第92話 闇の中へ

「もういいのかしら」


 階下へ降りた僕を迎えて声をかけたのはステラさんだ。彼女はすでに、甲冑みたいなパーツが付いた、宇宙服みたいなデザインの戦闘服へ着替えていた。


 背部のアームデバイスには2本の白拵えの軍刀が据え付けられ、いつでも出られるようにしているようだ。


「ええ。ウララとは……彼女とは話してきました。征って来ると」


「なら装備を取りに行きましょうか、ついてきて」


 僕は姿勢よく歩き始めたステラさんの後を追う。


「無理やり納得させたとかだったら、後でひどい目に合わせるから」


「後があればですけどね」


「……あるわよ。きっとね」


 僕はステラさんに連れられて、博物館の一角に設けられた武器庫にやって来た。

 ここには衛兵隊の持ちうる最良の品が持ち込まれているようだ。


 イルマの一般的な工房で見られるような、銃っぽいだけの低級品、でっちあげの品はほとんど無い。


 ガムテープで補修されたマガジンとか、松葉杖をストックに流用した使った銃とかざらなのだが、ここにはそんなものは無い。


 どれも正規の部品が使われた一級品だ。これをほんとに使って良いのぉ?


「RPKだとまずいですか?」


 僕は念のために聞いてみた。

 使い慣れたものを使えるなら、それにこしたことはないからだ。


「補給が難しいわよ?7.62×39弾は、ウチと日防軍のどちらも扱ってないから」


 ですよね。


「ならRPKは預けていくことにします」


「さ、好きなのを持って行って。出来合いで悪いけど」


 ならここのボスのステラさんのお言葉に甘えるとしよう。

 アサルトライフルや機関銃はもちろん、対物狙撃銃、ロケットランチャー、グレネードランチャーなんかの重火器も取り揃えられているな。


 目移りするが、今回はウララは僕のバックアップについてくれない。


 一番重視するべきは、軽いという点だ。その次に火力や使いやすさ。

 となると大体選ぶべきものは決まってくるな。


 アサルトライフル、それのオプションで単発のグレネードランチャーが付いたやつ。あまりにも普通過ぎる選択だが、これが一番無難だ。


 とはいえ5.56×45mmは威力と遠距離性能に不安があるなぁ。


「アサルトライフルにしようと思うんですが、5.56mmだと威力と遠距離性能に不安があるんですが、軽めでそれ以上の威力のものって、何あります?」


「なら6.8mm×51mmを使用するこの銃ね」


 ステラさんは肉抜きされたストックを持つ、アサルトライフルに近い形状の銃を取り出した。一般的なアサルトライフルより少し大きくゴツいな。


 色は濃い緑色。3Dプリンターを使用して制作しているのか、パーツの一つ一つが直線的で、ちょっとオモチャっぽい印象も受ける。


「この子の能力はマークスマンライフル寄りになるわ。装弾数は20発と30発。威力は7.62×51を超え、反動もそれなりに強いわよ」


「見た感じ、分隊支援で狙撃用途に使われる銃ですかね?」


「分隊戦術での立ち位置はそうなるわね。相手に対して精密な射撃をすることで制圧するのがコンセプトね」


「名前はなんていうんです?」


 僕はライフルを持って構えてみた。レシーバーが長くて、構えた時に若干の不自然さを感じるが、フォアグリップか指掛けをつければ問題ないな。


「80式小銃。NATOや米軍と小銃弾薬を合わせる目的で作られたけど、移行期に戦争が始まって……当時はずいぶん補給がグチャグチャになってたみたいね」


「なるほど、これ以外に使う銃はあるんですね?」


「米軍のMG250っていう分隊支援機関銃が使うわね。他は同じようなマークスマンライフルで使用していると思うわ」


「なるほど、これにしようと思います。これに付けられるグレネードランチャーも貰って良いですか?」


「ええお客様、どうぞこちらに」


 僕はステラさんから受け取ったアクセサリを80式小銃に取り付ける。

 なかなか格好よく仕上がった。


 しかしグレネードランチャーは使用しないときはただのお守りになるな。

 うーむ。


「アンダーバレルが重すぎるなら、ライフルグレネードはどう?軽いわよ?」


「あー、どういうのが?」


「うちがカチコミ……じゃなくて武装集団の家宅捜査で使うやつなんだけど」


 コトン、と机に置かれたのはロケットランチャーの弾を細くしたようなものだ。

 前、ベヒモスに使ったものより、ふた回りは小さいな。


「対戦車能力を捨てて軽量化、対人特化にしたの。トラップ式だから、特に何も考えずに銃身に刺せば、手榴弾感覚で300メートル先まで飛ばせるわよ」


「なるほど。通常の対戦車榴弾とその軽量弾を二本づつ持って行きます」


 うん、こんなところだろうか。


「久しぶりに装備が重く感じるなぁ……」


 これまで予備弾は大体ウララさんに持ってもらっていたから、最低限のものを揃えただけでも装備重量が20キロを超えてしまう。……なんてこったい。


「楽をし過ぎたバチが当たったのね。さあ、行きましょう」


「はい!」


 こんなに装備が重く感じられるのは久しぶりだ。弾帯が肩に食い込むこの感覚。

 久しく感じていなかったな。


 博物館から外に出るまでに、軽くブリーフィングを受ける。


「フユ君、確認するわね。まず第一目標は東京駅までの経路の確保」


「はい、問題なく理解しました」


「まずは陽動を仕掛け、東京御所の注意をひく。次に私たち突入部隊は南下して陸橋を伝って東京駅北口から内部に侵入、これを制圧します」


「質問があります、支援は?」


「歩行戦車とパワーアーマー歩兵による援護があるわ」


「わかりました」


「気を楽にして、あなたは一人じゃないから」


 ステラさんに肩を叩かれ、国立博物館を出ると、広場は前見た時と比べて、ずいぶん様変わりしていた。


 優雅なタイルは片っ端から剥がされ、土をむき出しにされて塹壕が掘られている。


 そして建物の壁という壁は弾を受けた痕が認められた。

 そのことごとくが、塗装が割れるか、削げている。


 日の光の音さえ聞こえそうな、終わった世界の静寂のもと、ひっそりと朽ち果てていきそうだったこの場所に、悠々たる終わり方は許されなかった。


 弾雨が降り注ぐ戦争のなか、今まさに炎で焦がされ、燃え尽きようとしていた。


「姿勢を低くして、先に出た先遣隊と合流しましょう」


「はい、援護します」


「あら、ホオズキは?どこ行ったのかしら」


『ここに居ますよステラ』


 空間を歪ませて、歩行戦車が現れた。光学迷彩とは……。

 この歩行戦車は、ステラさんが良く連れ歩いているあの機体か。


「そう、悪いけど私たちの盾になって、ラリーポイントまで前進します」


『了解』


 移動中もまるで気が抜けなかった。気まぐれな砲弾がたまに近くに降って来るし、ビルとビルの切れ目からは、どこからともなく狙撃が飛んでくる。


 こいつらは一体どこから湧いて出たんだ?


「いきなり難易度がおかしくなった感じですね!!どこもかしこも、『アガルタ兵』だらけです!!」


「アガルタ兵、いいわねその呼び方。今度からうちでもそう言いましょう!!」


 まったく銃声と砲声で耳がおかしくなりそうだ。

 ビルの屋上や窓の影から撃ってくる連中にうち返しながら、ヤケクソ気味に声を張り上げる。


「まったく、キリがないわね!!」


 ステラさんも呆れを通り越しているようだ。

 体を翻して目の前にいたアガルタ兵を切り刻む。


 これじゃあ、まともに移動なんかできそうにない。


『ステラちゃーん、まだ来れんかんじー?いい加減キツくなってきたんやけどー?ってかもう集合場所追い出されたわ、ゴメンなー?』


 ステラさんの端末に入った通信から聞こえてきたのは、ネリーさんの声だ。

 彼女たちが先行していたのか。

 どうやら、戦いの形勢は良くないみたいだな。


「……そう、なら集合はあきらめて、前進を予定した地点で合流しましょう」


『了解やで!はよしてな!<ズガァン!>』


「聞いての通りよ」


「すみません、僕たちが来たときは、静まり返ってたんですが……いや、でも寝ているみたいな白いなれ果ても見ましたね」


「きっと『塔』が崩されたことで、アガルタの気が何か変わったんでしょうね。これ以上また良くない方向に気が変わる前に、行きましょう」


「はい!」


 僕らはさらに南下を続け、ちょうど中間にあたる、神田川まで到達した。

 もちろん防衛に適した場所なので、対岸から猛烈に撃たれる。


 泥に埋まったビルの位置から察するに、神田川は元々小さな川だったのだろう。


 しかし、川の流れによる浸食がすすんだことで、両岸の2ブロックを飲み込んだ今の神田川は、100メートル近い幅をもつ、大きな川となっている。


 これほどの川幅となると、非常に渡河が困難だ。

 つまり、防衛側が見逃すはずがない。


 アガルタ兵による防衛線が敷かれ、ネリーさんたちもここで釘付けになっていた。


 対岸から見つからない場所を探して、這いつくばって進む。

 ほんのすこしでも、土手の稜線から身を乗り出そうものなら、即座に数十発の機銃掃射が飛んでくる。まったく、弾が余っているようでうらやましいね。


 ネリーさんたちは「秋葉原駅」という漢字の書かれた駅の、高架線路の上で応戦していた。いや、元高架線路と言った方が正しいか。すでに泥が高架まで達していて、高い土手のようになっているのだ。


「おー、フユ君もきたかぁ!見ての通り、最悪の状況やで!」


 衛兵用端末の前にいくつものホログラムを浮かべ、戦闘の指揮をしていたネリーさんが、僕らを見つけてせわしく手招きする。


 僕らはその手招きに引っ張られるようにして、電車の残骸と瓦礫とを重ねて作った簡易要塞の中に転がり込んだ。


「身をもって体験してきました!」


「すごいやろ!いくら狙撃してもキリないわ!」

「なんせ火力が足らんわ、向こう岸の機銃座と砲座を吹っ飛ばす火力があらなぁ?」


『それに関して、朗報だぞ』


「クガイさん?」


 ホログラムの中にいたのはクガイさんだ。彼女と目が合った。


『やあ、元気そうだなフユ君。……話を戻そう、OZの「富士」が前進に成功した。そちらに砲撃できる距離にいるぞ。座標を正確に指定できるか?』


「何も見えんから、適当に対岸にぶっ放してって言うのは?」


『それは無理だな、弾代の請求で衛兵隊が破産するぞ』


「クガイさん、僕の持ってるスマートスコープなら対象をマーキングできます。これならいけませんか?」


『なるほどいい案だ、それで行こう』


「衛兵隊が鼻をかむティッシュの枚数まで細かく決めるところだったわね」


「せや、新品何枚も重ねてかむアホを処刑する軍規ができるとこやったな?」


「そんなに貧乏なんですか……?」


「「もちろん」」


 さて、神田川を突破できたのはそれからすぐのことだった。


 富士の威力はとんでもなかった。

 放った重砲の弾は地面を叩かず、空中で炸裂するのだが、それにもかかわらず、地面が空に向かって生えるようにして、黒土の波が起きるのだ。


 弾が破裂するたびに、遅れてここまで地面に揺れが伝わってくる。

 あの下で何が起きているのかは、あまり想像したくない。


 富士の一連の攻撃の後、僕らは瓦礫で埋まった川を越えた。


 砲撃をまともに受けたアガルタ兵は、兵力の再編の為に一旦後方まで下がったようで、それからの抵抗は激減した。


 抵抗が弱まったので、ステラさんは方針を変更した。

 高架線路は使わず、堂々と地上階から駅に進入することにしたのだ。


 そして好機を逃すまいと前進する僕らの前に、それが現れた。


 オレンジ色を基調にし、白色の窓や柱をアクセントにした黒色の屋根を持つ建物。まるで貴族が住む大きな洋館にしか見えない。


 これが東京駅か。


 思っていたのとまったく違う様子の建物に意表を突かれて驚きながらも、僕は皆に続いて突入を開始した。

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