第67話 お平が無事に男子を産んだぞ、それと農民から刀を買い上げて刃金の鍬を作らせたぜ

 さて、昨年にお平が懐妊して今か今かと待ち望んでいた出産だがようやくこぎつけた。


 母子とも無事で元気な男の子が生まれたのだ。


 もちろん城はわきかえったぞ。


「おお、でかしたぞお平、この子は虎寿丸と名付けようぞ」


 お平がほほえみながら言った。


「はい、無事にお役目果たせ安心いたしました」


 史実では男児は生まれず、弟に島津を継いでもらうことになったのだが、今回とりあえずは男児が生まれたのはとてもめでたい。


 とは言えこの時代生まれて間もなく夭折することも少なくないから栄養や衛生などにいろいろ気をつけなくてはな。


 おれはお平が抱いている赤子に目を移して言う。


「ちゃんと無事に育ってくれよ」


 もちろん赤ん坊には意味がわかる訳がないがな。


 そして親ばかと言われそうだがとてもかわいい。


 そして俺の男児の出産を祝って島津の家臣団や九州四国の各地の国人などがお祝いに駆けつけたのは言うまでもない。


 島津に歴代仕えてきた家臣、相良や肝付のように臣従した大きな勢力を持つ国人、大友の重臣であったものなどや肥前にて最近臣従したものまで様々だがな。


「この度は男児誕生とのこと誠にめでたくございます。

 これは拙いものですがお収めくださいませ」


「うむ、その気持ありがたくいただこう」


 俺が受け取ったのは主に名馬や名刀、黄金を中心に立派な漆器やら屏風、扇、絹織物、巻物、海苔や昆布などの干した海藻などでもちろんかなりの金がかかったものばかりだ。


 この時代の海苔や昆布というのは実はかなり高級品なのだ。


 そしてこの時代においては家臣からの贈り物を受け取った当主はそれよりも上等な物を返すのが当然とされていた。


 だからこそ朝貢貿易は貢物を捧げるのなら損なように思えるのだが、実際には貢物よりも価値のある物を下賜されるのだから名より実を取って皆がこぞって朝貢を行ったのだな。


 ヨーロッパにはもちろんそんな概念はないので交易を行うにあたり臣従するということをしなかったポルトガルなどの国が相手にされなかったのも当然だ。


「では、代馬だいばを受け取っていかれるが良い」


 俺は派手に飾られた具足と刀に丸餅を渡す。


「はは、ありがたく頂戴いたします。


 代馬というのは引き出物のことで本来は、平安時代に宴を開いた貴族が宴会を開いた主が庭に馬を「引き出して」宴会に招いた客に贈ったことが由来だが戦国時代では武具が贈られるようになっている。


 もちろん具足と言っても重臣領主に与えるものは安物ではなく一揃えで百貫文ほどするものを送ったさ。


 大友兼定、菊池義武、少弐冬尚には秘蔵とされる立派な大鎧を送った。


「このような素晴らしいものをいただけるとは

 感謝しますぞ」


「いやいや、大友であり一条であり大内であり宮家でもある、

 あなたにはこの鎧こそが相応しいでしょう」


「ウムウム全くですな」


 彼等は単純に喜んでいたがお飾りの守護家にはお飾りの大鎧はお似合いだろう。


 実際のところ現状ほぼ完全に大鎧は実戦から駆逐された存在であって実用的ではない。


 しかし、武威の象徴や贈答品としては最高級のものとされた。


 売買すれば1000貫文の値段はつくからな。


 尤も鉄砲や大砲が普及すれば当世具足も意味をなさなくなっていくであろうが。


 ちなみに餅も、この時代ではかなりの高級品なのだ。


 そんな中で安芸の毛利家から挨拶に訪れるものがあった。


「お初にお目にかかります。

 毛利備中守(隆元)の名代としてご挨拶に参りました、小早川中務大輔(隆景)でございます」


「ほう、これは遠路はるばるよういらした。

 しかし、あなたの主君は陶晴賢殿ではございませぬか?

 このようなところに来てもよいのですかな?」


「いえいずれ陶は安芸に攻めてくるゆえ、陶を先に討つべきと兄上は言っております。

 とは言え父上は現状で陶と闘うのは得策でないと考えていますが」


「ふむ、それで俺にどうしてほしいと?」


「今回の件は大内家中の問題ですので

 島津殿には不介入をお願いしたいのです」


「それはできぬな、陶は二条殿のような公家を虐殺している故に征西大将軍として討伐せよと朝廷より命じられておるのだ。

 そして現状では毛利は陶に与した者とみられている。」


 本来であれば陶晴賢は大内義隆に対しての謀反を起こすにあたり、北九州の豊前や筑前の大内氏の権益の一部をそれまで対立していた大友義鎮に譲り渡すという約束をしたことで、大友を味方につけたが、その後大友義鎮が大内氏の問題に介入しないのと引きかえに、毛利氏は豊前と筑前に干渉しないという密約をむすんでいるはずなのだな。


 もちろん後ほど毛利は豊前に兵を出しているわけだが。


「で、では毛利も朝敵に含まれていると?」


「無論だ、毛利は陶の謀叛に加担しそれゆえに安芸と備後を与えられたのであろう?」


「で、ですが」


「これは大内の問題と言われるが朝廷ではそうは思っておらぬということだ」


「そ、それでは陶と戦っても毛利は許されぬと?」


「毛利殿が直接公家を虐殺したわけではないゆえ、朝廷にとりなすことは可能ではあるがそれには条件がある」


「条件とは?」


「うむ、今年生まれたと聞く幸鶴丸を俺のもとに差し出すことだ」


「人質ということですか?」


「うむ、俺には男色の趣味はないから安心しろ」


「それに関しては私では返答できかねます」


「そうであろうな、安芸に戻り兄や父と相談してみられよ」


「……ではそうさせていただきます」


 そう言いながら小早川隆景は肩を落として帰っていった。


 大寧寺の変で死なずにすんだ問田亀鶴丸といだきかくまるを確保しておいたほうが良いかもしれないな。


 そんな感じでの出産祝いなどが落ち着いたところで俺は元は大友の直轄地で現状は俺の直轄地の村の農民の元を訪れた。


「畑を耕すために今より良い鍬を作ろうと思うのだが肝心の鉄が足らぬ。

 故にそなた達村人が持っている刀を買い上げたいのだが一本あたり銭500文で買い取ろうと思う。

 俺に売ってくれるものはおるか?」


 俺は法度により、武器の使用による紛争の解決を禁止している。


 そして、何らかのトラブルが起こった場合には暴力で解決されるのが普通だった。


 そういった際に刀を使わせないためにもできれば刀を持たせないようにしたい。


「はい、売ります!」


「俺も!」


「待っててください」


 村人の幾人かが家に戻って大小の刀を手に戻ってきた。


「うむ、では大小合わせて一貫文だ」


「ありがとうございます」


 さて、買った刀は戦場で拾ったりしただろう安物のなまくらであろうが刃金を使っていることは間違いない。


 俺は農具の改良に取り掛かることにするため鍛冶師を呼んで申し付けた。


「集めた刀を用いては先が全て刃金の股鋤を打つのだ。

 股の数は3つのもの4つのもの5つのものをつくってみよ。

 平鍬ひらぐわ唐鍬からぐわ、踏鋤 (ふみすき)も全て刃金にせよ。

 また唐鍬は細く厚くしたのものと平鍬の平たく薄くしたものと、刃先を三角にして双方を刃にしたものも作るのだ」


「へ、へえ、かしこまりました」


 この頃の農具は良くて刃先だけが鉄製の風呂鍬だったり下手すれば全木製の木鍬だったりする。


 全鉄製農具はごく一部の金を持ってる豪族や豪農などが所有するに限られていた。


 農具の刃先だけが鉄製だったりするのは20世紀初頭まで続いているが日本では鉄はとても貴重なのだ。


 そして戦国時代では刀や槍、鉄砲などの武器にそれが優先されたのは言うまでもない。


 鍬の種類には、長方形の1枚の刃で構成される平鍬、平鍬に比べて肉厚で丸みを帯びている唐鍬、刃が3本ほどに分かれている股鍬などはあるが股鍬は木製だとけっこう折れやすいのでさほど使われているわけではない。


 踏鋤はいわゆるショベルだな、形は四角いが。


 またこの時代にはまだ存在しないが先が全て刃金の股鋤はいわゆる備中ぐわ、唐鍬の細く厚くしたのものは鶴嘴つるはし、平鍬の平たく薄くしたものは草削くさけずり、刃先を三角にして双方を刃にしたものは三角両刃鎌とか三角ホーと呼ばれているもので草削りや三角ホーの別名は立鎌だ。


 それぞれツルハシは岩を砕いたり、固い土や荒い土を掘り起こす時に使い、粘土質の土地に使用するのは備中鍬、柔らかい土には唐鍬、畝立てに使用するのは平鍬を使い、草削や三角両刃鎌は土を掘るのではなく雑草をかる場合に使う。


 しゃがみこんで鎌で雑草を刈るのは面倒だからな。


 作物がなければロバやヤギに食わせてもよいのだが。


 そしてこれらをうまく使い分けて掘り起こし作業を行うとかなり効率が良くなるはずだし今まで開墾できなかった場所も開墾が可能になるだろう。


 しばらくして打ち上がった鍬を俺は試してみることにした。


「ぬうん……チェストー」


 大上段に鍬を振りかぶって『二の太刀要らず』の気合で地面を耕す。


 ざっくり地面に突き刺さる鍬は気持ちが良いものだ。


「うむ、良い出来だ」


「へえ、ありがとうございます」


 こうして刃金でできた鍬は木鍬は当然のこと風呂鍬よりも遥かに効率よく大地を耕すことができるようになるのだった。


「うむ、これは鍛錬にも良いかもしれぬ」


 そして空に浮かぶ雲から地面を打つ稲妻の如き速さ、すなわち雲耀の速さにて鍬を振り下ろして地面を耕し続ける、そしてこれが薩摩地面流農術の始まりであった……と言うのはもちろん嘘だが。


 俺は最初に刀を買い付けた村へ行き実演販売をしながら鍬などを売る。


「さあ、さあ、俺がこの前買った刀を使ってつくった刃金の鍬。

 これがあれば土を耕すのが全然楽になるぞ。

 さあ、見てくれ」


 俺が鍬を振り上げてざっくり地面を掘ると村人の一人が聞いた。


「でもお高いんでしょう?」


「いやいや今ならなんと平鍬、唐鍬、股鍬まとめてで1貫文でいいぜ」


「そ、それはかなりお得なのでは?」


「ああ、そのかわりがんばって畑を耕してくれればいいぜ」


「買ったー」


「俺もー」


「じゃ、じゃあ俺は刀を持ってくるんでそれを売った金で鍬を売ってくれ」


「おういいぜ」


 こうして俺は刀を買い上げて、それを打ち直して鍬や鋤などを作らせてそれを売るという方法で直轄地の農具を変えていくのだった。


 その後俺は他の村などもめぐりつつ国人や鍛冶師などにやり方を見せて刀を買い取らせた後で鋤や鍬を鉄製のものにさせて行くことにしたのだ。


 ま、現状では大赤字だが値段は広まって需要が増えればだんだん上げていけるだろう。 

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