◆3-5
竜が城に取りつき、その中に潜り込もうとする悍ましい様を、当然ジェラルドもその視界に捉えていた。
「退けええええッ!!」
城から逃げだす人々の波を縫いながら走り、漸く正門まで辿りついた時。
ドーン!! と響く音と共に、凄まじい光が空を彩った。
「何……!?」
はっと顔を上げた視界に見えたのは、城の傍に浮かぶ巨大な船。カラドリウスの飛行船だった。
船体に据えられた無数の砲から、光の線が幾条も発せられ竜に叩きつけられた。一斉掃射だった為、竜だけでなく城の壁にも被害が出ているようだ。
「おのれ無礼なッ!」
竜を倒すことよりも、城に他国から武器を向けられたことに憤りながら、ジェラルドは城内に駆けこむ。
階段を三段飛ばしに駆けあがると、会議室である筈の扉は吹き飛ばされていた。竜の襲撃によるものか、それとも先刻の砲のせいか。
「女王陛下ッ!!」
全速力で部屋に駆けこんだジェラルドは、その光景に一瞬言葉を無くした。
まず、部屋の壁に開けられた巨大な穴。その先に見える空に消えていくカラドリウスの飛行船と、それを追うように飛び去っていく闇竜の背。
部屋の中に倒れている、アグリウスを含む幾人かの人々。
そして――立ったまま動かない女王の小さな体を、守るように、あるいは動けぬようにそっと抱き寄せている白い神官服の男。国司の印を首から下げている――ペルラン・グリーズに相違有るまい。
「――狼藉者がァッ!」
何を考えるよりも先に、体が動く。サーベルを抜き放ち、一歩踏み込むだけでその男に肉薄する。
必殺の間合い。躊躇いなど無く、そのまま首を斬り落すつもりだった。
「『控えよ。智慧女神スヴィナ様の御前である』」
それなのに、何語とも解らぬ言語が聞こえた瞬間、サーベルががくん! と止まった。同時にジェラルドの膝が折れ、床に倒れこむ。
「な、に……!?」
ジェラルドも驚愕するしかない。体に力が入らないわけではないのに、顔を上げることが出来ない。無様に床に両手と両膝を着いて、僅かに見える女王の爪先を見る事しか出来ない。
「――さぁ、参りましょうスヴィナ様。貴方様に相応しい場所を、我々は用意しております」
「っ、ぐ……!!」
ぎぎ、と手袋に包まれた爪で床を掻く。己が意志に反して動かぬ身体を叱咤し、立ち上がろうとするが、叶わない。まるで見えない鎖に雁字搦めにされたかのように、腕も足も、全く動かないのだ。
だが――痛みは、無い。痛くは無い。痛みなど、感じない。
全身に力を込め、ぎりぎりと歯を食いしばっているジェラルドの視線の先に、女王の靴が、隣の男に促されるように、ゆっくりと踵を返すのが見えた。
その瞬間、ジェラルドの意識は真っ赤に染まる。
女王が何故、スヴィナと呼ばれているのか。彼にとってそんな事は些細な問題である。
女王が何故、狼藉者の言葉に唯々諾々と従っているのか。彼にとってそんな事は些細な問題である。
彼が思うのはただ一つ。女王陛下を略取されることなど、あってはならないというだけ。
「っぅあああああああああああああああッ!!!」
魂を削るような絶叫。凍り付いたような腕と足を、がむしゃらに動かそうとする。
女王陛下に「すくわれて」から、己の全ては女王陛下のものである、とジェラルドは本気で思っている。
女王陛下の為に、動かぬ腕など要らぬ。
女王陛下の為に、動けぬ足など要らぬ。
切り落とされたくなければ――俺の意思に従え!!
ぎしい、と骨が軋む感触を堪え、ぶるぶると震える膝が床から持ち上がる。まるで人形のようにぎごちなかったが、動けた。それで充分。
凍らされたような首をぎりぎりと持ち上げ、目の前を睨みつけると、驚愕したペルランと、僅かに眼を見開いた女王。狙うは只一人――今にも取り落としそうなサーベルの柄を無理やり腰で構え、突きの体勢をとって倒れ込むように走る。
「ちぃっ!」
残念ながら、普段とは段違いの鈍さを見せたその一撃は、あっさりとペルランの持っていた魔銀製の杓に弾かれた。たちまち、再び床に倒れ這うジェラルドを見て、神官は驚きを隠せない声で呟く。
「タムリィ様の『法命』に従わなかっただと……これは驚いた。この忠誠が信仰と変じれば、スヴィナ様の敬虔なる神従となれるやもしれません。いかが致しましょうか?」
重い首を必死に動かし、ジェラルドはどうにか女王を見上げた。彼女は、やはりとても悲しそうな瞳のままで――ゆっくりと、首を横に振る。
「では、そのように。参りましょう、我等が船へ」
「――ッ女王陛下!! どうかご命令を!!」
ペルランに肩を抱かれ、促されるままに歩き出そうとする女王の背に、ジェラルドは苦しい喉の下で必死に呼びかける。
「ご命令をお与え下さい! その狼藉者を斬り捨てよと! どうか!!」
その言葉さえ頂ければ、このような拘束など振り解ける。全力をもって女王を守る為に命をかける。
偽りなきその思いを込めて叫ぶ彼に、女王陛下は――
やはり、とても、悲しそうな顔をして――
「……ごめんなさい……」
小さく小さく、呟いた。
極々小さなそれは、ジェラルドの耳にはっきりと届いた。
そして、彼の、腕から、足から、全身から、力が抜けた。
呆然と、まるで捨てられた幼子のような顔で、彼は。
ペルランと共に、壁の穴からふわりと浮かび、まるで鳥のように飛び去っていく女王陛下の姿を、ずっとずっと、見ていることしか出来なかった。
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