけがなく、むしろ三好長慶は将軍を最大限に君主として持ち上げる意志が強かったと思うから彼が早く暗殺されていたら三好三人衆による将軍殺害が早まっただけに終わったように思う。


 そもそも自分の兵隊を持たない将軍がかつての足利義満のような権力を持とうとする事自体に無理があるわけで永禄の政変では逃げ出そうとした将軍義輝を、御所に連れ戻したのがその側近であるということを考え合わせても現実が見えてなかったようにしか思えない。


「はあ、久方ぶりに上洛して将軍様のご機嫌を伺わないといかんか」


 ついでに言えば中国地方の守護やら国司やらも認めてもらわないといけないしな。


 閑話休題それはともかくここでいいニュースが入ってきた。


「おお、ふたりとも子供ができたか」


 お平と近衛家の娘である小姫にそれぞれ子供ができたというのだ。


 最近は山口から俺自身があまり動かなかったことも有って、子作りの機会も増えていたが二人の妊娠はめでたいな。


「はい、ようやく貴方様の子供を成せました」


 近衛から嫁に来てもなかなか子供が生まれないと小姫も焦っていたらしい。


「今度は姫であると良いですね」


 二人がそういうのに俺はうなずく。


「うむ、ふたりともでかしたぞ。

 無事に子を産んでそしてふたりとも無事にあるように神仏に寄進をするとしよう」


 早速俺たちは防府の岩淵山観音寺で安産祈願を執り行ってもらった。


 気休めかも知れないがやはり安産祈願をしておくだけでも母親の心配は減ると思うしな。


「さて、また上洛して今上陛下や公方様に挨拶をしてこないといけないな」


 山口を陥落させ尼子を従属させ東は西播磨と因幡まで勢力を伸ばした俺だが中央では一体どう思われてるのやら。


 所詮は田舎侍というのがせいぜいだとは思うけど。


「せっかく子供ができたところで申し訳ないが俺は上洛しないとならん。

 朝廷や幕府へのご機嫌伺いも必要だしな」


「はい、わかっております。

 行ってらっしゃいませ。

 貴方様のご無事をお祈りいたします。」


 さて魑魅魍魎が群れをなす畿内に行くのは気が重いが仕方あるまい。

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