第38話 戦場稼ぎ・中々村の日吉との出会い
さて、信長を討ち取った俺はせっかく馬肉鍋の材料も沢山手に入ったので倒れている馬を解体して鍋にぶち込んだり、そのまま馬刺しにして味噌をつけて食ったりすることにした。
本来戦闘が終わると倒れた死体から甲冑や持っている銭や食糧、落ちている刀や槍や弓、陣立てのための釘や鍬や木材といった物までをなんでも奪おうとする戦場稼ぎが勝っている側が負けている側を追撃をしている最中に戦場に現れるのだが、今回は追撃もしておらんし死体と一緒に転がっている馬をさばいて俺たちが食べだしたのに驚いて殆どの連中は逃げたようだ。
「ふむ、悪いことをしたかもしれんな」
争いに巻き込まれる農民にとって戦場稼ぎは数少ない稼ぎでも有ったのだがその機会を失って農民たちは気落ちしているかもしれない。
「ま、そんなことよりは飯だな」
戦をすれば腹がへるものだ。
鍋に水と味噌を入れて適当に野草を放り込み、そこにさばいた馬肉と米を入れて煮込んだり、すっぱり切った馬肉に味噌をつけて食う。
「うむ、美味いのう」
そんな感じで食事を楽しんでいたら俺に声が掛けられた。
「そこのおっさん、この甲冑を買ってくれ!」
俺が声を掛けられた方に視線を向けると死体から剥ぎ取ったらしい甲冑を抱えている少年がいた。
「ほう、その甲冑を俺に買えと?」
「そうだ、どうか買ってくれないか?」
少年はかなり必死だ。
「おまえさん俺は怖くないのかね?
例えばおまえさんを殺せばその甲冑はただで手に入るが?」
「や、やめてくれ、俺は家族を食わせなきゃならないんだ。
だからどうかこれを買ってください、お願いします」
少年は土下座して頼み込んできた。
「ん、そんな甲冑のために斬り殺すようなことはせんが。
ところでお前さんの名は?」
少年が頭を上げて言う。
「俺は中々村の日吉だ」
そういうと少年の腹がキュルキュルとなった。
「ほう、日吉か。
どうやら腹が減ってるようだしお前さんも食うか?」
「え、ええんか?」
俺は頷く。
「ああ、どうせ余らせても腐るだけだ」
「じゃ、じゃあ遠慮なく」
鍋から椀に馬肉汁をすくって手渡してやると日吉はガツガツとくい始めた。
良く見れば彼の右手には親指が2本あるな。
もっとも多指症自体は人口の0.1%つまり千人に一人くらいはあるものだからそこまでは珍しくはないがそこそこいい家の出であれば生まれた時に余計な指は切り落としてしまうものだ。
余計な指が残っていたのも秀吉が低い身分の生まれであったことを示している可能性が高いな。
「うめえ……母ちゃんや兄弟にも食わせてやりてえなぁ」
よほど腹が減っていたのか涙を流しながら食う日吉だったがそのうち思い出した様に聞いてきた。
「で、いくらで買ってくれるんだ甲冑」
「そうだな、あれを真面目に作れば100貫ほどにはなるものではあるが」
それを聞いてびっくりしている日吉。
百貫はおおよそ一千万、ちょっとした屋敷が建てられる金額だ。
「あれ、そんなするのか?!」
「なんだしらんで持ってきたのか?」
「なんか立派な甲冑だと思ったから持ってきたんだが」
「まあ、穴だらけで修理代もえらくかかるであろうし10貫というところだな」
日吉が驚いている。
「10貫?!」
「ああ、不服か?」
「いやいや、そんなことはないです。
っていうかそんなに高い金額になるとは思わなかったんで、これでしばらく安心して暮らすことができます」
それにしても中々村の日吉か。
元服して木下藤吉郎を名乗る前の豊臣秀吉が何をしていたかははっきりしないんだが、戦場稼ぎなら元手もいらんし丁度尾張から駿河に旅に出る途中くらいだったはずだな。
「うむ、しかし、たかが10貫ではしばらくしか暮らせんだろう。
どうだ、俺のもとで働いてみないか?」
日吉は悩んでいるようだ。
「たかがって10貫あれば十分暮らせるけど……
だがそれだと母ちゃんや兄弟が……
うちは父ちゃんはいないんだ……」
「ふむ、女手で一つで子供を育てるのは大変であろうな。
ならばお前さんの家族ごとやとっても良いぞ?」
日吉は目を丸くしているが、シラスの開拓や高山国の開拓でも同じようなことをしてきたしな。
「か、家族ごと?本当か?」
俺はうむと頷く。
「まあ、稼げるかどうかはお前さんたちの働き次第だがな。
なんなら争いがない土地で一生田畑を耕して暮らしても構わん」
日吉は目を輝かしている。
「そ、そんなところがほんとうにあるんか?
でも俺一人で勝手に決められないし一緒に村へ来てもらえるか?」
「うむ、いいだろう」
あらかた倒れた馬も皆で食べ終わったことだし戦が終われば契約も終わりだ。
俺たちが戦場を離れれば戦場稼ぎが戻ってきて時宗の坊主たちも一緒に遺体は埋めてくれるだろう。
「では、お前さんの村へ行くとするか」
「あ、ああ、そうしよう」
俺は日吉を先頭に村まで行くことにした。
そして村の外れにある修理もろくにされていないらしいボロい家にたどり着く。
「日吉?!」
「お兄ちゃん?!」
「兄さん?!」
家から出てきたのは多分兄弟姉妹だろう。
一緒についてきた俺達を見てびっくりしているようだ。
「ともねえちゃん、朝日、小一。
この人は……って言うか名前聞いてなかったっけ」
日吉の言葉に俺は今更ながら名乗った。
「おう、俺は島津修理大夫だ」
とも姉ちゃんとよばれた女が首を傾げた。
「島津……聞いたことの無い村ね」
それに俺はこたえるように言う
「おう、そうかもしれないがこれから有名になる予定だ」
そんな感じで家の軒先でワイワイやっていると中から女性が出てきた。
「あなたたち一体どうしたのですか?」
それに対して日吉が答えた。
「あ、母ちゃん、俺さ、この人のところで働こうと思うんだ。
で、俺には養わないといけない家族がいるっていったら一家まとめてやとうっていってくれてるんだよ。
だから母ちゃんたちも一緒に来てくれると嬉しいんだけど」
母ちゃんといわれてる女は首を傾げている。
「それはまたいったい?」
俺は笑いながら言う。
「なに、こいつの糞度胸が気に入っただけだ。
で、こいつはあんたらを養わないといけないというが俺は尾張にずっといるわけにもいかないんで なんならあんたら全員で俺たちについてきて働いてくれたら衣食住の面倒は見るがどうかな?」
女は困ったようにいう。
「私達には耕す土地もないしあっても耕せるだけの男手もないですからそれはとても助かりますが……
どちらへ行くのですか?」
「おう、薩摩か高山国のどっちかだな?」
「薩摩?高山国?」
薩摩や高山国と言ってもわからないらしい。
「おう、日の本のずっと西だ」
女は困ったように子どもたちに聞いた。
「お前たちはどうおもう?」
ともねえちゃんとよばれた女の子がいう。
「私はいいと思うよ。
最近戦も増えてきてて危ないし」
次に小一と呼ばれた少年がいう。
「兄さんがいいなら僕もいいよ」
最後に朝日とよばれた少女がいう。
「お兄ちゃんたちがいいなら私もいいよ」
そして彼らの母親がいう。
「では、どうかよろしくお願いいたします」
おれは頷く。
「よし、じゃあ皆で今後の生活に必要なものを運ぶとするか」
そこで日吉がいう。
「その前に甲冑の代金をくれよ」
「おお、スマンスマン。
おい、10貫文出してやってくれ」
「へい!わかりやした」
どさりと日吉に渡された10貫文に家族もびっくりしているようだ。
ま、10貫文でだいたい40kgくらいはあるからな。
「ちょ、重い……」
「ははは、そういえば腕のいい職人がいれば一緒に来てくれるように呼びかけてくれればさらに銭は払うぞ。
土地の開墾をするのにも必要なんでな」
それに対して彼らの母親がいう。
「なら、私の姉妹たちに声をかけてみます」
「おう、そうしてくれると助かるぜ」
そうして集まったのが桶屋の福島正信、鍛冶屋の加藤清忠達、その妻である日吉の母であるなかの姉妹達とその家族、それにともの夫の弥助が集ってきた。
「どうかよろしくお願いします」
「おう、任せておけ」
さて福島正則の父親や加藤清正の父親が一緒についてきてくれるのは悪くない。
どちらにせよ腕のいい職人は必要だしな。
そしてのちの秀吉、秀長の兄弟やともと弥助の間に生まれる秀次、秀勝、秀保が一緒に雇えたなら安いもんだ。
まあ秀次兄弟たちはまだ生まれてないけどな。
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