第8話 琉球や明との交易の積荷はいろいろあって面白いな、そしてジャンク船は意外と高性能なのさ。
さて、俺は琉球へ向かう船へ載せる積荷を船に載せる手伝いをすることになった。
まあ、働かざる者食うべからず、働かない者も働けない者も死ねが薩摩の掟だからな。
「さて、一生懸命働かないと船に乗せてもらえないかもしれないし、頑張って積荷を運ぶとしようかね」
荷物が集積されている蔵に行くと中からは卵の腐ったような臭がする。
「うーむ、このひどい匂いは中身は硫黄かな?」
厳密には硫黄そのものは無臭だが、それにこびりついている硫化水素の臭いが温泉地などの独特の臭いをさせるのだ。
そして顔をしかめた俺の独り言を叔父上が聞きつけて笑いながら言う。
「ああ、そうだ虎寿丸。
薩摩硫黄島に行けばいくらでも取れるこれが俺たちの主な積荷だよ。
それを琉球を中継して広州に持っていって銅銭に変えるのさ」
「なるほど、それはいいですね。
元手が安いほうが利益も増えます」
薩摩硫黄島は鬼界カルデラの北縁に形成された火山島で薩摩の真南の小島。
鬼界カルデラは約7,300年前の縄文時代に大噴火を起こして沖縄九州四国中国地方に絶大な被害を出してその後九州は千年間ほど無人の土地だったくらいの規模の破局的噴火であり、活発な活動を続ける活火山でもある。
別名は鬼界が島で古くは平家物語での流刑地として名を留めその後も度々流罪とされた人間が送られてきたらしい。
火山から出る火山性のガスや台風による風害、高潮による塩害なども有って農作物の育成には適した土地ではないが、一応自給自足はできる。
そして硫黄島では平家物語の中で硫黄岳の山頂で、硫黄の採取がなされていたことが記載されているくらい古くから硫黄の産地として知られていて、黒色火薬が武器として戦場に投入された宋代以降の中国との重要な貿易品でもある。
硫黄は比較的低温で燃焼するので燐とともに発火源としても使われるな。
それを船に載せた後、俺は別の細長い箱を手にした。
「叔父上これは何が入っているのでしょう?」
「ああその中に入っているのはうち損ないのなまくら刀だ。
唐人には美術品として高く売れるからな」
明との取引では日本は刀剣槍鎧などの武具も大量に輸出された。
遣明船の中には三万本の刀を積んだ船団も有ったからな。
その他には扇や屏風などの工芸品も美術品として高く売れた。
それを船に積み込むと今度は比較的大きな箱を担ぎ上げる。
「ん、意外と軽いな。
叔父上これには何が入ってるんです?」
「ああ、それには干鮑がたんと入っているぞ」
「干鮑ですか」
「ああ、唐人は大好きらしいぞ」
「まあ、鮑は美味いですからな」
「ああ、鮑は美味いな」
干鮑(ほしあわび)や干海鼠(ほしなまこ)、鱶鰭(ふかひれ)のような海産物の干物や干し椎茸なども中国では結構人気があるらしいんだな、まあ輸出品の量としてはそこまで多いものではなかったけどな。
さて船を使った交易なんて船の維持補修費用や人件費を考えたらそんな儲かるのかと思うかもしれないが、実はめちゃくちゃ儲かるのだ。
元々物々交換と言うのはある地域では安くて簡単に手に入る物をそれがなかなか手に入らない地域に持って行くことで利益を上げることでそれを推し進めたのが海外交易だからな。
たとえば明で購入した生糸250文が日本では5貫文で売れたりするこれは大体20倍だな、反対に日本から明へ持ち込んだ日本での銅10貫文分が明では50貫文で売れたりもするのだ。
これは明の生糸は日本のものより遥かに品質が良いとされていたり、日本の銅には銀が結構な割合で含まれていたりするからだが。
日本では800文から一貫文の刀が、明では五貫文になったりもする、あくまでも実用品ではなく美術品としての価値で高く売れたわけだ。
1万円で買ったものが5万円になると考えればそりゃ儲かるというものだ。
21世紀のように食べ物を大量に運んだりしないのは、自分たちの食い扶持で精一杯だったりするからで、香辛料や砂糖のような調味料はともかく麦やコメみたいな主食が輸出や輸入をされるのは、はるか後の話。
そして積荷の積み込みもようやく完了したようだ。
「よし、天気も良いし、風もいい具合に吹いてる。
そろそろ出発するぞ船に乗れ」
「はい、叔父上」
俺たちが船に乗り込むと錨が引き上げられ、帆が降ろされてそれが風をはらむと、船は津をゆっくりと離れていく。
ジャンク船の帆は横方向に多数の割り竹が挿入されているジャンク帆と呼ばれる特殊な帆で縦帆なのだが、これは最も古くからの縦帆と考えられているものだ。
ジャンク帆は帆を多数の竹で支え、ブラインドのように簡単に巻き上げることができ、竹によって風に関係なく帆の形を維持できるため安定した揚力を発生させることができたため、筵を使った同時代の四角帆の和製帆船は当然として西洋帆船の三角帆帆船に比べても風上への切り上り性に優れ、一枚の帆全体を帆柱頂部から吊り下げることによって、横風に対する安定性が同時代の西洋の竜骨帆船と比べて高く突風が近づいた時も素早く帆を下ろすことを可能にしているため総合的にはかなり高性能な船なのだ。
もちろんその分建造や維持の費用が高く付くため島津では一隻しか所持していないが、5隻ほどの船団を組めるようになれば海軍戦力としてもかなり戦力としても強くなれるのではないだろうか。
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