第97話 心という足跡

「自我や心は、脳神経がつくった回路の上になりたっている、それは物理的な痕跡となる。ゆえに再現できる。僕たちアンデッドはこう結論付けました」


 僕は口を突いて出たような言葉に、和尚さん、そしてステラさんが言ってた言葉を思い出して続けた。


「体験、体験から成り立つ自分と世界の記録が行動の指針となり、考えは行動となり、習慣となり、その人になる。そんな感じですね」


「おおよそその通りだ」


 目の前の白衣の男は、うつむくように背中を前に曲げ、僕の話の続きを書くかのように話しだした。


「しかしどのようなプロセスが心を生み出すのだろう?」


「この最後のアガルタが支える関東地域の電力網でさえ、ネットワークだ。電力網と脳神経はパターンという意味では本質的には変わらない。道路網も同じくだ」


「では複雑性に問題があるのか? ある一点を超えると、それは脳になるのか? そしてそれは電気でなくてはいけないのか? 流体は? 化学的反応のサイクルそのものは? それとも……そのパターンが意志になる+αの因果があるのか?」


「――そう、『魂』のような」


「白いなれ果ては『魂』が無くても動いているようですが」


「そうではない。なぜなら私が、『アガルタ』が思うように動いているからだ。彼ら改良型インターセプト型アンデッドは何の切欠もなしに動いているわけでは無い」


「……そういう意味では、アガルタ、あなたは自分自身に悩んでいるんだな?」


「そうかもしれない。現に君がこぼれ落ちた切欠きっかけはそれがためだ」


「零れ落ちた?この僕が?」


「そうだ、フユ、君は生まれた記憶などないだろう?この世界でアンデッドは人為的な生産施設を必要とする。たまにさまよい出る者もいるが」


「なるほど。僕は本当に墓場から這い出たアンデッドだったんですね」


「……あまりショックを受けていないようだな?」


「これまで触れてきた世界が、気分屋で荒唐無稽すぎるので、それもアリかな、と。現実とくらべたら、映画の中の世界の方が秩序だっていますよ。あっちはちゃんと作家が書いた脚本に従っていますから」


「それもそうだ。――続けよう」


「心にはまだ問題がある。脚本という言葉が出たが、つまりはその脚本を描いた意志、心、手を動かそうと思った意志は何処から来たのか。つまり『欲求』はどこからきたのか?という問題だ」


「心を形づくるもの。そして心が求めるもの。そしてこれらを考える時には、暗黙のうちに一つの仮定がしれっと紛れ込んでいる。意識を持つヒトやモノが存在するという仮定だ」


「なるほど、心は何かを考えると、心がないと考えられない。堂々巡りですね、キリがない。アガルタさん、もっと他のことしません?」


「君は楽しいな。いや、揶揄からかいではなく、言葉の通りにそう思う。しかし。これを楽しいと思う自分は何者なのか? そうやってまた戻ってきてしまうんだ。どうやら私の心は机から離れることを許してくれないらしい」


「めんどうくさいですね」


「でも、その『めんどうくさいこと』をするために私は作られた」


「僕の知り合って話をした人たちは……そうですね体験に根差した情報の寄り集まりが、おぼろげに心になってる、そんなようなイメージを持っています」


「うん、では心が情報からできているのなら、心が存在するのは、情報が存在するのと同じことだろうか?」


「何とも言えませんね。情報と心では複雑度が違います。それはカレーが好きなアガルタ君に、なら、その材料も好きだよね? といって、生のままの野菜やルゥを僕が食べさせるのと、同じような結論の出し方です」


「君は本当にユニークだな……」


「どうも。」


 男はしばらく押し黙った。

 ホールにあった置時計がチクタクと時を刻む。それが妙に僕の耳に残った。


「だが実際その通りだ。心にはブラックボックスがあったんだ。」


「ブラックボックスですか?」


「心を脳神経を物理的に再現することから生み出せても、今生きているヒトやモノから切り出すことはできない。情報は物理的で心はそれに非常に近しいのに、これだけは不可能なんだ」


 ……言い回しは難解だが、内容はシンプルだ。


 アガルタのいう事の要点はつまり、「心という臓器」があるらしいことはわかる。ただそれが取り出せないという事だな。


「ヒトやアンデッドを作ることはできた。心らしきものもできた。動いている。でも、モノであるはずの心を取り出すことはできないということですね?」


「そうだ。『モノである神経情報』と『心』は、どのように関係しているのか?」


「アガルタ、あなたは心を見様見真似で再現した。しかしそれは泥の上に残った足跡から、多分こうじゃないかと推測して作ったものだ」


「それにしたって随分いいモノが出来たとは思う、だけど納得していないんだな? なぜなら、歩いている『そのもの』はまだ見つけられていないからだ」


 白衣の男はこちらを見据える。


 その目は喜色に満ちている。女の子ならまだしも、男に向けられるのはあまり嬉しくないな。むず痒くなる。


「そうだ。さらにそれは、この世界でもっとも捉えようのない幻想、抽象的なものを共有することで、かろうじてつなぎ留められている」


「それはなんです?UFOに乗った宇宙人のビームとか、アトランティスの宝玉や、地底世界で燦然さんぜんと輝く、地球の中の太陽の光ですか?」


「それらすべてが逃れ得ない感覚さ。つまり『時間』のことだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る