第26話 この時代は土地の権利関係はとてもややこしいから、なるべくは農地を新規開拓をした方がいいのさ
さて、俺がなんで農業に向いていないシラス台地の開拓や高山国こと台湾島の開拓に力を入れているかだが、簡単に言えばこの時代においては土地の権利に適当に手を突っ込むと痛い目を見るからだ。
名目上の持ち主が公家や寺社だったりするんだが、実際の持ち主は武士とかな。
今のところ開拓したシラス台地の二毛作のために試験的に行っている麦や豆、冬野菜の栽培もとりあえずは順調そうだ。
冬には台風がきてせっかく育った作物を強風でなぎたおしていくことも少ないから、水の供給さえなんとかなれば、むしろ冬のほうが栽培は安定していたりもする。
鹿児島は冬でもそこそこ雨は降るので溜池の水が干上がることもないしな。
「ふむ、どうやら冬の麦や豆、冬野菜の育成もなんとかできそうだな」
弟が満足げに頷く。
「うむ、これだけあれば飯に困ることも少なくなるな」
俺も頷く。
「可能であれば三毛作が出来ると良いのだが……やはり難しいか」
「俺にはよくわからんが難しいのか?」
「おそらくな」
室町時代以降の西日本では水田の米→畑の麦→畑の蕎麦の三毛作が行われている場所もある。
ただし三毛作を行おうとすれば水田の水の管理や畑の肥料の管理などをちゃんと行わなければむしろ収量が減るだけで意味がなくなったりもする。
水稲を陸稲に置き換えることで出来ると安易に考えれば水や肥料の不足でおそらく痛い目を見るだろう。
薩摩芋の二期作もタイミング次第では温度や日照量が少なくて一期作のほうが良かったなどという結果にもなりかねないのが農業の難しいところだ。
「だがこれで食える人数を増やせれば、島津本家で戦の際に雇える人間が増え、反抗的な分家や国人や地侍も本家に従わざるをえなくなるだろう。
戦いは数、そして数を支えるのは米と銭の量だからな」
弟は首をかしげる。
「ふむ、そういうものか?
足らなければ奪えばよいのではないかと思うのだが」
「貧乏人同士が銭や米を奪い合ったところで余計に貧乏になるだけだぞ」
守護大名や戦国大名と呼ばれる支配者とされるものたちの大名というのは大名主、つまりその土地の大きな代表を意味するが基本的に大名はごく僅かな完全な直轄地以外はその地域に幕府などから派遣された地頭が土着した国人(こくじん)や惣村の名主などで加地子要は年貢の中抜きの権利を持つ地侍(じざむらい)たちを配下にして家臣としている。
で、その下には小作農がいて先祖代々田んぼを耕して生計を立てているわけだ。
大名はその家臣の中でも兄弟叔父などの血縁地縁の関係のある者や先祖代々の譜代の家臣などのいわゆる一族郎党を寄親としその下に臣従している家臣を寄子として特定の地域をまとめておさめさせたりもする。
もちろんそういった血縁などのない国衆や地侍たちを家臣に組み入れたからといって、そういったものたちは大名の住まう城で何らかの仕事をしているわけではなく、普段は自分たちの土地にすんでいて、戦をするという時には大名はまずは寄親に金を分け与えて出陣を促し、寄親は寄子であるそういった国人や地侍にまた金を払って、彼らの一族郎党などの武士や農民の次男以降を足軽人夫として動員させて戦をするわけだが、大名がそうやって国人や地侍に命令すれば彼らは必ずしも従うというわけではなく、むしろ飢饉のときなどは国人や地侍のほうが略奪や乱妨取り目的のために出陣を促してきたりもする。
だからそういった者たちの総意を得ずに戦をすることは守護大名や戦国大名でもできなかったりするのだな。
無論、この時代の大内、大友、三好レベルの大大名であれば国人レベルでは逆らえなかったりもするので割と好き放題できるのだが。
鎌倉、室町、江戸の幕府の将軍は絶対的な権力者ではなくむしろ幕府は合議制で動いていたので、鎌倉幕府が源氏が三代で滅んでその後将軍を上方から迎えたり、室町幕府が守護が好き放題したり、江戸幕府の将軍が幼くして将軍職を引き継いだりしても存続することができた。
また、諸大名は検地を行ったが、それは指出検地(さしだしけんち)と呼ばれるもので、各土地の実効的支配をしている国人や地侍などの実質的な土地の領主に土地台帳を出させ、その地域の田畑の面積・収量・作人の人数などを銭に換算した貫高で報告させ、それに応じて軍役を課したりするもので、実際には大名の配下の奉行が正確な面積などを測ることはできないのだ。
無論、指出検地では実際より少ない面積や収量で出してくるだろうことは簡単に予想できるが守護大名などと国人や地侍は鎌倉幕府と同じような”御恩と奉公”の関係にあるので、たとえば旱魃の時におこる水争いや堆肥を作る時の葉っぱなどを集めるための山争いになった時には当然普段から多く銭を収めた方に大名は有利な判断を下す。
銭を収めてない村と銭を収めている村で争いがあれば当然銭を収めてる村に有利な裁定をするし、村同士が争いになったら銭を収める村に大名は兵を派遣して銭を収めていない方の国人や地侍を滅ぼしてしまったりもするわけだ。
だから村の方も大名に従うのであればそれなりに銭を収めていざという時には守ってもらったほうが得であると考えればそうするし、国人同士で連携して大名の派兵する兵をはねのけられると思えば従わないことも多い。
だから純粋な意味での直轄地の大きさというのは大事なわけだ。
ちなみに豊臣秀吉は奉行を派遣する直接検地を実行して国人や地侍などの加地子の権利ををうばって荘園を消滅させることができたのはほぼ日本を統一した状態だったからだな。
それでもその後に起こった一揆の鎮圧には苦労してるんだが。
だから下手にすでにある田畑に手を加えようとすればただでさえ実効支配できている範囲が狭い今の島津の俺の家の敵を更に増やしてしまうことになる。
だから、土地争い、水争い、山争いなどが起こらないであろうシラスを開拓して俺の家の直轄の田畑を増やそうとしてるわけさ。
戦国時代において革命的な行動を率先したと思われている織田信長だが実は彼は中央集権や土地政策に関して言えば武田、今川、北条、朝倉といった分国法を定めた大名たちに比べれば全然遅れているのだ。
織田信長は兵農分離を進めたから強かったというのは最近は否定されていて、そもそも半農半武士の地侍や国人を武士と農民をわけたのは豊臣秀吉の太閤検地と刀狩りであるし、重臣の城下町集住策、ようは江戸時代の参勤交代のようなものか?は100年以上前から朝倉氏などは行ってる政策だ。
分国法が定められている国は刑法や民法も定められているので何らかの争いがある場合は基本的にはお互いに大名に訴え出ることで裁判を行い結果は大名が判断する。
では分国法がない場合はどうなるかというとお互いの村同士刀や槍や弓矢で争って勝ったほうが水を得るわけだ。
薩摩は当然そうだし、尾張なども基本はそうだったはずだぜ。
重臣を城下に住まわせれば連絡などは行き届きやすくなるのは確かだが、参勤交代と同じで城下と領地に二重生活は余計なカネがかかるのでやらなかった大名も多い。
じゃあなんで織田信長が天下人に一番近い存在になれたかというと、彼は既得権益層であろうが新興勢力であろうと味方するものは庇護を行い、敵になれば容赦しなかったこと。
織田という家が尾張の守護代であったため美濃の斎藤道三に比べれば家系的な権威が有ったことで、道三の死後の美濃の国人衆への調略が比較的行いやすかったであろうこと。
尾張と美濃は石高も高く東海道の要所にあったので米、銭も集めやすかったこと。
上洛して将軍などを庇護したことで権威付けがしやすかったこと。
信秀が早く死んだことで自分の自由な手腕を振るう機会が早かったこと。
今川が攻めてきたのが尾張をある程度統一しての後で太原雪斎が死んでいたことなどだろうか。
まあ、織田信長という人物は強運の持ち主であったのは事実だろう。
後は銭の大事さをある程度はわかっていたことかな。
戦争をするにも銭と米がなければどうにもならないということを彼は知っていたのだろう。
で、織田信長は土地の権利などに対しては分国法を定めたりしてそこに深入りすることはしなかった。
土地の調停などに時間をさかず、既得権益層を保護して国人や地侍を味方につけて全体的な兵力を増やし、必要な城や都市だけを落とすことで進行速度を早めたのが信長の勢力拡張の速度の秘訣だったのだろう。
しかし、ある程度力がついたところで城下町集住策などを行おうとしたがそれに従わなかったものが謀反を起こしたりしたわけだ。
「ところで又四郎。
シラス台地に関しての開拓はそろそろお前さんに任せて俺は高山国に田んぼを作りに行こうと思うんだが後を引き継いでもらえるか?」
弟は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「なんと、兄上はこの薩摩の土地だけではものたらんというのか?」
俺は頷く。
「ああ、高山国で田んぼを作れれば俺等はもっと強くなれるからのう」
弟はウムムと腕組みをする。
「俺はまた留守番か」
「そういうな、この土地を広げて守るのは大事なことだ。
祖父上や父上もそう思っておるであろうし敵対しておる分家や国人の連中に芋を奪われても困る。
お前に頼んでおけば安心だと俺は思っておるのだ」
「兄上はずるいぞな、そういわれれば俺に任しておけと言うしかないではないか」
「ずるいといわれればそれは確かなのだが頼まれてくれるかね」
「ああ、任せておけ」
こうして俺は弟たちにシラスの開拓などは任せて高山国においての土地の開墾を行うことを決意したのだ。
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