第13話 やはり生糸の品質は大陸の方が全然上だな
さて、硫黄や日本刀も銭にかえたことだし、今度は大陸では比較的安く手に入るがその他の場所では高く売れるものを手に入れる番だな。
俺たちは糸や布などが売られている区画に来ている。
「流石に布の市場の活況も日の本とは違いますな」
叔父上は俺の言葉に頷く。
「そもそも、日の本ではこういった市自体が少ないしのう」
20世紀から21世紀最初期にかけては中国は工業の後進国と認識している人間も多いと思うが、長い歴史を考えると中国は工業や科学の先進国であった時期のほうが長いのだ。
そして製糸工業についてもそれは変わらない。
古くは唐もしくはそれ以前から中央アジアやインド洋を通じて中国で作られた生糸や絹織物は糸や布の高級品としてペルシアやローマなどに運ばれ珍重されていた。
その中国で製糸工業が大発展するのはちょうど現在の16世紀ごろからで、足踏みの座繰器が発明され普及していく、この機械の発明で大陸の南方では絹織業が飛躍的に発展し、ちょうどこの頃直接的に中国にたどり着いたヨーロッパにも大量に輸出されることになる。
無論、中国大陸では絹だけでなく綿の栽培も盛んでそちらの輸出も盛んだ。
一方日本でも奈良時代頃から養蚕は行われていたが、その頃から蚕の品種改良が進んでいる大陸の生糸に比べ日本の絹は品質が劣るとされていた。
そして平安末期以降の戦乱の時代には当然のように水田による食料生産が優先されたため、基本的に主食とは成りえない桑の木や蚕の養蚕は後回しにされ、それにより生糸の生産量は壊滅的に減少したし大陸のような機械化などの発展もなく、特に均一な太さの生糸を作る技術がなかったため、公家や大名などの身にまとう高級絹製品はほぼ中国大陸からの輸入に頼る状況と成り、継続的に絹織物や生糸が輸入される状況が続いているというのが現状だ。
「養蚕や生糸生産を大量に出来れば薩摩にも発展のきっかけは有るんですがなぁ」
叔父上は俺の言葉に苦笑した。
「残念ながら薩摩では少し暑すぎるな」
残念ながら蚕は暑さに弱いので薩摩での養蚕は難しいのだな。
そして戦乱がおさまる江戸時代になるとようやく桑の木を植え蚕の品種改良も行われていき生糸の品質向上が進められたがそれには当然長い時間がかかり、江戸時代の前期から中期までは生糸や絹織物の高級品は相変わらず中国産でまかなわれていた。
そして江戸幕府の八代将軍徳川吉宗は、その改革において国内での生糸生産を積極的に推奨し大陸からの生糸や絹製品の輸入を規制することで国内での生糸の生産量を増やしていく。
そして、1783年の浅間山大噴火によって信濃や上野の広大な農地が火山灰によって米作に適さなくなることで、これらの地域では稲作からの養蚕への転換が進み、盛んに桑の木が植樹され生糸生産が行われるようになった。
その頃には上野や陸奥などに歯車やベルトでの繰り枠の回転を増速した座繰器(ざぐりき)が発明されそれが普及することで生糸の生産量が増大し品質も上昇し中国産と遜色ないといわれるレベルになり幕末を迎えるのだが……。
「ふーむ、むしろ薩摩で育てるなら綿ですかのう」
叔父上は腕組みをしながら言う
「そうなるが、まずは食えるもんを栽培するのが先だろうな」
俺は頷く。
「それは間違いありませんなぁ。
では大内家や大友家の遣明船を襲って奪うのが良いでしょうかな」
叔父上はやはり腕組みをしながら言う
「それができるだけの戦力があればそうするのもよいであろうな」
「現状では戦力が足りませぬか」
「残念ながらな、戦いは数が物を言う」
「そればかりはどうにもなりませぬな」
「うむ、今の所は、だがな」
確かに今の所薩摩の水軍は貧弱である、だが船の建造や維持には莫大な金が必要だ。
今すぐにはどうしょうもないのが現実だな。
そんなことを考えているうちに布市場に到着すれば色とりどりの生糸や絹織物、綿糸や綿織物などが日本国内では信じられぬほど安く売っている。
「ここは女であれば一日いても飽き足らんのでありましょうな」
叔父上は頷く。
「うむ、女の衣服にかける情熱は恐ろしいものがあるからな。
まあその分目利きも確かではあるが」
そう言いながら生糸や絹織物の目利きをしつつ価格交渉をする叔父上は流石というべきであろうな。
俺と年齢に大した差はないのだが、幼い頃から戦場を経験し、交易や私掠に従事していればこうなるものだろうか。
大将がみだりに動き回るべきではないこともわかるが、こういった実務的なことを知るのもまた必要なことであったろうな。
「叔父上は流石でありますな」
「なに、お前さんが元服すれば俺はお前さんの下で働くことになるが上手く使ってくれることを願うぞ」
「はい、心に命じておきます」
生糸や絹織物を銭と交換した俺たちは大陸でやることは終わった。
「では目指すは南蛮だな」
「はい、叔父上!」
俺たちの船は広州を出発して東南アジアへと向かうのであった。
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