第32話 出水を攻略するために陣中食の改良開発を行おう

 さて、薩摩と大隅の間の加治木を制圧したことで薩摩湾の制海権も我が島津がほぼ奪取した。


 大砲や鉄砲の運用には船が使用できるのと使用できないのではだいぶ違うから、これは幸先の良いことだ。


 そして我々の次の目標は出水に陣取っておる薩摩島津の分家・薩州家5代当主の島津実久しまづさねひさだ。


 薩州家は薩摩の最北にある出水を本拠としている有力な分家のひとつで、一時は薩摩守護として実権を握っていたこともある。


 少し昔の薩摩は島津一門による内乱、分家や国人衆の自立化、さらには第12代当主・島津忠治に続いて永正16年(1519年)に兄で13代当主の島津忠隆の急逝により、島津勝久しまづかつひさがその跡を継いだのだが、急遽家督を継いだこともありその政権基盤は弱く、そのために島津氏の有力な分家である我が伊作家の協力を得るために、大永6年(1526年)に我が祖父である伊作忠良の長男であり我が父である島津貴久を養子に迎えて家督を譲り、国政を委ね、大永7年(1527年)に勝久は忠良の本領である伊作に隠居し、父貴久は清水城に入って正式に島津本家の家督を継承した。


 ところが、自らの姉が勝久の夫人である島津実久しまづ さねひさはこの決定に猛烈に反対し、大永7年(1527年)に清水城の我が父貴久を急襲し、清水城から追い出した。


 そして我が父貴久は島津勝久との養子縁組を解消され、勝久は守護職の譲渡の無効を宣言した。


 こうなった理由は守護である勝久が先代当主であった兄達の時代からの家臣を伊作家に近いものに積極的に入れ替えたために古い重臣の間に勝久への不満が高まっていたからだ。


 勝久と貴久の養子縁組を推進したのはそういった新しい家臣の働きかけによるところが大きく、勝久の積極的な意思ではなかったんだな。


 で、勝久に罷免された古くからの家臣が実久と手を結んで権力を取り戻そうとしたわけでそれは一旦成功したわけだ。


 そして実久の行動を見た勝久は一転して考えを変えて守護職の悔返を図って自らの政治的権力の回復に乗り出したわけだが、勝久と一度放逐された家臣の対立は解消されず、旧家臣団は実久を新たな本宗家の当主に擁立し、天文4年(1535年)に旧家臣は実久を迎え入れ、勝久を追放して天文4年(1535年)から天文6年(1537年)にかけては、実久が宗家当主・守護職として島津氏領国を掌握していた


 これに対して我が祖父は、天文5年(1536年)反攻を開始し伊集院城を奪還し、さらに鹿児島に進撃して清水城を取り戻し入城した。


 天文6年(1537年)には実久と和平の会談をするが、実久は聞き入れず、その後天文7年(1538年)から翌年にかけて、南薩における実久方の最大拠点・加世田城を攻略し、天文8年(1539年)に紫原において決戦が行われて忠良・貴久父子が実久方を打ち破った。


 これにより実久は守護としての実権を失いただの分家の頭になったけだが、その権威が完全に失われたわけではない。


「で、戦をするには飯が必要。

 だが毎度毎度コメを炊くのは薪も水も必要だし、保存のきく食べ物があったほうが良いわな」


 又四郎忠平と又六郎歳久が頷く。


「うむ、それは当然だな」


「で、兄上は何を作るのだ」


 俺は答える。


「うむ薩摩芋の羊羹ともち米を使った粽をちょっと替えた灰汁巻き、後は魚のすり身を揚げた物を作ろうと思う」


「薩摩芋の羊羹ともち米の灰汁巻きに魚の揚げ物?」


「うむそうじゃ」


 芋羊羹は薩摩芋を煮崩れるまで茹で、ところてんを作る寒天をふやかして加えて、四角い型に詰めて芋穴や地下蔵のような温度の低い場所に入れて固めれば出来上がる。


 灰汁巻きは一晩ほど灰汁あくに漬けて置いたもち米を、同じく灰汁に一晩漬けておいた孟宗竹の皮で包み、麻糸や孟宗竹の皮を裂いて作った紐で縛り、灰汁で3時間余り煮れば出来上がりだ。


 魚のすり身を揚げた物は、関東で言うさつま揚げ関西でのてんぷらだな。


 白身魚のタラ、エソ、イシモチ、ハモ、サワラ、トビウオ、ホッケ、サバ、イワシ、アジ、コウナゴ、キビナゴなどの魚の身をミンチ状に細かく切り刻んだあとすり鉢ですりつぶし塩を加え、さらにすりつぶす。


 今回はさつまで良く取れるキビナゴを使ってみることにした。


 そこに小エビや烏賊の切り身、ささがきにしたゴボウなどを加えて適当な大きさにちぎって油であげる。


「うむ、ちゃんとできたことだし、では試食してみるか」


 又四郎忠平と又六郎歳久が頷く。


「うむ、どんな味なのか楽しみじゃな」


「芋羊羹からまず食ってみるか」


「ではそうしようかのう」


 芋羊羹を切り分けてみんなでくってみた。


「ふむ、甘いが甘すぎず口当たりも良いな」


 又六郎歳久がほくほく顔で言った。


「うむ、戦場ではなかなか甘いものなどくえぬしこれは良いのではないか?」


 又四郎忠平もいう。


「これを笹の葉で巻けば少しは腐りにくくなるかの」


 とりあえず芋羊羹はありだな。

 続いて灰汁巻き。


「ふむ、いまいち味がないのう」


 又六郎歳久微妙な表情で言った。


「ではきなこでもまぶしてみるか」


 又四郎忠平が大豆をすりつぶし、きなこをまぶしてみる。


「うむ、これなら良いのではないか」


 大豆と米が合わさるとアミノ酸スコアも改善されるしこれが良さそうだな。


 最後に白身魚のすり身のてんぷらだ。


「うむ、これは酒の肴に良さそうだな」


「うむ、たしかにこれは酒に合いそうだ」


 弟たちは酒のツマミにちょうどよいと酒を飲みだしてしまった。


「まあ、酒のツマミにもよいか。

 油で揚げれば腐りにくくもなるだろうしこれもありだな」


 豆腐はすぐいたむが油揚げはいたみにくいように、油であげると水分が減少したりタンパク質が変性することで腐りにくくなるのだな。


 無論水分を飛ばして干物にしたほうが長持ちはするんだが。


 とは言えこの時代は油が高級品だから陣中食として配るにはちょっと難しいか。


 油を広州から輸入しても良いがシラス台地で菜種を栽培できるようにもしたいな。


 もっともキビナゴは佃煮でも美味いし、煮干しのように干物にしてもいいし、出汁を取ったり畑の肥料にしても良いから使いみちは色々だな。


 小魚というのは案外馬鹿にできないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る