第90話 肩をすくめるアトラス
再会したウララさんは僕に背中を向けて、上を向いている。
僕はそこに何かあるのかとおもって見上げるが、そこにあるのはただの天井だ。
……うん?
あっ。
「えっと……ごめん、次は、もっと気を付けるから」
彼女は後ろを向いたまま、こくりと頷いた。
★★★
ーアサカ駐屯地ー
「オズマー!『富士』のパーツはこれで全部だぜー!!」
「コラッ!もっと大事に扱えってんだろ!!」
衛兵隊から送られてきた電子パーツを台車に乗せて、ガラガラと大きな音を立ててこちらまで運んでくるティムールを、オズマは微笑ましい表情で見ていた。
「はい、ストーップ!!」
「お疲れ様」
ティムールが運んできた暗灰色の耐衝撃コンテナに入っているのは、衛兵隊に配達を依頼した対空システムの制御基板だ。
まさか惜しげもなく送って来るとは思いませんでしたわ。
ただのクズ拾い一人が、衛兵隊にずいぶんと信頼されているらしいですわね。
「よくできました。渡りをつけてくれたフユ君のおかげですわね」
「だな!!肉もつけてくれって頼めばよかった!!」
「早速取り付けましょう、彼らは既に都心部に侵入してるらしいから、いずれこちらに連絡が来ることでしょう」
義体の手を使って、バチンバチンと箱のロックを外して開く。
中身を確認して驚いた。
これは人工衛星が使う、対放射線加工のされた最高級の制御基板ですわね。
イルマで宇宙船でも作る気だったのかしら?
「お嬢、そんな簡単に信頼していいのか?フユはともかく、衛兵隊を、だ」
あまりにもトントン拍子な話の進みっぷりに、スキンクは何か裏があるのでは?と疑っているようだが……。
「ええ、だからこれを送ってきたんですわ。その場しのぎのでっち上げじゃなくて、本物の制御基板を。渡せるだけの余裕があるという誇示も含まれていますわね」
「それってそんなにヤベェのか?」
「これ1セットで、当時の『全国民が1年食べれる程度の価値』がありますわね」
スキンクは口を細めて、ヒューと口笛を吹いた。
「ともかくこれで『富士』の防空能力は完璧になりますわね?」
「何が来てもハエみたいに叩き落せるってか?」
「ええ、その親玉もパチンと弾いて見せますわよ」
「おお、怖い怖い」
「おじゅま様~入電です~!」
ぴょこぴょこと歩いて無線の入電を知らせに来てくれたのは、カワウソの形をした子だ。衛兵隊からの入電だろうか?
「どこの誰からで、用件は何かしら?」
「フユしゃんからで、ないようは――」
「――そう。スキンク、ユニットを取り付けたらエンジンを回して暖機をして、この子は
「よしきた!!」
「オズマー、オレはー?」
「倉庫にあるコンテナを片っ端から積み込んで。フル武装でいくわよ」
「ほいきた!!」
「運用テストをする時間があればよかったですが……まあ、ぶっつけ本番はいつもの事ですわね?」
★★★
ーイルマ航空基地ー
「生物弾頭の搭載、完了いたしました!」
「ご苦労様。少し休んで」
「ハッ!」
ステラはトンボ帰りした翌日、シリンジの増産はもはや間に合わないとみて、戦前に鹵獲された生物兵器用の弾頭を流用して、決戦のための戦力を確保していた。
情けない、と彼女は思っていた。
用意できた物のほとんどが、でっちあげか、その場しのぎから成っていたからだ。
「貧乏はつらいなぁー?」
ネリーの励ましとも自嘲とも取れる言葉に、私は苦笑いするしかなかった。
「そうね、先人がもうすこし予算をもぎ取っていれば良かったんだけど?」
「耳が痛いわ。ウチらに選挙権があったらなぁ?」
「まあ、言ってもしょうがないわね」
用意できた戦闘用VTOLは4機。攻撃型無人機は6機だ。
VTOLはそれぞれ4発の対なれ果て用の生物兵器弾頭を装備している。
攻撃型無人機はVTOLの護衛だ。
対空支援用にマスドライバーと2発の対空ミサイルを装備している。
イルマに残存しているなけなしの戦力だ。これを失ったら、関西方面と北九州から支援を受けるまで、しばらくは立ち直れないだろう。
「横須賀からの参加は間に合わないかしらね?」
「せやな、船を動かすだけの油があらへん」
「はぁ、貧乏ってつらいわねぇ……」
「ハハハ!今に始まったことやないやろ!」
「これが終わったら、ウラジオやグアムでも攻めようかしら?」
「釣りがくるか怪しいもんやな?せいぜいカラフトにしとき」
ネリーと話し込んでいると、クガイが走って来た。
ああ、もう!また何か問題が起きたわね?!
私は頭の中で、今のタスクの進捗状況と優先度を並べはじめる。
しかし彼女から、どこから入電してきた通信なのかを聞いた瞬間、並べ終わりかけていたそれらはすべて片付けられ、一つのタスクが置かれた。
「全部のエンジンを回して、出発よ!」
「そうだ、4人分の座席はあけておいてね。片方はセントールだから……」
「5人分やな?」
「そう!」
・
・
・
よし、伝えられることは伝え終わったと思う……。
日防軍の広域無線機の置かれた机の前で、僕は椅子を傾ける。
通話機を無線機のフックに引っ掛け、電源を点けたまま机を離れた。
「中継器は止めた……『塔』つまりここの座標は送った、そして日防軍から脱出した二人の逃亡兵の救援は頼んだ……」
「僕らの仕事は、これでおしまいっ!」
「おつかれさまでっすね~?」
まだ細かい問題はたくさんあるけど、あとはガチガチの武闘派であるOZや衛兵隊が何とかしてくれる。
小回りの利く僕らは、かえってこういった真正面の戦いで流行ることが無い。
なのでこれでおしまいだ。
うん、そのはずだ。
まだ空をビュンビュン飛んでるデーモンたちは見ないことにする。
「すぐに地上にもどろう、ここだと巻き添えを――」
その時だった。
部屋の隅でバチッと何かが光ったかと思うと、僕は空気のハンマーで真横に吹き飛ばされてバーカウンターに背中から思いっきりぶつかって、視界が暗くなった。
すぐに気が付くが、その瞬間から、世界から音が消えていた。
耳鳴りと眩暈が凄くて立てない。
脈動と共に凄まじい痛みが走る。
手を頭にやると真っ赤に染まっていた。
ぼうっと空を見上げる。天井があった部分には、抜けるような青い空があった。
レストランの、屋根を含んだ上の部分が一気に吹き飛んでいた。
あごを引いて床を見ると、ガラスや金属の破片が隙間なく敷き詰められている。
首周りにあれと同じ細かい破片が入り込んだのか、身じろぎすると何かが擦れて、ジャリジャリして気持ちが悪い。
……そうだ、血を止めないと。脈動を感じる部分に穴が開いているはずだ。
RPKのストックに縛り付けてある止血帯を頭部に巻きつける。
すくなくとも頭が割れてないみたいで良かった。
ウララさんは?彼女は何処だ?
銃を杖代わりに立ちあがって彼女を探す。
そんな――
ウララは前の左足をもぎ取られて、床に横たわっていた。
カーペットの敷かれた床には、おびただしい量の血が広がって赤黒く染めている。
「ウララ……!」
足もとのガラスを踏むのも構わず近寄って傷を見る。
破片が横切って胴体を深く切り裂いて、白い肋骨が見えている。
彼女は完全に気を失っている。まずい……このままじゃ彼女が消える。
そうだ!スティム!
医科大学で拾ったアレは、未だ使ってないはずだ!
散らばったバッグをひっくり返して中身を全部出す。
ああ、荷物の管理は、最近は彼女に任せっきりだった。
何処だよ!クソッ!!
僕のバカ野郎!!
「――の、左前のポケット、でっす……」
そうか、軍用メディキットはすぐに出せるように、彼女が持っていたのか!
「今治療するから、しゃべり続けて!」
「はい、でっす……」
青色の薄いケースから簡易注射器を取り出して患部に注射する。
これはヒトベースの用量だから、セントールの体重だと、足りるかわからない。
漏れ出す体液を少しでも止めるために、僕は手持ちの止血帯を全部使う勢いで彼女の腹を巻く。間に合ってくれ――!
僕は手ごろな棒状の破片を使って捩じるようにして包帯を留める。
するとまたバチッと光る何かが視界の端に見え、すぐそばの展望台の床がえぐり取られていって、階下の構造が露わとなった。
ぎょっとして下を見ると、数階層に渡って無数の部屋やパイプの断面が見えた。
ここにきて、これをしたモノの正体に、僕はようやく気が付いた。
アトラスだ。海からこちらに近づいてくる巨大な空中戦艦が見えた。
アトラスはなんで「塔」に兵器を打ち込むんだ?この「塔」は、アガルタの目的に必要なんじゃないのか?!
何かないか?何かできるのものは……ッ!
僕はウララの
つるっとした黒塗りの表面を艶やかに光らせる、一体成型の板のような銃。
この場で頼りになるとは、おおよそ思えない見た目のそいつを。
――重力子ライフルだ。これなら届くか?
(出力を最低にすれば、銃として使えない事も無いわね)
最低でクレーンを引きちぎったこいつ。
これを……最大出力で撃ったらどうなる?
嫌な予感がするが、他にここでできることは無い。僕はグリップ底面のツマミを最大まで回した。
ライフルの銃床を肩に添えて、遠い、遠い、
アトラスを照準線の中心に捉えたまま、僕は引き金を引く。
引き金を引いた時に「カシッ」っという振動が、ストックに頬を当ててしている僕の頭蓋を通して届く。
――5秒、何も起きない。
――10秒くらいか?まだか?
――20秒、まだ……いや!
何かがおかしい、そうか、光が曲がっている。太陽が二つに見えてるんだ。
それに気づいた次の瞬間、タワーから離れた場所の地面が巻き上がっていった。
その不可視の力は
えぐれていった終端の力場は、思いっきりアトラスを殴りつけたようだった。
くしゃりと全面が潰れ、次にめこりと消えた。
鼻先をごっそりと失ったアトラスは、前のめりの姿勢でゆっくり地面へと近づいていく。墜落こそしなかったが、完全に航行不能に陥ってしまったように見えた。
搭載兵器を打ち込むのはやめたようだが、あれはドローンやVTOLの母機だ。
しばらくしたらそちらで攻撃を仕掛けてくるだろう。
「……ッ!」
気が緩んで、急に感覚が戻ってきた。耳鳴りの奥に抑え込まれていた音が、ようやく
「しばらく大丈夫そうかな?」
「フユさん――」
「大丈夫だよウララ、さあ安全な所へ……」
自分で言っておいて思うが、安全な所ってどこだ?
アトラスの攻撃を受けた展望台は、今にも崩壊しそうだ。
『―――!!』
『フユくん、聞こえる?今、そっちに――』
つけっぱなしにしておいた無線機から、少し懐かしく思える声が聞こえる。
ステラさんだ!
痛みを感じないはずの体に不自由さを感じながら通話機を取った。
「すみません、迎えを頼みます。二人ともボロボロです――」
いうだけ言って通話を切った。
しばらく後、僕は空を切り裂いて向かってくるVTOLを、助かったとか、よかったとか、そういった何の感情の起伏もなしに見つめていた。
ただ……また何かを間違えたんじゃないかという予感だけがあった。
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