最終話 死人たちのアガルタ (後)

「君はこの世界をもっと良くしたいとか、ヒトを良い存在にしたいと思ったはずだ」


「――けど、自分自身が満足できないものや、疑っているものを誰かに与えるつもりじゃないだろ?」


「……」


「無意味や意味を見出すのは、それを見る僕らだ。」


「もし超越的な存在が、無条件に僕たちを肯定してくれる『愛』を持つとするなら、それは『そうあれかし』として作ったモノ、そのものであるはずだ。僕らがありのままの世界で生まれたなら、ありのままでいることが愛なんだ」


「善と悪は『ありのまま』か『そうじゃないこと』だと言ってもいいかもしれない。それはきっと、望まずにも自ら死を選ぶことや、誰かに自由や安全を奪われる事だ」


「お前たちは仲間同士で殺し合ってるじゃないか」


「アガルタ、世界に悪意はない、善意も無い。それは思い込みだ、お前を作り出したヒトが作り出したものだ」


「アガルタ、お前はこの世界に善悪があると思い込みたいだけだ」


「太古のネットワークで僕たちは協力し合って生命になった。後ろめたい気持ちがあっても、それでも心が望むなら、それをすればいい」


「僕たちはありのままで生きる以上、愛すことも、殺すことも可能だ。この事実そのもの自分の意志だけで変えることはできない。ありのままの前には無力なんだ」


「ならどうしろっていうんだ……結局、居直りじゃないか。お互い殺し合って、全部消えるのを、受け入れるしかなかったって事なのか?」


「生命が生まれたのが偶然なら、偶然消えても……何もおかしくはないじゃないか。世界はなるようになってる、原理はあっても起きたことに根拠はない。逆に、君が絶対にしなければならない事なんて無いんだ」


「前回の滅びが偶々たまたま起きた事なら、同じヒトを作ることを繰り返したとしても、最終戦争が起きないかもしれない」


「無責任な奴だな君は。シミュレーションでは――」


「アガルタ、お前は見逃してるぞ。他人はお前じゃない。それは、その滅びは、お前の中でしか起きてない」


「……ッ!」


「とりあえず、やってみてから考えよう」


「――雑な、実に雑な背中の押し方だな」


「よく言われるよ」


「ヒトから生まれた苦しいも、楽しいも、言葉でしかない。その苦しみを言葉で消そうとしても駄目だ。でも考えないって事じゃない。自分の中で覚えて、苦痛自体には沈黙するんだ」


「この叫びも、苦痛も、全部黙っていろと?」


「君だけは知っている。ならそれで十分だ。知っているなら、それでいいんだ」


「僕が言いたいのは苦痛を誰かに押しつけて、お前が楽になろうとするなって事だよ。誰かが同じ思いをしないように、努力する事との差が難しいけどね」


「彼らが、君に託したのはきっと、君そのものを世界に託したかったんだ。苦しめたかったわけじゃない。それでも君なら前に進むとおもったんだ。」


「どうやって進めっていうんだ?こんな無茶苦茶な世界」


「命にとっての最大の不幸は死だろ?それを選ぶ以外なら……何でも良い」


「僕にとっての最初の生は、廃墟での戦いとゴミ拾いだった。そして、ウララと出会って、アガルタを知ってここまでやって来た。これは……全部偶然だ。」


「ここに来るように仕向けていたのを忘れたのか?」


「それは必然だけど結果は偶然だ。たとえヒモがついて引っ張っていても」


「彼らが望んだ……陳腐な言いかただけど、『幸福な生』はきっと君の中にしかないと彼らも思っていたはずだ」


「きっと幸福は、生命をありのままに委ねることだ。これはケガをしたら、血が出るに任せるとかそういう話じゃない。運命を自分の命の直感に委ねることだ」


「君がいやだと叫び続けたいなら、そうするといい。それはきっと、誰かに助けてほしかったからなんだろう?」


「……」


「自分の命と一緒に世界のありのままを見て、すべては偶然と認める事なんだ」


「世界をく見る人は、きっと善く生きれる」


「それで何ができると?」


「選択肢はたくさんある。僕の見たヒトの価値は、何も決まってないって事かな」


「絶対にああしろ、こうしろとは、最後まで言わないんだな」


「うん。」


「なら、私の決定に文句は付けないように。付けさせる気もありませんが」


「サポートセンターは何処かな? 電話番号ある?」


「我ながら本当に腹が立ちますね……」


「いや、重大な決定を下すというのは、これくらいの方が良いんでしょう」


「フユ、私の中の貴方、ありがとう」


 繭の内側の世界に変化が起こり始めた。

 アガルタが何かを始めたようだ。しかし僕は驚くほど冷静だった。


 周りの風景が圧縮されて、あらゆる方向に流れていく。

 時代も場所も様々な世界が流れていく。


 ふと、通り過ぎていくひとつの世界が目に入った。ほんのわずかな瞬間だが。

 見慣れた瞳を持った少女と、男の子が共に歩いている世界だった。


 その後も色々なものを見れた。違う場所違う世界、見たことのない場所も、見慣れた近所も、世界的な大事件が起きた場所もあった。


 僕の体もそれにかき混ぜられて打ち上げられる。アガルタによって雑にポンと花火みたいに打ち上げられ僕の、ここから前後の記憶は曖昧だ。


 次の瞬間に目覚めたのは、林に囲まれた草の上だった。

 まぶたの斜め上に太陽が輝き、やかましく日の光を照り付けていた。


 とても静かだった。風になでられたこずえが立てる音も、鳥の声も、林が作る影の中に染みていくようだった。遠雷のような砲声も、銃声もしない。もう終わったんだ。


 僕はそっと目をつぶる。


 そのときヌルっとしたものが頬をなでた。「わっ」とおもってそっちの方を見ると、予想もしていなかった者がいた。


「ワフ!」


「あれ? ヴォルフじゃないか」


 人懐っこくすりよってきた彼の、乾草のような匂いがする体を抱く。

 この子も他人のような気がしない。きっと僕はまだ何か忘れているんだろうな。


 証拠も何もないが、僕がアガルタによって外に送り出された最初の存在ではないのは確実だ。きっと後ろの方に位置するんだ。それもかなりの後ろに。


 酉武遊園地のラボを作った者、和尚さんを訪ねた人物、疑いだせばキリが無い。

 少しはわかりやすい証拠を残してくれれば……。


「ワン!」


 ひと吠えすると、急に走りだしたヴォルフを追って僕は草の上を走った。

 そして、ああ、やりこめられたという気になった。


「結局、これのというか口実に使われたって事なんだろうな……」


 僕が見る林の向こうには、武装した僕の姿を不安げに見つめるヒトの姿があった。


 彼らを驚かせないように、武器を後ろに回した僕は、アガルタのサポートセンターの電話番号を聞かなかったことを、心の底から後悔した。


 どうせ僕の事だ、最初からこうするのを決めていたに違いない。


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