第34話 優しさと愛しさ

 湖から駆け上がる風は、初夏の温かい日差しと交わり、湖畔に設置したサマーベッドで昼寝を決め込む俺を、安らぎの眠りへと導いてくれそうだった。



「カイン様ぁぁぁ」



 少し離れた湖の波打ち際からレミーナが俺を呼んでいる。さっきの町で買ったのだろうか、白いビキニを着ている。



 うむ、雑音は無視しよう。



「カイン〜、おいでよ〜」



 リアナも呼んでいるが、無視、無視。



「カイン君、お姉さんも一緒に寝ちゃおうかな~」



 俺の体の上に生の人肌の温もりと、小さいながら柔らかい感触が伝わってくる。



「……ミルシアナさん、重いです」



 右目を開けて見てみれば、ミルシアナさんがサマーベッドで寝ている俺の上に覆い被さってきた。



「ひっど~いですぅ! ミラちゃんの次に私は軽いと思いますよ!」



 プクぅと頬を膨らましたミルシアナさん。だが俺は、俺の胸にゼロ距離で伝わる柔らかい感触が気になり、思わずミルシアナさんの胸の谷間を見てしまった。



「そ、そうだよな。ミラ様の次に軽いよな」


「ど、何処を見て言ってるんですか! そこの軽さの話ではないですッ!」



 更にプンプンと怒り始めたミルシアナさんは、俺の首に手を回し、ギュ〜っと抱きしめてきた。



「変な事を言った罰として、今夜は私のベッドで寝てくださいね!」



 どんな罰だよ! 



「今夜はゆっくり一人で寝るから遠慮しとくよ」



 一歩間違えればご褒美になりかねないお誘いを、俺は丁重にお断りした。



「それに、ミルシアナさんにはミラ様の護衛をして貰わないと困る」



 他の女の子達も十分に強いと思うが、魔族がきた時に、一番頼りになるのはS級冒険者のミルシアナさんにほかならない。



「でしたら、ミラちゃんも一緒に寝ちゃいましょうかぁ!」



 このアホエルフは何を言い出すんだ! 聖女に同衾なんぞさせたら聖教会からも命を狙われるだろが!



 ポカっとアホエルフの頭を叩き、サマーベッドから起き上がる。



「俺は一人で寝たいの!」


「もう、少しぐらいならいいじゃないですかぁ」



 頭を擦りながらミルシアナさんはそう言うが、



「少しでも、駄目なものは駄目だ」



 湖の浜辺に目を向ければ、ミラ様は年相応の無邪気な笑顔で、レミーナ達と波とたわむれていた。



「ミラちゃん、楽しそうですね」


「そうだな」


  

 聖女と言えば聞こえは良いが、彼女は厳格な生活をおくる修道女だ。教会ではあんなに無邪気に遊ぶような事はないのだろう。まあ、彼女の隣にはそれから逃げて落ちぶれた聖女候補ヤツがいるんだが……。



「カイン君、おいでよぉ」


「ミルシアナ様もぉ」



 可愛い水着を着ているソフィアさんとティアナさんも、楽しそうな笑顔でこちらに手を振り招いている。



「ほら、カイン君。行きましょう」



 ミルシアナさんが手を差し伸べてきた。



「仕方ねえなぁ」



 俺がミルシアナさんの手をとると、ミルシアナさんが俺を引っ張るように走りだす。


 ま、たまにはいいかな。





 日が傾くまで湖で遊んだ俺達は、コテージの庭先で夕食のバーベキューを始めた。


 馬車での旅では俺とソフィアさんはもっぱら保存食だったので、網から落ちる肉の脂の匂いを嗅ぐだけで涎が垂れてくる。


 他のヤツらは酒とおつまみ三昧でエンジョイしていたのだから、このお肉は全て俺のもので問題ないだろう。


 焼けた端から俺は肉をひたすら食いまくる。



「ちょっと、カイン! それ私のお肉ぅ!」



 リアナが丹精込めて焼いていたお肉も俺が頬張る。



「(もぐもぐ)うるへぇ、ご主人はまに逆らうじゃありまへん」


「もう、こんな時だけご主人様とかぁ」



 うん、お肉、マジ美味え!



「カイン様、お肉焼けましたよ。はい、あ〜ん」



 レミーナが焼けたお肉を箸でつまみ、俺に献上する。うむ、許可である。



「あ〜ん(ぱく)」



 するとソフィアさんやティアナさんも「あ〜ん」と言って、俺にお肉を食べさせてくれた。


 うん。たまにはこういうのも良いな!





 食事も終わり、ログハウスにあるお風呂で足を伸ばしてゆっくりとお湯に浸かっていた時だった。



「カイン様、少しお話していいですか?」



 お風呂場の扉を開けて入ってきたのはレミーナだった。



「お、お前、な、なに入って来ちゃってんだよ」



 俺の許可も得ずに、バスタオルで胸元を巻いたレミーナは、俺が入っている湯船に入り、俺の隣に腰を下ろした。



「カイン様と二人でお話をしたかったから……」


「だからってお前、裸で風呂にくるのはどうかと思うぞ」



 目を合わせるのが恥ずかしくて、少しうつむいて話したのがよくなかった。バスタオルで胸を巻いているとはいえ、胸の上半分は露出している。


 俺みたいな健全な子には刺激が強くてたまらん。頭に血が登り、耳まで真っ赤になっているのが分かる。



「さっきも言いそびれてしまいましたから……」


「何をだ?」


「助けてくれたお礼です。ありがとうございました」


「は? 仲間を助けるのは当たり前だし、何も俺一人で助けた訳じゃない。そんな事を言っても、何も出ないぞ」



 悪女であるレミーナが下手に出たら危険信号だ。しおらしい振る舞いをしたレミーナにコロコロと騙されていたハルバーの姿を俺は何度も見ている。


 

「カイン様……。私は嬉しかった……。奴隷にされそうになった時に助けてくれて……」



 いや、結局は俺の借金奴隷だけどな。



「西の森でも、凄く必死で私の事を治癒してくれたとリアナさんから伺っています……」



 まあ、仲間だからな。



「そして魔族に拐われた時も……」



 レミーナが何故か愛しそうに隷属の首輪を湯船からだした右手で撫でている。



「私とカイン様は赤い糸で繋がっていたんですね……」



 はっ? 何を言っているんだ? あれか? 隷属の首輪の主人には奴隷との繋がりを感じる感応力があるってやつ。あれは赤い糸どころか、呪いの鎖に近くないか?



「カイン様……」



 レミーナが湯船から立ち上がる。バスタオルは湯船に残して……。



「れ、レミーナ、た、タオルが……」



 美しい裸身が目の前にある。レミーナは隠す素振りをいっさい見せない。



「れ、レミーナ、隠せ! 全部見えてるぞ!」



 レミーナは優しく微笑むと俺を抱擁し、唇を重ねてきた。


 そして、柔らかい唇から伝わる優しさと愛しさに……、俺は白旗を上げた……。


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