第93話 無名駅

「チャージを設置した、離れろ!」


 衛兵隊の工兵さんがオレンジ色のレンガの壁にダンボール板みたいなのを張り付ける。アレはある目的に特化した爆薬だ。


 建物に侵入する際、バカ正直にドアや窓から入れば、待ち伏せを食らう。

 だからちゃんとした軍隊は、壁を吹き飛ばしてそこから侵入するのだ。


「みんな下がれ……よし、やれ!」

「点火する!」


 バン!と手榴弾ニ,三個分の爆発音がして、白煙と共に壁が消える。

 あとはセオリー通り、中を制圧していくだけだ。


「ホオズキ……歩行戦車を先頭に分隊は続いて。パワーアーマーは高所を確保したら、外部に向かって監視をして」


「「了解!」」


 僕らはステラさんの歩行戦車を正面に、左右を警戒しながら構内に突入する。


 迎撃に出た少数の守備兵を撃ち倒し、ホールらしき部分にまで到達すると、上階の小さな窓から猛烈な射撃を受けた。


 僕らは散開してそれぞれに応戦するが、高所を取られている分、こちらが不利だ。

 たちまちに2人を失った。


 駅のホールには2階、3階とあって、それぞれに銃座が設けられていた。

 ホールの壁と窓の装飾は見事で、美しい優美なアーチが見て取れた。


「2階11時方向にヘビーガンナー!2時にはランチャーが設置されてます!」


「戦車はランチャーの死角へ退避!ランチャーから片付けなさい!フユ!」


 ステラさんから激にも近い指示が飛んできた。

 僕は80式小銃の銃口にライフルグレネードをさしこんで、目標をうかがう。


 木製のアンティーク調の窓枠に設置された筒状のものが見える。

 あの建物を壊すのは少々もったいない気がするが、この際いってられないな。


 僕は狙いをランチャーの少し上につけ、引き金を絞った。「パン!」と短い破裂音を残して、深緑色の弾体が浅い弧を描いて飛んでいく。


 少し後ろ過ぎたかと思ったが、かえってそれが良かったようだ。

 備蓄弾薬か何かにぶち当たって、奥から手前に向かって爆炎が吹き込んできた。

 あまりのすさまじさで、こちらまで熱風を感じ取れた。


 見ると歴史を感じさせる優美なホールは、爆発で見事に崩れ落ちていた。

 この建物を後世に残せなかったのは残念だな。多少の罪悪感を感じる。


 爆発に巻き込まれ、身体の半分を失って昏倒している機銃座のアガルタ兵にシリンジを打ちこんで、ここでの戦闘は終わった……かに見えた。


 最悪なことにこのタイミングで、「富士」の砲撃で打ちのめされた連中が再編成を終えて、西側から殺到してきたのだ。


 光のような声が濃密な密度でこちらに迫ってきていた。

 僕は今までにないそれらの光の強さにぞっとするものを感じた。


(アガルタ!)

(貴方は私たちの運命です)

(そして私たちは同じ光に導かれた兄弟です!)

(私たちは貴方の為に死ぬでしょう)


(その時まで、私たちは貴方の名を伴い行進します!アガルタ!)


「ステラさん!西から追加の連中がこちらに迫ってきています!!」


「……ッ!参ったわね。機銃手は両端へ、援護を2人ずつ持って行って」


「了解」


「歩行戦車は中央、軽歩兵はその後ろに回って」


「わかりました!」


 パワーアーマーを着た機関銃手を両翼に配置し、中央はステラさんとネリーさんを中心とした軽歩兵でホールへの侵入を防ぐ感じか。


「ステラさん、僕は?」


「……軍人でないあなたにここで死ねとは言えないわね。それに、ウララちゃんに恨まれちゃうから」


「それは、でもそれだと――」


「フユ君は地下への入り口を探して、見つけたらそのまま先行して。ポイントマンとして道を切り開いておいてほしいの」


「いうて心配しなさんな、ウチらがこれまでにくぐった修羅場の数、ナメんなよ?」


 笑いながらネリーさんは僕の尻を叩く。

 ああ、そうか。彼女たちの心は既に決まっているようだった。


「いってきます!」


「おう、いってらー」

「いってらっしゃい、気を付けてね」


「……さて、今回はちとキッツいなぁ?」

「増援が来るまでしのぎましょう。『彼ら』もそのうち駆けつけるでしょうから」


「したってなぁ……ま、ええわステラちゃんと墓に入るなら」


「あら?私はまだまだこの世界を見るつもりよ?まだ海の外にもいったことないんだから」


「なら気張らんとなぁ」


 ネリーは自動砲を置くと、軍刀とサイドアームのピストルを抜いて、背中の拡張脊髄をうごめかせるように低く構える。どうせ格闘戦になると見越しての事だ。


「どっちが多く倒すか、賭けでもしてみる?」


「やめとくわ、相手にもならん」


「そう、じゃあ……いきましょうか。」



 ステラさんたちを別れた僕は、一人で東京駅の構内を走った。


 もし重要人物がこの駅を秘密裏に訪れるならどうするか?

 僕はこの駅の事を良く知っているわけでは無い。しかし大体の予想はつく。


 通常の乗客とは隔離したいのなら、職員の使用するエリアを壁のようにして、その内側に作るはずだ。通常の乗客が使用する側から、アクセス可能なはずがない。


 なので僕はまず、職員用の空間にはいれる入り口を探す。改札のアクリルの窓を銃を使ってブチ割って、できた隙間に体を滑り込ませて中に入った。


 そのまま事務所みたいなところに入る。

 ここの奥ならば話は簡単だが、そうではないはずだ。


 一般の職員から情報がもれると、警備上都合が悪いはずだ。

 だから接触しても問題のない秘密を守れる人間しか会わないようにするべきだ。

 

 となると、駅長とは別のセキュリティ担当の人員がいたんじゃないか?

 常に必要な人員でないなら、特別な部屋が用意されているはず……。


 僕はさらに奥に進み、案内板の無い方へ進む。

 すると、行き止まりで黒塗りのシックな扉を見つけた。


 鍵がかかっていたので、その場でドアノブを撃ってこじ開ける。


 扉を開けると、先ほどまでの殺風景な事務所とは違う、まるでホテルみたいな通路が広がっていた。


 すごい、本当に見つけちゃったぞ……。


 侍従のような人たちが待機する場所だろうか?

 とても今風には見えない、古風な内装で、まるで貴族の館みたいだ。


 羊毛のカーペットが敷かれた、わざと臭いほどに直線的な通路の先には、赤茶色のつやッとした木で作られた階段があって、そのまま地下に続いている。


 僕は階段をきしませながら、ゆっくりと降りて行った。


 降りて行ったその先には、緑色の鉄骨の柱がぽつぽつと支えに立っている、本当に小さな駅のホームがあった。


 ここには乗り降りするためのホームはあるが、壁には駅名も何もない。

 モザイクタイルで申し訳程度に飾られているが、赤レンガで作られた壁に囲まれた、ごく質素な地下鉄駅だ。


 ここは終点のようで、右奥を見ると車止めがある。

 線路はこちらから見て左側に続いていた。


 僕は端末を取り出し、方位コンパスを見る。

 線路は西、つまり関東御所の方向に向かって続いているようだ。


 ……きっとこれが、御所まで続いている路線に違いない。


 その時、ズンと地面が揺れた。上で激しい戦いが始まったようだ。

 僕はここに来て思い迷う。


 だが僕の頭にウララの顔が浮かんだ。

 一度は意を決したのだ、今更ひるがえす意味はもうない。


 僕は銃を背中に回して肩のライトを点けると、暗い線路の上に飛び降りた。


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