第11話 広州の市場は人外魔境だな

 さて、明の哨戒船に襲いかかって、水と食料を補給した俺たちはその後無事に広州の港にたどり着いた。


 入港時には当然身分を問われるわけだが叔父上が袖の下を笑って渡したら向こうも笑って入港を許可してくれたようだ。


「この国の役人は腐っておりますな」


 俺が叔父上に言うと叔父上は笑っていった。


「まあ、俺たちにはありがたいことさ。

 そしてこの国の商人たちにとってもな」


「そういうもんですか」


「まあ、役人になっても袖の下でもなきゃ生活できないらしいからな」


「それなら当然こうもなりますなぁ」


 明の役人の給料は歴代の中国の王朝の中でも一番安いらしい。


 おまけにこの国はどんどん衰退している途中だ、もっとも国が広く人口も多いからまだまだすぐには滅びはしないのだが。


 この広州は、はるか昔の古代から中国の南海貿易の中心地として発展し、海のシルクロードの東の終点として栄えていた。


 周代の春秋時代には、呉や越の国が存在していたがその越が秦によって滅ぼされたあと逃げ出した王族が日本にたどり着いたあと北陸に越の国を作り上げたんじゃないかと思う。


 この時には日本に水田の灌漑方法なども持ち込まれたろうな。


 その後にも唐代には、多数のイスラム教徒やユダヤ人やゾロアスター教徒が訪れ、外国人居留区も設けられた。


 もっとも度々の戦乱で住民が大虐殺されることも少なくはなかったようだが。


 しかし、五代十国を経て中国大陸を統一した宋の時代からは私貿易が禁止されるが、海禁政策を取った歴代王朝でも広州は諸国の朝貢船の入港地となり栄えていた。


 そして、海禁政策が緩まった後も外国の船に開かれている港は広州だけである。


 もっとも歴史的に見るとこの地域は中国のど田舎であって、経済の発展は遅く明代にようやく長江下流域と肩を並べる経済先進地域に発展したばかりであったりもするのだが。


 そして南方勢力が中国を統一したのも明が初めてだったりするが、これは騎馬に対して鉄砲や大砲がようやく有効になったということでもあるのだろう。


 そして広州は広東料理の本場でもあり、中華料理の四大系統の一つでもある。


「うむ、良い匂いがしますな」


「うむ、このあたりは屋台も多いからな」


 ちなみに広東語である飲茶ヤムチャ雲呑ワンタンが、英語でも日本語でもほとんどそのまま使われているのだが、古くから諸外国に開かれた港がある場所の料理だけあり、中国の料理体系の中でも最も世界中に広まっているものでもある。


 広東料理はフカヒレや燕の巣を始め、貝柱、カキ、ヒラメの干物など、海産の乾物のうま味をとりいれ、総じて薄味で、素材のうま味を生かす料理が多く、調味料として使われるものも砂糖、塩、コショウ、醤油、米の醸造酒、薬味としてはショウガ、ネギで風味を加え、油や水溶き片栗粉で照りを加える物が多い。


「では、これを貰おうかのう」


 俺は燒賣シューマイを買おうとした。


「你们在做什么?」


 うむ全くわからん。


 幸い叔父上が俺が焼賣を買いたいことを伝えてくれると銭と引き換えに買うことができた。


「叔父上は流石ですな」


「いや、商売のためには当然必要だからな。

 お前も坊津の唐人と交易を考えているなら覚えたほうがいいぞ」


「ふむ、それはそうですな」


 そして広東の市場では珍しい食材も多い。


 ”広東人は四つ足は机と椅子以外、二本足は親以外なんでも食べる”などと言われるくらいだ。


 食料品店が立ち並ぶ一角を進めばたくさんの食材を載せた荷車がおいてある。


 様々な野菜やきのこ類や果物、魚や貝、蟹や海老などの海鮮、様々な家畜の肉等があるのは当然だが珍しいものもある。


「活的鳄鱼!」


 と言いながらそれこそ生きているワニが解体されていたり。


 ちなみに広州ではワニは人気高級食材で、火鍋に入れたりして食うのだそうだ。


「一只活蝎子!」


 と言いながらうじゃうじゃうごめくサソリが売られていたり。


 これは油であげて食うと美味いのだそうだ。


「一个活蝙蝠!」


 と言いながら山に積まれたコウモリが売られていたり。


 これも揚げて食うと美味いらしい。


「まっこと唐人というのはなんでも食うのですなぁ」


 俺の感想に叔父上がうなずく。


「まったく、ここにいると日本で食ってるものの少なさが悲しく思えるな」


 その他にもキングコブラなどの毒蛇やすっぽんなどの亀、ゲンゴロウやタガメなどの昆虫、大きなカエルなども売っている。


 蛇や亀、虫などはそれぞれ食べた時に得られる効能が違うのでいろんな種類がいるようだ。


 そして肉屋では犬や驢馬、牛や羊の頭などもそのままの形でおいてある。


 脳みそは煮て食うと柔らかく美味いらしい。


「日の本の坊主が見たら卒倒しそうですな」


「まあ、日の本と大陸では考えも違うしな」


 生きている鶏を買えばその場で〆てばらしてくれるらしい。


「ふむ鶏は薩摩でも育ちそうですし、ぜひ欲しいですな」


 俺の言葉に首を傾げる叔父上。


「そういうものか?」


「そういうものだと思います」


 生きたままかごに入った猫もここでは食材。


 まあ、日本でも江戸時代の末まで猫は鍋にして食われていたけど。


 生きている猿も食材で、頭を開けて生きたまま脳みそを食うと美味いという話だがな。


 そして両脚羊ヤンシャオロウとかかれてぶら下げられている肉。


「叔父上あれは?」


「ああ、あれは人の肉だ」


「人肉ですか、それこそ坊主が見たら発狂しそうですな」


 中国は1966年から1976年の間の文化大革命でも殺した人間の肉を煮て食べていたが、その歴史は古く、孔子は人肉の醤もしくは酢漬けを好んで食べたといわれている。


 そんな感じだから当然、明の時代では普通に市場でも売られている。


 しかし、この「両脚羊」は羊や豚や犬の肉のよりもまずくて安い肉で、それに手を出すのは、よほど金が無いが肉を食いたい人間であると相場が決まっている、なにせ元は旅人や乞食の肉だからな。


「流石にこれはまねできませんなぁ」


 叔父上は頷く。


「流石に俺もこれは引く」


 無論倒した敵の肉を食うようにするというのはある意味非常に合理的だが、日本でやれば全宗教を敵に回すのは間違いなかろう。


 もっとも古代の中国やアンデスの軍隊は食料の現地調達で敵をぶっ殺してばらして釜の中に放り込みそれをぐつぐつ煮て食べてしまうと言うものだが、今は古代じゃないしな。


 そもそも俺たちの目的からは少し外れてる気がする。


「とりあえず干しアワビを売って金にするぞ」


「了解です叔父上」


 干しアワビはかなり高価で売れた。


 日本の海産物の干物は味がいいと評判が高いらしい。


 鮑などの養殖をしたら結構儲かるかもしれないな。


 ちなみに中国語なんかを覚えようとしたら結構早く覚えられて助かった。


 もともとそれなりの教養はお祖父様から叩き込まれていたが、言語をかなり早く理解できる。


 チートみたいなものがあって日本の方言くらいならほぼすぐに意味が理解できるし、全く違う言語でもかなり早く意味がわかるようになるようだ、これはありがたい。

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