天文20年(1551年)

第37話 尾張へ物見遊山へ行こう・赤塚の戦いへの介入と織田信長の戦死

 さて、天文19年(1550年)に俺は京へ上洛して朝廷や幕府との外交交渉を行ったわけだが、結果はまずまず上手く行ったと思う。


 朝廷よりは従四位下相当の修理大夫兼薩摩守兼大隅守の官位を正式に得られたし(今までも僭称はしていたわけだが)今上陛下から直々の肥後及び日向の追討の綸旨と琉球及び明への交易の許可も頂いたし、御剣と天盃と宸筆(天子の直筆)の書も下賜して頂いた。


 これで周辺国への追討の大義名分は十分立つというものだ。


 あくまでも大友とは今のところは敵対しない内容であるのも重要だな。


 最悪肝付、伊東、相良が連合するのはいいがそこに大友も加わると少し面倒だからな。


 もっとも大友は大内との戦いそして博多の奪取が優先であろうし、現状では島津とは友好的なので問題はないと思う。


 現状では敵対するメリットはお互いないしな。


 朝廷としても四千貫つまり約4億円の銭があれば内裏の修理や宮廷儀式の再開、下級役人への給料の支払いなどをちゃんと出来るようになるしどちらにも損はない。


 それから京を発つ前に近衞前久から妹を嫁にどうかといわれた。


「わが妹ながら気立ても器量も良い娘だがいかがかな?」


 本来なら悪い話でもないのだが……。


「うーむ、申し訳ないのですがこれより熊野、伊勢、熱田を詣でてまいろうと思っておりますので今回は……」


「そうか、それは残念だ、だが、考えておいてくれるとありがたい」


「承知しました、いずれまたこちらに伺った際に」


 いや流石にお祖父様の紹介で嫁さんもらったばかりだし、京都に行ったら嫁を連れ帰ってきたとかちょっとどうかと思われそうだしさ。


 もっとも近衛家と婚姻関係を結んでおくのは悪くもないとは思うけどな。


 俺じゃなくて弟たちならどうだろうかと思ったが、弟たちは戦バカで教養なんて持ってないからちょっとつらいかな。


 つらいのは、弟の方じゃなくて相手の姫さんがだけど。


 そして三好長慶には室町幕府の要職の九州探題及び薩摩大隅守護の役職と四国西部の制圧許可、瀬戸内から北九州の海賊討伐の権限ももらった。


 どちらかと言うと大内に対する牽制役を大友とともにやってほしいらしいが、別に大内を倒してしまっても構わんだろうし、海賊の討伐許可を正式に得たから、それをもとに各地の水軍の従属を求めることも出来るだろう。


 海賊討伐を名目に海賊を傘下に入れるのは藤原純友や平清盛などが行っているが、現状では瀬戸内海を我が物顔で牛耳っている村上水軍に対して行えれば利益も大きい。


 無論北九州の松浦などに対しても有効なはずだ。


 そこですぐに九州に戻って大隅の肝付に臣従を迫り日向の伊東や肥後の相良を潰してもいいのだが先にちょっと見ておきたいところがある。


 ちょうど織田信秀が病いに倒れて混乱しているはずの尾張だ。


 というわけで俺は京を後にして船で川を下って堺に戻り、そこから船で紀伊半島の熊野三社や伊勢神宮などを訪れて実際に参拝し、それぞれ百貫ほどの寄進を行って行きつつ熱田を目指した。


 延暦寺や高野山は行かないのかって?


 うん、行かない。


 現状は神仏習合とは言え仏教の総本山にはあまり近寄りたくはないからな。


 それから紀伊半島をグルっと回って尾張につき、熱田神宮にも詣でた頃には年が変わって天文20年(1551年)になり噂が耳に入ってきた。


 それは”織田信秀が死んだ”と言うものだ。


「さて、こうなったら尾張は荒れるわな」


 もともと信秀は戦上手では有ったが、晩年は斎藤道三との加納口の戦いや今川義元の元の太原雪斎に対しての第2次小豆坂の戦いや第三次安城合戦などで敗北を喫して美濃や三河での織田の勢力を失っていた。


 そして尾張守護代大和守家織田信友とも争っていたため、斎藤道三とは和睦して、信長と濃姫が結婚するわけだ。


 そして天文20年(1551年)に彼は帰らぬ人となった。


 そして今川家との国境の重要拠点を任されている、鳴海城の城主の山口教継とその息子・教吉は駿河の今川勢を尾張領内に手引きして侵入させて今川に降伏する。


 山口教継は、鳴海城を息子にまかせ、自らは桜中村城に立て籠もったというのが現状。


 俺は山口教継のもとへ500名の足軽を率いた傭兵として俺を雇わないかと口利きに行くことにした。


「ふむ、紀伊の方からこられたのかね」


 この頃は根来・雑賀・甲賀の僧兵や地侍などは傭兵として、畿内から尾張くらいまでのあちこちの戦に傭兵として参加して食いつないでいた、何しろ田畑に向いた土地は少ない場所なのでそうせざるをえないのだな。


「まあそんなところだ、どうだい俺たちを雇わないか?

 きっとあんたの役に立つぜ?」


 山口教継は俺を胡散臭いやつとは思ってるだろうが、そんなことは知ったことではない。


「それは良いがこちらからたいして銭は出せぬが良いのかね?」


 俺はその言葉に頷く。


「ああその代わり一人一日七合の玄米を食わせてくれりゃいい。

 塩と味噌も適当につけてくれ。

 あとこのあたりの山で猪や鹿を狩ったり、川で魚をとってもいい許可をくれ」


「銭ではなくて飯かね。

 それに獣を狩って食うとな?」


「ああ、いちいち銭を飯に変えるのは面倒だからな」


「よかろうではそれで契約成立だ」


「おう、契約成立!!めでたいことだ」


 この時代まだまだ獣を狩って食べるということは、山の民はともかく農民はあまりやらない。


 だから俺を蔑むような目に変わったのは仕方なかろう。


 ちなみに山や川に関しては村ごとに縄張りがあるので、勝手に入ったら面倒なことになったりもするので入ってもよいという許可をもらったのだ。


 猪や鹿といった獣は田畑を荒らす害獣なので、狩って食っても農民から文句は言われぬだろう。


 そんな感じで雇われる代わりに米と塩や味噌をもらい、野草を詰んで、魚を網で取り、猪や鹿を狩って、自分たちでおかずを確保して戦が始まるのを待っていたが、やがて信長が兵800で那古野城を出陣し三王山へ布陣した。


 山口教継から俺に指示が出る。


「おい、お前の出番だぞ」


「はいはい、じゃあ出陣しましょうかね」


「お前に先陣を許すゆえ派手に暴れるがよい」


「そいつはありがたい」


 俺たちは赤塚に500の兵で出陣して信長の兵を待った。


 そして信長の部隊も赤塚に進軍してきた。


「よしいつものように、矢戦のあとで先陣は一当てしたら逃げてこい。

 鉄砲隊は追いかけてきたものを蜂の巣にせよ」


「了解ですぜ、若!」


 双方の陣から矢と石が飛び交う矢戦の後でお互いの槍隊がぶつかりあう槍戦となり槍の長さで劣る我が部隊が崩れて敗走して来るように見える。


 しかし相手は長槍ゆえ追撃は遅い。


「それ鉄砲を構えよ」


 わらわらと逃げ散る薩摩兵の後を追いかけてくるのは、敵の金で雇われた雑兵部隊かと思いきや信長が陣頭に立ってこちらに攻めてきている。


「そういえば信長は意外と先陣にたって戦っていたりしていたんだっけ。

 数が少ないとそうしないとならないところもあるんだろうな。

 よし、鉄砲隊はよく引き付けた後に騎馬武者を集中してねらえ!

 雑兵は構うな!」


「了解ですぜ、若!」


 こちらの陣形に騎馬武者とその供回りが迫る。


 半町(50メートル)を切ったところで俺は指示を下した。


「銃撃てい!」


「銃撃開始!」


 ”だぁん””だぁん”


 200丁の騎馬武者に向けられた火縄銃が一斉に火を吹き、鉛玉が敵の騎馬武者と馬に容赦なく襲いかかった。


 人間に当たらなくても騎馬が撃たれて倒れれば落馬によるダメージは決して小さくない。


 そして前線指揮官が撃たれ落馬すれば敵陣は当然混乱する。


「よーし、負けたふりはもういいぞ。

 敵を押し包んで皆殺しにせよ!」


「ヒャッハー、首おいてけー!」


「大将首を取れば、たらふく飯が食えるぞ!」


『ひゃっほー首狩りだー』


 指揮官の鉄砲による討死や落馬による負傷に敵がうろたえているところに容赦なく周りを半包囲しながら襲いかかる薩摩と台湾の首狩り族。


 敵兵が浮足立って、やがて潰走を始める。


 少数が多数を半包囲して打ち破るのはおかしい?


 何をいってるんだ俺たちは島津だぞ。


 兵力差が10倍あっても半包囲して勝つのはよくあることだ。


 信長の部隊は半数の400が撃たれたり討たれたりして壊滅した。


 こっちの損害は50ほど。


 こうして赤塚の戦いにおいて織田弾正忠家の後継ぎであった織田信長は討ち死にしたのだった。


 無論この頃の信長はうつけとされて弾正忠家の中でも理解者はほとんどいなかったから傅役の平手政秀が、信長の後を追って自害した以外は家督相続を望まれていた織田信行のもとについた。


 これにより木下藤吉郎や滝川一益、明智光秀といった氏素性の知れない連中の出世の目はほぼなくなっただろう。


「さて目的も果たしたし帰るとするかね」


 織田信長がいなくなれば尾張は更に乱れて織田家の勢力拡大はなくなるだろう。


 しかし今川は尾張を抑えたとしても幕府より与えられた役割の東海の抑えから大きく逸脱した行動は取らないだろう。


 それに朝廷の権威を上手く使える大名は限られているしな。


 勢力がでかくなってからでは大変だが兵800しか率いられない頃の信長なら今の俺でもなんとかなったし、めでたしめでたしだ。

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