第91話 身代わり


 僕は気が付いたら、見知らぬ天井の下……でもないな。

 ここは見覚えがある。国立博物館の中だ。


 僕は負傷者を運ぶストレッチャーの上に寝かされて、点滴を受けているようだ。


 右手の肘の内側に針を刺されてる。その針のつながったチューブの先を辿っていくと、点滴スタンドがあった。


 ぶら下がってるパックからは、何かの液体がぽつんぽつんと落ちている。僕はその雫がたれていくのをぼーっと見つめていた。


 ウララはどうしたのだろうか。


 彼女に会いたい。

 僕はその一心で、全身に粘っこくまとわりつく倦怠感を振り払い、起き上がった。


 あっそうだ、一応点滴スタンドを持って行こう。

 勝手に針を引っこ抜いたら怒られそうだし。


 スタンドをカラカラと音をさせながら引っ張って、博物館の通路を歩く。


 通路を歩くと、平たいベルトで結束された軍用コンテナが目に入った。ここにやって来た衛兵隊の人たちが、施設内を資材置き場にしてるのか。


 フロアを隔てる扉には机と椅子があり、ドアは開け放たれ、扉があるべき部分には、ビニールのカーテンが降ろされている。半透明のカーテンの中を覗いて、これが何のために垂らされているのか、納得が言った。


 廊下が青いビニールのシートで覆われ、消毒液の噴霧器とダスターが並んでいる。

 これは汚染物質を洗浄して、エリアを隔離するための洗浄区域だ。


 点滴スタンドを持ったまま通っていいものか、判断に困って立ち尽くしていると、向こうからやってくる人影があった。


 ――あれは、ステラさんだ。


「頑丈ね、もう起き上がってるとは思わなかったわ」


 ブリーフケースを抱えた彼女は、呆れたといった様子だった。


「ウララは、彼女はどうなりました?」


「あの時の前後の記憶が無くなってるのね?無理もないわね……無事よ」


 ほっと息を吐く。しかしステラさんのその表情はかたい。


「何があったんですか?」


「それを今から説明しようと思ってきたの」


 彼女はビニールのカーテンをくぐると、ブリーフケースの中身を近くにあった机の上でひろげて僕に示した。


「これは東京スカイタワーですね、もう攻撃したんですか?」

「ええ。」


 並べられたのは東京スカイタワーの写真だ。


 タワーの基部、つまり白いなれ果てが作った構造物に対して、ミサイルが放たれて着弾した瞬間の写真だ。これにはきっと、僕らが使うシリンジと同じ中身が充填されているのだろう。


 それで、この次はどうなった?


 次にめくって現れたのは、タワーの基部の構造物が崩壊を始めている写真だ。

 ボロボロと崩れ落ちて、白い煙を上げている。


 ほぼ新品のパワーアーマー残したままなんだけどなぁ……。


「一階のフロアのエレベーターが使えなかったんで、パワーアーマーから電源を取ってたんですけど、これ……無事かなぁ?」 


「ちょっと怪しいわね。ご愁傷さまとしか言いようがないわ」


 嗚呼、せっかく手に入ったのに。


「掘り出した頃には電源上がってそう……」


 次に現れたのは、白い繭のようなものが枯れた森の中央にある写真だ。

 これは、堀か?まるで中世の城の跡みたいだ。


「これはなんです?白い繭みたいなのが、城跡に?」


「ここは関東御所と言う場所よ。昔この国の、なんて言えばいいのかしらね」


「国の象徴、ですよね?日防軍の脱走兵の人に聞きました」


「そう、なら話は早いわね。東京スカイタワーの『塔』を破壊した直後、ここ関東御所で白いまゆが発生したわ」


「『塔』の替わりになるプラン、プランBの実行を始めたといった感じですか?」


「恐らくはそうね。地上はアトラスから降りてきた歩兵が制圧しているわ。今度は何が何でも邪魔させないっていう雰囲気ね」


「あの時、完全に撃墜できていれば……」


「あのね?航行不能な状態まで損傷させただけで大金星よ」


「アッハイ」


「そうだ、『富士』は何処まで進出してるんです?あれがあるなら、上空を制圧して、こちらが航空優勢をとれますよね?」


 そう、富士は対空能力がズバ抜けているから、相手は航空機を飛ばせず、こちらは自由に使えるという状況に持っていけるはずだ。


 ――それとも、もしかして修理が間に合わなかったのか?


「修理を完了した『富士』は現在移動中。数日以内にコイシカワ公園、東京ドーム周辺に展開を予定しているわ」


「展開中という事は、まだ数日の間、空はアトラスから展開した連中のものっていう事ですよね?」


「そうなるわね。消極的な動きだけど、御所に接近しようとすると、空から猛烈に撃たれるわよ」


「うーん……」


 どうしたものだろう?


 いや、彼女も同じことを思っているに違いない、だからステラさんは僕のところまでこれを届けに来たのだろう。


 別の資料を探る。この近辺を空撮した地図か、これはいいぞ。


 空撮された地図に指をそわせて思案する。


 ……御所の近くに鉄道と駅があるな。


「この駅は?」


「東京駅ね。高速鉄道や地下鉄が乗り入れてる、首都圏の中央駅よ」


 高速鉄道……そう言えば北区に侵入する際に使用した、高速鉄道の橋梁があったな。あれはここまでつながっているのか。


 首都圏を遠く離れた場所まで移動できる線路、それがこの駅に繋がっているというのなら……避難経路が存在する可能性はないか?


「御所に地上から近づけないなら、地下はどうです?」


「御所の近くには駅があるみたいです。戦争のような緊急事態が発生したら、当時はここから移動して避難したのではないですか?」


「なるほど……それは十分あり得そうね。ここを探ってみましょう」


「僕も行きます」


「フユくん、君はウララちゃんについてあげなさい」


 僕の言葉はステラさんにぴしゃりと弾かれた。


「彼女は今動けないのよ?ついて来させておいて、今更おいて行くつもり?」


 押し黙っていると、ステラさんは浅く息を吸って、続けた。


「つらい時、大事な時に寄り添ってくれない人と、一緒に居る意味なんかあると彼女が思うかしら?」


 ……すべてステラさんの言うとおりだ。文句のつけようも無い正論だ。


「……はあ、そんな顔しないで。どうしても本気で行くというのなら、せめて彼女の許しを得てから行きなさい」


「あっはい!あ、場所は?」


「それは――」


 そんな様子なら僕は点滴を外していいと言われたので、刺さっていた針を外すと、彼女に教えられた場所に向かって歩いていった。


 僕が気を失っている間にも、既に何回か「アガルタ兵」と衛兵隊は衝突していたようだ。二階では数人の負傷者が横たわって治療を受けていた。


 彼女は、ウララはそんな中、割合と元気そうな感じでベッドの上で本を読んでいた。ただ、前脚はない。痛々しい傷の跡が胴体に走っている。


「フユさん!あっ大声出しちゃ、いけないんでしたでっす……」


「ウララさんお見舞いに来たよ、横、いいかな?」


「でっす!」


 僕はベッドの上に腰かけて、カーテンを閉めた。

 いったい、どういう風に言おう?


 ううん、全く見当もつかない。


「フユさん?」


「うん?」


「なんか心がもにょもにょしてまっすねー?」


「あー……うん、実はそうなんだちょっと聞いてほしいんだけど」


「ふんふんです?」


 ああ、なんか顔が熱くなってくる。

 慣れない事を考えるもんじゃないなぁ。


「うん、実は大事な人が大怪我しちゃって、僕はその人にずっとついていてあげたいんだけど……実は、その人のために解決しない大きな事件があって」


「なるほどでっすね~?」


 ぷいっとそっぽを向いたウララさんに向かって、僕は続けた。


 話しやすいようにと言う、彼女なりの気遣いだろうか。


 ううん、とにかく――


「一緒に居たい、けど同じ時間をもっと過ごしたい。だから、だからその人にわかってもらいたいんだ。僕は君の事を大事に思っているから、征くんだって」


「はいでっす。」


「何度も無理をして、めちゃくちゃをしたのに、図々しいけど。」


「「……」」


「多分でっすけど、その人もわかってると思うです。なので、無理だと思ったらすぐに帰ってくるですよ?」


「……うん、約束する。」


 そうだ、これを――

 僕はポケットから赤いスピネルを出して、彼女の手の平に握らせた。


「これは、約束の印に持っていて。取りに帰るから」


「はい…‥です!」


「フユさん?」


「なんだい?」


「行ってらっしゃい、でっす!」


「……ああ、うん!」


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