優しき悪魔の囁き

高樹シンヤ

リリスとアダム

 欲望、それは誰にでもあるもの。それは形であり心である。

 人間には様々な欲望を持つ、欲望を持たない人間はいない。

 これはその人間の『欲望』を糧とする悪魔の物語。


 ――


 これはどういう事だろう。

 僕の周りの景色が止まっている、前を歩く人、道路を走る車、空を飛ぶ鳥。そのすべてが止まっている。

 一体僕の身に何が起きたというのだろうか。これはテレビのドッキリ番組か何かなのだろうか。僕の目に映るすべてのモノは実は仕掛けで停止したように思わせているのか。


 僕は停止した世界を見回す。


「⁉」


 身体が動かない、手も指も、足も、周りを見るために首を動かそうとしても動かない。それはまるで石膏で全身を固められたかのように指一本動かせない。一体どのようなドッキリであればこのような事が出来るのか。

 僕は停止した世界、動かない身体で足掻く。しかしいくら待っても停止した世界が動く事は無いし、努力も空しく僕の身体も動く事は無かった。


 あれからどれぐらいの時間が経過したのだろうか。停止した時間で時間を感じる事もおかしな話だ。


 そうだ。僕にはやらなければならない事があった。

 目の前には交差点があり、横断歩道には僕のあこがれの子、『佐々木果歩』が居る。果歩ちゃんを助けなくてはならない。

 横断歩道に果歩ちゃんとその友達、確か安西だったか。彼女はどうなってもいい。けれど果歩ちゃんだけは助けたい。


 果歩ちゃんは横を向きその視線の先には大きなトラックが居る。そう、このトラックが果歩ちゃんたちに突っ込もうとしている、その寸でのところで世界が止まっていた。

 このままでは果歩ちゃんたちはトラックにはねられてタダでは済まない。自分の身に何が起きているのか全く理解出来ないが、これは不幸中の幸い、今なら彼女を助ける事が出来る。


 しかし何故この世界は停止しているのだ、これは走馬灯というものか。いや走馬灯は自分が死ぬときに見るものだろう。僕は横断歩道にはまだ進入していない。果歩ちゃんの姿が見えて少し歩みを遅らせたからだ。

 いや、そんな事はどうでもいい。今は果歩ちゃんを助けなくてはならない。けれど身体が動かない、どうして身体が動かないんだ。身体が動かないのに意識だけははっきりしている。状況が呑み込めない、なんだこれは。


「加藤大介くーん」


 突然、女性の声が聞こえた。


「もしもーし、聞こえますかー」

「いや、聞こえているはずだ」

「じゃあなんでこっち向かないわけー?」

「俺に聞くな、きっと停止した時間に混乱しているんだろ」

「えー、そうかなー?」

「普通、世界が止まったらびっくりするだろ」

「そうかなー」

「そもそもこいつの身体も止まっているんだし、仕方が無い」


 僕の後ろから先ほどの女性の声と子供の男の子の声が聞こえた。

 女性は語尾を伸ばす癖があるのか、若く幼く感じる、その反対に男の子の声は落ちついていてどちらも声と喋り方がかみ合っていない。


「身体が動かせないから喋れないし、でもほら、目だけはギョロギョロ動いているぜ」


 僕の右肩に何かが乗っかる、軽い、それにふさふさする。一体なんだ。

 動かない身体を必死に動かす、けれどやっぱり動かない。しかし目だけはなんとか動かせる。僕は視線だけを動かし、それを見た。

 僕の肩に乗っているモノ、それは黒い猫だった。


「お、こっち向いた」


 なんだこれ、猫が喋っている。男の子の声の主はこの黒い猫か。


「おい、リリス。いい加減コイツ動かせよ。契約するなら喋らせないとダメだ。契約者の合意がないと不成立だからな」

「わかっているよ、いちいち煩いなー」


 パチンと指を鳴らす音が聞こえた。


 次の瞬間、僕の停止した身体が動くようになった。突然動き出した身体に僕は驚き前ののめりに倒れ込んだ。


「あ、あ!」

「おいリリス! いきなり動かすな!」

「何よー。動かせって言ったのはアダムじゃん」


 僕の肩に乗っていた黒い猫がピョンと地面に降りる。相変わらず猫が喋っている状況が全く理解できない。

 いや、そうじゃない。僕は果歩ちゃんを助けなくてはならない。

 僕は走り出す。


 しかし一向に果歩ちゃんの元に辿り着かない、その違和感に気が付き僕は足元を見た。どういうことだ、それはまるでランニングマシーンに乗っているようにその場から一歩も進めていないのだ。


「コイツ何やってんだ」

「そこの位置からは動けないよー」


 猫と女性の会話が聞こえる。

 僕は振り返り二人? を見た。スーツに身を包んだ女性が僕に名刺を差し出してこう言った。


「はじめまして。加藤大輔くん、私はリリス」

「俺はアダム、コイツのお目付け役だ」


 僕の目の前にはリクルートスーツを着た若い女性と先程僕の肩に乗っていた黒い猫が居た。

 整った目鼻立ち、胸まで伸びた長い黒髪、白い肌、スーツの上からでもわかるスタイルの良さ、一見するとただの美人の社会人。しかしその瞳は真っ赤で明らかに日本人ではない。


 僕は周りを見回す、相変わらず世界は停止している。果歩ちゃんも果歩ちゃんの友達も、トラックも動かない。交差点信号も空を飛ぶ鳩でさえ、そこにじっと止まっていた。


「な、なに……」


 黒い猫はピョンピョンと飛び跳ね、リリスと名乗る女性の肩に乗った。

 呆気にとられた僕は女性から名刺を受け取り、それを見た。


『株式会社ディボロス 日本支部、第四悪魔 NO.0413 リリス』


「あ、悪魔……それになんだこれ……僕をからかっているんですか……!」

「違うわよー。私は悪魔、あなたの『欲望』を叶えに来たの」

「よ……欲望……?」

「前々から貴方の欲望を叶えようと機をうかがっていたんだけど、丁度良かったから私がこの世界の時間を停止させたのー、さあ貴方の『欲望』を言いなさい」

「ど、どういうことか……全く理解できないんですが。それにいきなり悪魔だ何だと言われて信じられると思いますか……?」

「そりゃそうだろうな、いきなり時間停止させられ『欲望』を言えなんてさ。だから停止させるのは止めておけと言ったんだ。けれどもコイツ俺の言う事を全然聞きやしない」


 僕とリリスと名乗る女性の会話にまた黒い猫アダムが入って来る。


「リリス。状況をちゃんと説明してやらないと、コイツ『欲望』を言うどころかおかしなことしでかすかもしれないぞ」

「えー、面倒くさいなー」

「それがお前の仕事だろ」

「アダムがやってよ」

「アホか、これはお前の仕事だろ。俺はお前がちゃんと仕事しているのをサタン様に報告するためのお目付け役だ」


 サタン?

 今サタンって言ったか。


「んじゃ……簡単に説明するね。私たち悪魔は人間の『欲望』を叶えて、その対価を貰って生きているの。今あなたは選ぶ事が出来る」

「え、選ぶ?」

「そう、憧れの彼女を助けるのか、それとも彼女を見殺しにして自分のために使うのか」

「な、何を言っているんだ! 彼女を助けるに決まっているだろ!」

「本当にそうか?」

「な、何を……大体なんで……悪魔なんだ、それに何で猫が喋っているんだよ!」

「ま、それは気にするな」

「僕を助けてくれるなら、こういうときは神様だろ……」

「あは。神なんて信じてるの? もし本当ならおめでたい子ね」


 リリスは僕の正面に立ち話を続ける。


「身体を動かせるようになったけれど、その位置からは動けないわ。そういう魔法を使ったから」

「ま……魔法……」


 何を言っているのだ、この二人?は。話が全く理解できない。


「良く考える事ね。停止している時間はそう長くないけど」

「何なんですか、あなたたち……」

「頭の悪い奴だな、さっきから言っているだろ。悪魔だって」

「君の『欲望』を叶えてあげる存在よん」

「じゃ……じゃあ彼女を……果歩ちゃんを助けてください!」

「良いの? そんな事に使って」

「いい! 当たり前だ! 僕は彼女が好きなんだ!」

「ガールフレンドもないのに、良く言うぜ」

「うるさい! 良いから彼女を助けてくれよ!」

「純情ねー。この先の未来がどうなっているか少し考えればわかるのに」

「どういう事だ!」

「じゃあ特別に少し先の未来を見せてあげる」

「お、おいリリス。それは規則違反になる……!」

「いいのいいの、どうせバレやしないって。それにアダムが報告しなきゃいい話」

「俺が報告しないというその自信はどこから来るんだ」

「えへへ」


 リリスはそういうと指を僕のおでこを指す。


 何かの記憶が流れ込んでくる。

 動き出した世界、果歩ちゃんは助かった。しかしトラックは止まらず果歩ちゃんの友達、安西は轢ねられた

 次の瞬間の記憶は果歩ちゃんの友達、安西の葬式、彼女の表情は暗い。瞳はうつろで涙を流している。


「ま、この先もあるけど。これが、君が選んだ一週間ぐらいの未来かな」

「……」

「全く……リリスの気まぐれにも困ったものだ。しかし、この後果歩はどうなるんだろうな。親しい友人が死んじまって」

「あ、二週間後に自殺するよ。とっても親しい友人だったみたいで、いわゆる後追い自殺ってやつだね」

「そ、そんな……じゃあどうすればいいんだよ! そうだ! あのトラックを止めてくれ!」

「ムーリー」


 リリスが手を交差させバッテンを作る。


「なんでだ! 何でも叶えてくれるんだろ!」

「正確には出来るけど、それ嫌。ここで事故は起こる。その事象は変えられない。ここでは必ず人身事故が起きなきゃならないの。それに私は『何でも』とは言ってない。『君の欲望を叶える』と言っているのよ」

「じゃあ……どうすれば彼女たちは助けられるんだよ!」

「さあ?」

「さあって……」

「別に私は神じゃないしー」

「さっきも言ったけど俺たちは悪魔だ。お前と契約して『欲望』を叶えその対価を頂くだけだ。誰が死のうと生きようと俺たちには関係ない。『欲望』さえあればいい」

「な、なら……二人を助けてくれ、これじゃダメか」

「ムーリー」


 またリリスが手でバッテンを作った。いちいちイライラさせる女だ。


「何でだよ!」

「助けたらこの事故自体が無くなっちゃうじゃん。さっきも言ったでしょ。『ここでは必ず人身事故が起きなきゃならない』の」


 この女とは話が全くかみ合わない。すると黒猫が僕の足元までやってきてまた話しかけて来た。


「事故は起きる。それは変えられない。だがそれに干渉する事は可能だ。果歩を助ければ果歩の友人は死ぬ。友人を助ければ果歩は死ぬ」

「あ、安西を助ける? そんな義理はない」

「ま、そうだろうな」

「お前たちは僕に何をさせたいんだ!」

「『欲望』を言わせてそれを叶えたいだけよ?」

「何を選べって言うんだ。彼女が悲しんでも僕が支えれば済む事だろ!」

「まー、別にそれでも私は構わないけど……本当にそれでいいのかなー。どうせだし自分の事に使ったら?」

「じ、自分の事……?」

「そう、お金持ちになりたいとか、芸能人になりたいとか、他の契約者は結構そうしてるよ? あ、イケメンになりたいって男も居たよね」

「いたな」


 自分の『欲望』を叶える?


「ほい」


 突然リリスの手から札束が出てくる。初めて見る札束に僕は心底驚いた。

 地面に溢れんばかりの札束、一万円札が束になってそれがどんどん積みあがっていく。百万、二百万、三百万……アッと言う間に数切れない程の数になった。

 札束の山、一体いくらになったのだろうか。


「な、な、な……」

「現金が良いなら現金をあげる、銀行に入れてほしいなら入れておくよ」


 リリスは札束の一つを拾い上げ、僕に差し出した。僕はそれを受け取り震える手で中身を見た。

 福沢諭吉の顔が入った本物の一万円札が束となっている。確か一束百枚だから、これひとつ百万円。高校生の僕にはこれだけでも大金だ。


「欲しい?」

「ほ、欲しい……けど……これを受け取ったら彼女はどうなるんですか……」

「あのトラックが二人を刎ねて、果歩ちゃんもお友達も死ぬんじゃないかしら?」


 僕がこれを受け取ると二人は死ぬ、けれど考えたことも無いお金が手に入る。


「一億でも十億でも、一生豪遊しても不自由なく暮らせるお金を、君が望むままに用意してあげるわ」

「こ、こんなこと……」

「何億でも何兆でも手に入ったお金で一生遊べばいいわ。どう? お金にした場合のメリットはわかってもらえたかしら」

「は、はい……け、けれど……彼女が死んでしまう……」

「うん」

「彼女を助けたら安西は死んでしまう」

「うん」

「安西を助けたら彼女は死んでしまう」

「うん」

「ぼ、僕は……僕は何を選べばいいんですか……」

「さあ?」


 目の前に迫られた選択、一見すると欲望を叶えてくれるのだからメリットだらけだ。けれど冷静になって考えてみるとこれほど残酷な事は無い。

 何かを得て、何かを失う。

 しかも僕の選択で二人の未来が変わってしまうのだ。


 勿論、果歩ちゃんの友人、安西に何の感情も抱いていない。けれどこの悪魔の言う事が本当ならば、安西が居なくなった後、彼女は自殺する。一方で安西を助けるという選択肢は論外だ。それは彼女を見殺しにすると言う事になる。


 それなら二人を助けずに自分のために使っても良いのか?

 いや、何もお金にする必要はないじゃないか。


「僕の頭を良くすることは……」

「出来るわよ。IQ200だろうが300だろうが上げてあげるわ」

「スポーツ万能にすることは……」

「出来るわよ。世界中のアスリートでも敵わないようにしてあげるわ」

「……」


 良く考えるんだ。

 もし仮にこれが夢だったとしても、良く考えろ。この悪魔に『欲望』を叶えてもらったとして、その先はどうなる。

 いや、ちょっと待てよ。『欲望』を叶えるときに何か大事な事を言っていた気がする。


「あの……対価って……何ですか」

「なんだと思うー?」

「質問しているのはこっちなんですけど……」

「教えてあげない」

「それじゃ……そんなんじゃ……フェアじゃないですか……」

「人生は不条理なのよー。って言うのは冗談。正確に言えば、君の『欲望』によって変えるわ」

「と……いうと……?」

「彼女を助けたら、代わりに友人には死んでもらうし。友人を助けたら彼女を失ってもらう。お金持ちになったら寿命の半分を頂くわ」

「む、無茶苦茶じゃないですか!」

「えへ。私、悪魔なんで」


 無茶苦茶だ。こんな『欲望』の叶え方があるか。


「でも何を選ぶにしても、メリットの方が大きいんじゃない? ま、対価は『欲望』を叶えた後の楽しみって事で!」

「おい、リリス。喋り過ぎだぞ。それに間もなく時間だ」

「え……時間?」

「ありゃまー。もう時間かー。残念だなー。さてさて、何をするかは決まったかしら」

「ちょ、ちょっと待ってください! 僕はまだ何も決めてない! 何も選んじゃないよ!」

「いやいや、口に出しても出さなくても、結局君は何をするかを決めているはずだよ」

「え……いやまだ何も……」


 突然、僕の口が閉じられた。何だこれは。喋りたくても喋れない、それに先程まで動けていたはずなのに指一本も動かすことが出来ない。


「君は優しい子だからね。自分に使う事も出来るのに。いっぱい悩んだ」


 待て、僕はまだ何も選んじゃいない!

 果歩ちゃんを助ける事も、安西を助ける事も、金持ちになる事も、どの選択も選んじゃいない!


「じゃあねー」


 リリスは右手を上げ、指をパチンと鳴らした。

 次の瞬間、僕の身体は動き出し、世界も動き出した。


 ――


 僕は目を覚ます。

 白い、白い天井だ。それに広い、この天井は見たことが無い。

 ここはどこだろう。頭がぼんやりする。視界もいまいちぼやけている。


「……!」


 誰かの声が聞こえる、何を言っているのか良く聞き取れない。遠くで聞こえる声、もうちょっと近くに来てくれないとわからないよ。


「……!」

「……!」


 あれ?

 一人じゃないみたいだ。いや、そもそもここはどこだろう。

 あの悪魔は夢だったのか。夢にしては嫌にリアルだったな。


「……ん!」


 母さん?

 いや違うな。母さんの声はこんなに若くない。


「だいすけくん……!」


 それに母さんは僕を『くん』付けで呼ばない。


「大輔くん!」

「大輔!」

「大輔!」


 若い女の子の声、まさかあの悪魔の声か。いや違う、この声知っている。僕の大好きな声。それに父さんの声、母さんの声が聞こえる。

 わかった。これはーー。


 果歩ちゃんの声だ。


 どうして果歩ちゃんの声が聞こえるんだろう。

 それに身体が動かない。僕は一体何をしているのだ。いや僕に何が起きたんだろう。


「先生! 大輔が……! 大輔が目を開けました!」


 先生?

 ここは学校なのかな。いやでもそれだと父さんと母さんが居る方がおかしい。


 僕は身体を起こす、しかし起こせない。

 全身が鉛のように重い、辛うじて指や目が動かせる。


「大輔くん!」


 視界に入って来たのは、僕が大好きな彼女。果歩ちゃんだった。


「大輔くん! ありがとう! 本当にありがとう!」

「か……果歩……ちゃ……ん……」


 これは一体どういうことだろう。次第に視界がはっきりとしていく。目の前には果歩ちゃん、父さん、母さん、白衣を着た見知らぬ人。それと果歩ちゃんの友達の安西が、そこに立っていた。


 僕は動かない自分の身体を見る。全身を包帯で包まれていた。


 ――


 しばらくして、僕は何となく状況を把握し始めていた。ここは病院だ。僕は事故に遭いここに運び込まれたようだった。

 その後、先生と看護師の人たちが僕の身体を調べた。先生は『奇跡だ』と言いほほ笑んでいた。果歩ちゃんと安西、父さん母さんはその間も僕を見守っていてくれていた。


 酷い眠気に襲われ僕は意識を失いそうになる。


「もう大丈夫です。今はゆっくり寝かせてあげましょう」


 先生はそう言うと家族と果歩ちゃん安西を外へ連れ出した。


 薄れゆく意識の中、傍で作業をする看護師が僕に話しかけて来た。


「えへ。まさかこれを選ぶとはねー」


 この声、どこかで聞いたことがある。つい最近聞いた。

 僕は無理矢理目を開き看護師を見る。あの悪魔だ。停止した世界に現れたリクルートスーツの女、リリスと名乗った悪魔。

 それが今は白い看護服を身にまとい僕を見下ろしていた。


「君が選んだのは、二人の代わりに自分が事故に遭う事」


 そんな馬鹿な。僕はそれを望んだと言う事か。


「そのお陰で二人は助かった、やるじゃん君」


 リリスがニコっと笑う。


「でも対価として、生死を彷徨ってもらったよ。まぁ私としては死んでもらった方が寿命貰えたんだけどねー」

「この……悪魔……め……」

「えへへ」


 僕は最後の言葉を振り絞り、悪魔に向かってそう言った。

 次第に薄れていく意識の中で悪魔が僕に笑いかけて来た。それは本や映画などで見る悪魔のような恐ろしい顔では無く、とても穏やかで優しい表情をした悪魔だった。

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