最終話 死人たちのアガルタ (前)
アガルタは面くらったようだ。
呼びつけて置いて、質問が来ることを想定してなかったとは、実に僕らしい。
「まだ僕が分からないのは、あなたがどうやってアガルタの主導権を握ったのかということです。プロト・アガルタには、アガルタそれ自身といえる自我は無かった」
「それについては、戦争が終わってからの話だ。元の私はアガルタではない。一介のネクロマンサーに過ぎず、アガルタの意思決定は合議で行われていた」
「世界を滅ぼすだけの十分の戦いが終わった後、まずは私たちは空気中に漂っていたマシンを使用して、可能な限り環境を修復した。これには人工物も含まれる」
「ヒトを世界に送り出すにしても、無人の荒野に送り出すわけにはいかないからな」
都心部に妙に建物が残っていたのは、アガルタの仕業だったのか。
僕のようなアンデッドが、これまで廃墟でクズ拾いをして生き延びてこれたのは、彼が物資や建物を「再配置」したからなんだな。
「そして次にどういった世界を形づくるか?これはアガルタの中でも特に議論が紛糾した。多くの意見が出た。その主な原因は、君も含めた私たちアンデッドの存在だ」
「世界が崩壊した直接的な原因ですからね、僕たち」
「まさにその通りだ。アンデッドをこのまま残しておくわけにはいかない。かといって、アンデッドがいなければ、緩やかに世界は滅んでいた。」
「――しかし、ヒトはヒトで大きな問題がある」
彼は左手をあげ、パチリと指を鳴らした。
周囲の光景が変わる。清潔なタイルの床は土がむき出しとなり、ホールの壁は薄汚いトタンになり、何段にもなった粗雑な木のベッドがずらっと並んだ。
これは……映画で見た覚えがある。たしか、強制収容所とか言うやつだ。
「ヒトの形を借りた君たちは、ヒトを越えた能力を持っているにも関わらず、自在に自分自身を動かすことはできなかった。この世界に存在する、あらゆる苦難を受けたことだろう。あるいは自分たちで作りだした苦難を」
「ヒトを超えた能力と、意志力を持っていた君たちでさえそうなのだ。」
「ヒトなら言うまでもない。それでもヒトを生み落とすべきか?」
「すべては繰り返しになるのではないか?」
「この廃墟にはびこる貧困と飢餓はいうまでもない。そして、白いなれ果て達による疫病と似た恐怖、そして私がひきおこした……戦争」
「ヒトが経験したそれらを君は体験できたはずだ。君の中に何が残った?ありとあらゆる苦難にまさる幸福が、君のもとにあったのか?」
「幸福と思えることはありました。そうでないことも。しかし幸福でないからと言って不幸ではないし、不幸は解決すべき病気じゃありません」
「ヒトの手によって、これだけの人が死んだことに対しては? フユ、君も
「事実です。それ以上でも、それ以下でもありません。」
「沈黙するほかないという訳だね?」
「はい。――いや、いいえかもしれません」
「彼らの事を知っておけばいい。彼らのような者が出ないようにするだけで、彼らの死からは意味と物語が生まれる」
「起きてしまった事ならすべては手遅れです。次はうまくやりましょう」
「……僕からはそれしか言えません」
僕の手で殺した者もいるし、彼ら自身のうっかりで死んだ者もいる。
ならそれを語り継ぐしかない。
銃口の前に並ぶものを、不本意な死を少しでも減らすために。
起きたことではなく、なぜ起きたかを知っておくのだ。
僕がいつも戦場を見回して、眠っている死の卵を探す時のように。
「君には信じるものはあったかい?例えば……『神』のようなものだ。超越的で、それは何もかも肯定してくれる、そう言った存在だ」
「いいえ、ありません『神』がもし居たとしても、この世界に関与するとも思えません。それに、神が『いる』という事実は疑問を作りこそしますが、答えは作らないからです」
「それは何故かな?」
「単純に……神は他人で僕じゃない。神の脳内当てゲームに何の意味が? 僕の中から生まれた、神っぽい答えと自己肯定でしかない」
「すべてを肯定する神を信じることは、神の提示する事実を得て『問い』を捨てるという事です。全て神が決めるなら、そもそも問う意味が有りません。」
「神と言いましたが、これは神だけじゃない。神のように、正しいことを言おうとしているやつら、ヒトもモノも全てに当てはまる」
「神、他者の言葉を受け入れないことが、なぜ君が生き続けることにつながる?」
「……受け入れないは言い過ぎですね。自分の持つ『問い』の助けになる答えなら、それは使うべきです。他人が出した答えは、所詮他人の答えです」
「僕の脳の中の神を、僕の頭の中の存在と認識して使う分には、それは客観的視点を持つというだけなので十分に意味が有ります」
「つまるところ、君は自分が見る世界の、都合の良いところだけ信じているわけだ」
「はい。生きたいと思う事は、『世界のあるがままを受け入れる』ということだと僕は思います。信じない、世界の否定は、その世界に不満を生む、生が揺らぐ」
「つまるところ、自分の世界が信じられないと、不幸になるという事か」
「はい。足元がグラグラしているわけですから、大変でしょうね」
「世界を信じるときの時の僕は、同じくこの世界に生きる者たち、世界を肯定する者たちと生きています。ある意味ではこれが『神』のような超越的な存在の意思となるでしょう」
「と言うと何を指している?」
「つまり生命そのものです。僕ら『ヒトのようなモノ』。その心を作り出した法則は、つまり……食べる、人を好きになる、そういった自分があたりまえと思うことを与えました。そういったものの為に、ごく普通に生きる事です」
「世界に元からそれの善し悪しを書いた札が貼られていたわけじゃない。言葉で表現し得る以上の良さも悪さも存在しない。『死』を除いては。」
「誰かが『最悪』ってかいた紙を張って回ってるなら、僕らはそれを『最高』に替えて貼りまくってやります。
「なるほど、それが君が見出した生き方かな?」
「だと思います。少なくとも今のところは……」
「なぜ生きるかを知らなくても、生き物はどうやったって生きようとします。それは現実を虚無として逃避することではありません。都合の良い、何時かあった幸福を夢見た、未来への狂信でもありません」
「――僕が『はい』と答えたいからです。」
「それがただの思い込みでも?」
「それでも、僕は『はい』と答えます。」
「そうか。」
「あなた達は見えない世界を現す言葉に振り回され過ぎたんだ。現実を見ていたようで、その現実に誰かが無責任に張り付けた。『最悪』と書かれた紙の『評価』に怯えてたんだ。」
「あなた達はただ……言葉と戦ってたんだ。」
アガルタはくつくつと笑った。
「勝手なことを!!そんなことができるわけがない!!」
「私は皆に選ばれたんだ!!それなのに、そんな……そんな勝手なことができるわけないだろう!!!」
「わからないんだ……どうしたらいいか……ッ!」
「私は……何を望めばいいんだ……?」
「他者を踏みつけ、奪いながら上へと登って行かないといけない世界、そんなものに何の意味があるんだ?なんで苦しむと解って私は作らないといけない?」
「私の理想とする世界があった。私の中で何度も試した。だけど駄目だった。何度も、何度も、何度も繰り返したが、その度に潰えた」
「残らなかった。私しか残らなかったんだ」
「複数条件で並列して何度も立ち上げた。しかしこの星系を脱出できるまでにヒトが発展したケースは一つも無かった。地球は我々の牢獄なんだ」
「アガルタ、あなたが言うように、ヒトは暴力で他人から奪い、殺しまではしなくても、選ばれるように努力することで、理性的に他者を殺すこともできる」
「そうして自身の価値を求めてきた。アンデッドもそうだったよ」
「価値とは横並びでは得られないものだ。そして次に選ばれるヒトのための灯台になり、つながっていく。これは生命がそうしてきたことだ。どうあってもそうする」
「死が生命の目指すゴールのうちのひとつなら、きっとそうする」
「そのような素晴らしい生命賛歌も、その実は利用と搾取の為だ。対価を払いたくない連中の方便でしかない。なんとも救いようが無い」
「生命の幸福は、言い換えれば僕らが出来ることが全てだよ。それ以上を求めたって……あるがまま以上のものを求めたってしょうがないじゃないか」
「僕らの前にある世界は『そこにある』だけだよ。何も隠しちゃいない、だから何も説明しないし、考えたりもしない。あるのは、見ている自分だけなんだから」
「でも、もし……本当の幸福があるなら、それは僕らが、生きることをやめても良いと、満足したと思えることが幸福だと思うよ」
「だとしたら、全部、気の迷い、無意味だったとでも?この心の痛みが!!」
「やはりお前らはモノだ!狂ってる!!」
「……よく戦闘で困る事があるんだ。右か左か?前か後ろか?おいそれは、いったい誰から見てなんだ?ってね。でも、誰かが居ればわかる」
「彼らを救えるのは君だけだし……君を救えるのも、やっぱり君だけだ」
「私には、その自信が無い……無いんだよ……!!」
「彼らは君の幸せを望んでるんだ。君が幸せと思うことは、君しかできない」
「……心が苦しいんだ。どんな結末を選んでも、頭の後ろで誰かが囁くんだ。これは誰かの不幸せじゃないかって」
「褒められても、どこかうそ臭さを感じていた。何が本当なんだ?」
「一体何ができるんだ?何でこんなことを押し付けられないといけない?」
「
「だからこそ君に託したんだよ。君なら本気で悩んでくれるって――」
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