第36話 三好長慶・松永久秀との対面
さて、今上陛下への拝謁と敵追討の綸旨も頂いたので、後はとっとと薩摩に帰りたいところなのだがまだやらなければならないことはある。
「幕府に機嫌伺いには行かないとなぁ……一応」
だが、室町幕府はそもそも武士同士の土地争いの揉め事の調停機関としてはほとんど役に立っていない。
現状では三好長慶が実質的な政治的権限を握っているが、元は細川晴元の部下であった三好長慶が彼の父・三好元長を謀殺した仇敵の一人である三好政長父子の追討を願い出たのだが、その訴えが受け入れられなかったため、三好長慶が細川氏綱・遊佐長教と結び晴元に反旗を翻し、六角定頼も敵方に助太刀にはいった江口の戦いで三好長慶が勝利し、細川晴元や三好政勝は将軍である足利義晴・義藤父子らを連れて近江国坂本に逃れ、三好長慶は細川晴元に代わる主君として細川氏綱を管領として擁立したばかり。
これにより細川政権と室町幕府は事実上崩壊し、三好政権が誕生したのであるがそうなると当然現状は将軍は京にはいないのである。
とは言え今上陛下へのとりなしには幕府関係者も加わっているので室町殿に行かない訳にはいかない。
「失礼致します。
薩摩の島津修理大夫でございますが、管領細川氏綱様へお礼を申し上げに参りました」
「うむ、あいにく管領殿はこちらにはおられぬ。
ゆえに私が対応いたす」
とでてきたのは三好長慶当人だった。
そしてこの男が将軍になり変わるような野心を持っていれば室町幕府の将軍や管領を皆討滅していたかもしれないのだが、彼は将軍家である足利義藤との和睦交渉をしている最中であったりするのでそんなつもりはないらしい。
もっともこれは相手方の拒否のため成立しなかったため、六角・細川・足利の足利連合は武力で京へ帰還しようと合戦を仕掛けるが、撃退されるはずなんだけどな。
この場合どちらに正義があるのかというと実際のところは良くわからんわけではあるのだが、そもそも細川晴元が権力奪取のために一向一揆を意図的に蜂起させ、堺で対立していた三好元長・三好一秀・畠山義堯といった主要メンバーを粛清した後、一向一揆には法華一揆を扇動してぶつけ、その法華宗には比叡山延暦寺をぶつけて無理やり潰すなどして畿内の内乱を長引かせたのは一般の民衆には害しかなかった。
加賀の一向一揆も、もともとは富樫が守護家の内紛に介入させたせいだが、なんというか行き当たりばったりすぎるんだよな。
結局その大きな被害者であった三好元長の子供の三好長慶はかっての主君である細川晴元とはその後は和解しなかったために管領は細川氏綱が最後になったのだ。
「この度は御上への拝謁を叶わせていただき誠に感謝しております」
俺は三好長慶へそう言って頭を下げた。
ただ表面的な立場的では三好長慶は将軍を補佐する管領の部下でしか無いので、色々大変なんだろう。
例えとして十分かどうかわからないが豊臣秀吉が耄碌したからと近江に追放して石田三成がその政権をついでいるとか、徳川を追放して井伊あたりが権力者顔してるとして、他の親藩がおとなしくそれに従うかって感じだろう。
なにせ敵対してるのは足利・細川・畠山と言った足利の親族だからな。
三好も清和源氏で小笠原氏庶流だからそこまで家格が低いとも言えないが、南北朝時代の初期には、南朝方として北朝方の細川氏と対立していて、その後降伏して臣下になったので、あまり良い扱いはされてないといったところかな。
それこそ鎌倉の時代から代々の薩摩守護である島津のほうが名門とも言える。
「いやいや遠方である薩摩より上洛なされ、朝廷に四千貫もの寄進をするとは島津はよほど金が余っているのですなぁ」
ニコニコしながらいう三好長慶に俺も笑顔で応える。
「いえいえ、堺にくらべれば薩摩の坊津は寂れた港街でございます」
そこへ彼の右筆である松永久秀がにこやかに追い打ちをかけてくる。
「いやいや、公家衆や我々にたいしての寄付も加えれば五千貫はいっておりましょう、大内でも一度におさめられる金額では無いはずですぞ」
有名な乱世の奸雄とされ主人である三好長慶を暗殺し主家をのっとってその後も裏切りを繰り返した悪逆非道の梟雄で一部では信長の野望における忠誠度のような数値である義理の低さから”ギリワン”とまでいわれているが実は彼は三好長慶と三好義継に最後まで忠義を尽くした人物だったりもする。
武に優れ教養も持ち合わせている彼は超有能な人物だが東大寺の大仏の焼き討ちは失火で意図的な放火ではなく、足利義藤の暗殺にも久秀は襲撃に参加していない。
これに対して、足利義藤は剣聖将軍といわれていたりもしているが実際は辻斬りをしていたという話もある。
また、足利義藤が京の都でのキリスト教の布教を許したところ、正親町天皇は京都からイエズス会を追放するよう命令した。
しかし、義藤はこの命令を無視したりもしたため、皇室や公家には大変不人気だった。そのため、松永久秀には公卿などの後押しも有ったという話もあるのだな。
とは言え彼が織田信長を裏切ったのは事実だが。
そして三好長慶がいう。
「はっきり言えば幕府の財政は苦しいのだ。
そこでだが島津殿には九州探題及び薩摩大隅守護の職をそちらに売って差し上げようかと思うのだがいかがかな?」
俺はにこやかに言い返す。
「そして細川の宿敵である大内と島津は戦えということでしょうか?」
三好長慶は頷く。
「ふむ、察しが良いな。
せっかく堺を押さえていても、大内が邪魔をしていては交易もままならぬのだよ」
俺はその言葉に頷く。
「なるほど、土佐の方の外海経由だと難破の可能性も増えますからな」
ジャンク船やガレオン船であれば外洋でも問題はないが、普通の和船だと色々厳しいのは確かだしジャンク船を持ってる大名は少ないからな。
「ではそのために四国の西を島津がとってもよろしいでしょうか?」
三好長慶は頷く。
「ふむ、それは構わぬよ、どうせあのあたりは貧しい土地だ」
実際やろうと思えば彼等は四国統一を出来るはずだがもはや京の防衛のための戦力が必要であるから最低限の防備のための兵ぐらいしか四国にはおいておきたくないのだろうか。
三好は乱妨取りでの人を売ることでも金を稼いでいるくらいだしな。
「かしこまりました。
銭ですが幕府にただ献上するというのではなく、できれば今そちらが売っている”人”を買い取る代金とさせていただければと思うのですがいかがでしょう」
三好長慶は頷く。
「うむ、降伏したものなどをそちらで買い取るというのであればそれでも構わない、一人一貫でどうかね?」
「では百名ほど売っていただければ」
「わかった、百貫で交渉成立だ。
九州探題及び薩摩大隅守護の方は別に百貫でいかがだろうか?」
「わかりました、合計二百貫ですね」
俺は即決で両方買い求めることにした。
「うむ、良い商売ができたようだ。
できれば今後三好の関係した堺の船が坊津に立ち寄った際には金を取らないで済ませてくれると助かる」
「ではそのかわりに琉球及び明との島津の独占交易並びに瀬戸内から北九州の海賊討伐の権限をいただけましょうか?」
三好長慶は頷いた。
「ふむ、よろしい。
ではそうするとしようか。」
書面でお互いに条件を確認し契約は成立だ。
「ありがとうございます、それではこれにて失礼いたします」
「うむ」
三好としては堺と明の間の交易の邪魔をする大内やそれに従う水軍の勢力を削げればよしと言うところかね。
しかし、もうすぐ陶晴賢による大寧寺の変が起きて大内は実質的に滅ぶ……はず。
陶晴賢は毛利と戦ってすぐに倒されるけどな。
毛利があんまり強くならないうちに中国西部の戦に介入しておくのも一つの手かもしれないな。
とは言え大隅や日向、肥後も制圧はせねばならんが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます