第89話 デーモンとの戦い
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「チン」とベルの音が鳴ってエレベーターの扉が開いた。
中からは一体のセントールが現れる。いつも彼女の側にいるはずの彼はいない。
ウララは魂が消し飛んだような顔で展望台に立った。
彼が死んだ。フユが死んだ。私の目の前で――。
頭の奥がつーんとする。手が、指がしびれて、足に力が入らない。
喉の奥がカラカラだ。なんでもいいから叫びたいのをぐっとこらえる。
(……動かないといけないです)
ここに来たのを決めた時、こうなるかもしれないのは解っていた。
どちらがなってもおかしくなかった。
心が締め付けられて悲鳴をあげている。
それでも、ここに来た意味を果たさないといけない。
やるべきことをやろう。
悪い考えを追い出すように、深く、長く、息を吐いて、腹の中からすべての空気を追い出す。そうして自分を落ち着かせて、展望台の様子を見る。
窓のいくつかには、飛来物を防ぐためのジュラルミン製のシールドが降りていた。
真っ昼間にもかかわらず、展望台の中には影が出来ていて暗い。
いつもそばにいて、面倒をみてくれる彼は居ない。
いや、農場の時もそうだった。「あのひと」が居なくなったあの時に戻るだけだ。
ここからは全て、自分でやらなくては。
博物館で彼に預けられた刀を腰のバッグのベルトに差す。今の手持ちで一番まともな白兵用武器はこれしかない。
いこう、ここには通信を中継している装置があるはずだ。
きっと無線機もある。それを探して、イルマとの通信を確立しないと。
展望台の中は意外と広い。
フユが良くやっているように、まずは案内板を探す。
――あった。
フロアの案内板を端末で撮影して、どこに何があるのか確認する。
……ここは第一展望台と言う場所で、エレベーターの到着した場所も含めて、全部で5階層もあるのか。展望デッキ、レストラン、売店……。
あの人のつもりになって考えよう。
(……きっと一番上の、レストランのあるエリアじゃないですかねー?広いし、業務用電源は取れるし、水が使えますです)
それに天井は結構広くテラスになっている。VTOLが発着できるのであれば、すぐ荷物を運び入れられるところに置こうとするのが自然だ。
(よし、まずはここを目指すですね。地図を頭に入れないと)
やるべきことを見つけてそれを消化していると、しびれていた足も、手も、次第に力が戻ってきた。
それを自覚すると、目に熱を感じた。
ああ、我ながらなんてひどい女だ、もう忘れようとしている。
余計な考えを振り払って、影の中を探り探り進む。
きっと彼だったら、こんな湿っぽいままの私を望まない。
いけ、いくんだ。バカ女。
<カタンッ>
「誰でっす?」
返事はない。
私は暗闇の中の存在に銃を向ける。
そいつは背を曲げたままで、ゆっくりとこちらに向き直る。
その大きさはちょうど軽自動車くらいだった。
この存在をなんといえばいいのだろう。毛をむしられた戦闘用ニワトリ?
ひどく気味が悪い。
空を飛び回っていた奴と似ているが、両手に翼膜が無い。
腹は大きく膨れ、両足は筋肉質で、腕に相当する部分はZの形をしているが、指に当たる部分が無い。そして全身がつるっとしていて一本の毛も無かった。
頭はというと、頭蓋骨がむき出しになっている。
その頭についているクチバシは、骨というよりは、金属に近い質感をもっていた。
このツルハシのように鋭いクチバシが、こいつの武器なのだろうか?
ドリリングの安全装置は解除されている。
こいつの動きはのろい。即座に狙いをつけ、シリンジを打ちこむ。
音もなく飛んでいったシリンジは、即座にそのニワトリを打ち倒すが、そいつが
(コケコッコーっていう見た目をしてるのに、何々でっすかねこれ?)
キェェという猿叫を聞きつけたニワトリが奥から現れる。
ここはこいつらの巣なのか?
日防軍が養鶏場を営んでいたとは初耳だ。
ここは狭い。このままここで戦っていると追い込まれる。
さらに追い込まれる危険もあるが、エレベーターシャフトにスペースが喰われているここよりは、より広い上階に上がったほうが良い。
ドリリングの右銃身にシリンジを込めなおし、頭の中の地図を頼りに走る。
足場さえよければ、セントールの脚力なら十分振り切れる。
走りながら体を捻って後向きに撃つ。背骨と骨盤が一対のヒトベースの体にはできない芸当だ。セントールの強みはこれといってもいい。
確かこれをしたのは、フユと初めて仕事をしたとき――
そう、彼がベヒモスと名付けたなれ果てと戦った時だ。
(2体、3体、4体、5体。まだ来るですか)
フロアを隔てるドアを、重量に任せて体当たりでぶち破って、5階のレストランまで一気に駆け上がる。追いすがるニワトリたちは、途中参加したものを足して、ついには10体を越えた。
展望デッキを抜け、レストランの入り口らしき、ワインレッドの両開きのドアを肩でぶち破って中に入る。よし、ここなら連中を相手するのに十分な広さだ。
戦いの決意と共に、私はドリリングの薬室にシリンジを込めた。
★★★
傾いたエレベーターから落ちて、空に放りだされた瞬間のことは、「あっ」としか思わなかった。そこからの時間は異様に長く感じられた。
落ちていきながら手と足をめちゃめちゃに振りまわす。
その時だった。そのまま数秒で地面に激突し、ぺちゃんこになるはずの哀れな僕を狙うものがいた。
こいつの事は仮に「デーモン」とでもしておこう。実際、それ以外の適切な名前はこの存在に対して思いつかない。
奴は猛禽のように足の鉤爪を前にしてこちらに真っ直ぐ向かってきた。
ちょうどいいエサと思ってさらいに来たのかもしれない。
反射的にモノリス刀を抜いた僕は、僕を捉えようと振り下ろされた足に逆手に持った刃を振り下ろした。すると、丁度それが、奴の足の甲に突き刺さる形になった。
近くで見るデーモンは予想以上にデカイ。
何といっても今モノリス刀で貫いた四本指の足は、僕の上半身くらいある。全身の大きさは、直立したら家一軒をかるく超えてしまうくらいの大きさなんじゃないか?
重さもすごいだろうに、なんでこれが飛べるんだろう。
硬質な鱗を持ち、蹴爪のある持つ足に突き立ったモノリス刀は、デーモンの筋肉に挟まれてがっちりと固定される。これ幸いと右手でしっかりとそれを抑えたまま、僕は
デーモンは思いもよらない乗客に慌てたのか、しばし混乱したように上下したが、一体何を思ったか、一気に上昇すると、展望台の屋根の上まで上がってきた。
こいつが出会い頭でタクシーをしてくれる善人には見えない。
一瞬
展望台の屋上には、テーブルやらなんやらがひっくり返っていて、大量の動物や何かの残骸が転がっている。つまりここは奴らの食堂だ。
展望台の縁や屋根にエモノを叩きつけて、骨を砕いて動けなくしてから、その肉を食おうとしているのだ。息をつく暇もないとはこのことだな。
下手に飛び降りたとしても、全身をバキバキに折りそうだなと思っていたら、デーモンが意を決したようで、翼を広げて滑空を始めた。どうやら急降下して、屋上の
見ると白いレールにいくつもの赤い染みがある。どうやら僕の他にも、犠牲になった者がいたようだ。
両手に力を込めて、
期待した「ドカン」という衝撃がなかったためか、デーモンは虚をつかれたようになって、屋上の上で動きを緩めた。
僕はその瞬間を狙ったわけではないが、好機とみてアルパカの引き金を引いた。40発以上の弾丸が、ゼロ距離でやつに撃ち込まれる。
焼夷弾によって炎を噴きあげたデーモンは、真っ逆さまに落ちる。
僕は身体をよじって、奴の上になる、さあ!お先にどうぞ!
デーモンは天井にぶつかると、その重みで天板を突き破って階下に落ちていった。
バリバリと音を立て、大小色取り取りの床材や天井材のタイルを散らしながら、階下のレストランの床まで落ちる。
落ちる瞬間、何かが動いてるのが見えた。
刹那、ドスリと落ちたデーモンは、下に居た、たくさんの何かを押しつぶす。
うわッと思って、僕はそれを見た。
……毛のないニワトリ?!なんだコレ?
いや、それよりも!!
顔をあげた僕は、レストランの外周を走っていたウララを視界に認めると、彼女に向かって声を飛ばす。
「――ッ! ウララ、クレイモアをっ!!」
「あっ!!えっ?!はいでっす!!」
彼女はワタワタとしながらもスイッチを握りしめると、床に置いた指向性地雷に点火する。地雷は2000個の鉄球をばらまいて、デーモンとニワトリの体をさんざんに引きちぎった。
後は動き出す前にシリンジを打ちこんで……。
「ウララさん?」
「なんでもないでっす!!」
僕はカクカクとぎこちないウララさんに、なにかあったのかと思って問いかけたが、プイッと顔をそらされてしまった。
うん……?
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