第7話 海外を自らの目で見て有用なものを手に入れるのが良いかもしれないな
さて我が薩摩の食糧事情や商業の事情などはだいたいわかった。
大雑把にまとめれば
・農業に向いている土地や水源はかなり少ない。
・山の中には鹿や猪のような野生の獣は多数生息しているので狩りで肉を得るのは難しくない
・海には鰯や鯵のような食べられる小魚はいっぱいいるし海藻も豊富に手に入る
・海があるので塩の入手は難しくない
・坊津があるので琉球や明など海外から物品を交易で入手することは可能
というところだ。
とりあえず甲斐や飛騨、伊賀などに比べれば海産物が取れるし、琉球や明などと交易ができる分だけだいぶマシといえるだろう。
と言うか坊津は上手く扱えば博多や堺に匹敵する交易拠点にできるはずなんだがな。
とは言え主食となる米の栽培可能な土地が非常に少ないのは辛い。
薩摩の半分ほどを占めるシラス台地ではその他の穀物の栽培すら難しい。
麦や雑穀は寒冷地では育つが湿潤な気候では育たないものも多く、水分が少なくても十分育つ物は更に少ない。
ついでに言えば雑穀やソバは、稲に比べれば面積当たりの収穫量がかなり少ない。
イネの場合1反で九俵ほど収穫できるが、麦、粟、稗、黍、蕎麦はその三分の一の三俵ほど。
更にこれ等麦、粟、稗、黍、蕎麦は脱穀して製粉しないと味気なく美味しくない。
これは米には豊富にアミノ酸が含まれてるからだな。
日本での主食の穀物が水田での米ばかりになったのはそういった理由なのだな。
ちなみに東南アジアやアフリカではヤムイモやタロイモ、キャッサバなどのイモ類が主食の場所もあるし、ヨーロッパでもじゃがいもが普及しつつあるが、日本では山芋や里芋は主食になるほど栽培はされていない。
しかし、薩摩芋を手に入れられれば食糧事情も変わるだろう。
「やはりお祖父様に許可を頂いて、海外の様子をみながら有用な物を手に入れたいものだ」
俺は祖父に海外渡航の許可を得るためにその部屋へ向かった。
「虎寿丸です。
失礼致しますお祖父様、お部屋へ入ってもよろしいでしょうか」
俺の言葉に祖父から返答が有った。
「うむ、入れ」
「では失礼致します」
そして俺は祖父に”お願い”をする。
「お祖父様、私よりのお願いがございます」
「ふむ、申してみよ」
「はい、尚久の叔父上とともに琉球や明、更にはその南の国々へ渡りその地の見聞を広め、薩摩に有用と思うものを手に入れられないか、試してみたいのでございます。
どうか許可をいただけませんでしょうか?」
祖父は顎に手を当てしばし考えた後に言った。
「大将たる者は腹をすえて動じぬこと、これ勝利の大本なり。
という言葉の意味はわかっておるか?」
俺は頷いた。
「はい、大将が何かあったからといちいち狼狽していては、その下のものは安心できぬゆえ、そのようなときも、落ち着きて冷静に物事を見て判断すべしという意味かと思っております」
祖父は頷いた。
「うむ、そして大将たる物は後方でどっしり構えて、戦場全体を把握せなばならぬということでもある。
それがわかっているのであれば良い。
見聞を広めるためにも行ってくるが良いぞ」
俺は頭を下げる。
「ありがとうございます。
無益な行動とならぬよう心して行ってまいります」
祖父は頷いた。
「うむ、お前は大事な跡取りでもあるのだから、体に気をつけ無茶はせぬようにな」
「はい、承知しております。
それでは弟や叔父上に話をしてまいりますので、これにて失礼致します」
俺は祖父の部屋を出て、まず父の部屋へ向かう。
「父上、お祖父様の許可をいただきましたので、叔父上とともに海外を見てまいります」
父は鷹揚に頷いた。
「うむ、父上が許しておるなら私からは言うことはない。
だが、お前は体が弱いのだから気をつけるようにしろよ」
「はい、ありがとうございます。
体には十分気をつけていってまいります」
そして父の部屋を出た後、弟の長満丸の部屋へ向かう。
ちょうど長満丸の更に2歳下の弟も一緒だった。
「お前たち、俺はこれから叔父上と一緒に琉球や明に行ってくる、留守は任せるぞ」
長満丸は驚いたように言う。
「なんじゃと、それなら俺も行きたいぞ」
その下の弟、後の島津歳久も言う。
「そうじゃ、兄上だけでゆくのはどうかと思うぞ」
しかし俺は弟たちに言う。
「うむ、お前たちの気持ちもわかる。
しかし、万が一にも船が沈んでみな死んでしまったらどうする?
そうならぬためにもお前たちはここに残ってくれ」
二人は不満げだが俺が言いたいことはわかったようだ。
「うむ、それはたしかに」
「そうじゃのう、皆いなくなってしまっては困るな」
俺は二人の言葉にうなずきながら努めて明るく言う。
「まあ、そんなことが起こるとは思わぬが、あくまでも万が一ということもあるというだけだ。
俺が色々手に入れて戻ってきたら、薩摩を少しでも豊かにできるようにするつもりゆえふたりとも手伝ってくれるか?」
俺の言葉にふたりとも頷いた。
「うむ、当然手伝うに決まっておる」
「ああ、任せておけ」
俺は頷いて二人に言う。
「では、二人共留守を頼むぞ」
二人共頷いて言う。
「ああ、任せておけ」
「うむ、任せておけ」
これで弟への挨拶は済んだ。
そして俺は坊津へ向かう。
「叔父上、祖父上より話が行っているかと思いますが、俺も琉球や明への航海へ連れていってください」
尚久叔父上は頷いた。
「うむ、話は聞いておる。
お前は島津の後継者だが、船の上では俺の指示に従ってもらうが良いな?」
俺は叔父の言葉に頷く。
「はい、承知しております」
「うむ、では、次の出港のときには一緒に行くとしようぞ」
「ありがとうございます」
俺は叔父が船長を務める島津所有の日本前と呼ばれる日本製の遠洋航海可能なジャンク船を見上げていった。
「航海の日が待ち遠しいですね」
叔父は笑っていった。
「その前に荷物の積み込みをしてもらうから覚悟はしておくことだな」
荷物の積み込みか、一体何を運ばされるのか。
不安もあるが未知の土地に行ける期待に俺はワクワクしていた。
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