第88話 天上の世界へ

 バタバタとローターの音が近づいてくるのが聞こえる。

 外で出会ったVTOLだな……なかなかしつこいな。


 中に入っているぼくらには、ローターの音はひどく遠いものに聞こえる。

 鉄骨を覆ったなれ果ての体のせいで、音が遮られているためだ。


 日光は白いなれ果ての体をすり抜け、鉄骨だけが完全に日の光を遮っている格好になっている。スカイタワーの上を見上げると、それがみえるのだが、これまで見たことが無いほど光景に、僕はそれを素直に美しいと感じた。


「こういうのも変ですけど、奇麗でっすね……」


「……うん。すごい、光がきれいだ」


 こんな時なのに二人して上をしばらく眺めていた。


 なれ果ての体が白いためか、通り過ぎる太陽の光はその白色に反射して、幾筋もの力強い光の線が塔の中に舞い降りている。陳腐な物言いだがまるで神話の世界だ。


「あれが展望台かな?」


 僕の視線の先にあるのは、光の氾濫の中で黒い点になっている存在。

 展望台の底面だ。地上から伸びたエレベーターシャフトが繋がっているのが見える


「地上階にエレベーターがあるはずだから、使えるのを探そう」


「はいでっす、日防軍の人たちが来てるなら、修理してるかもです!」


「あっそうか!そうなってるといいなあ……」


 地上階に入っては見たが、特に光みたいな声はない。

 わずかに上空から聞き取れない何かが「見える」が、きっと悪魔みたいな見た目の連中が発している物だろう。


 ……いやほんとに索敵に便利だな、この感覚。


「クリア、かな?」


「でっすね?」


 僕は目の高さに構えていたアサルトガンを腰だめにおろした。


 一階は特に何もなかった。空っぽな印象で、清潔な壁と床が帰って違和感を感じさせる。ずいぶん長いこと閉鎖されていたみたいだ。


 天井の幾何学模様を作っているはりも無事だし、床のグレーのパネルにも、泥ひとつない。今時こんな無事な建物は珍しい。

 これだけ大きければ特に。


 一階のフロア中央には巨大な円柱があり、放射状に何基ものエレベーターが設置されていた。さっそく適当に選んでドア横の呼び出しボタンをカチカチと押してみるが、何も反応はない。気まぐれでいいから、点いてくれない?……ダメかぁ。


 電気は落ちてるか。なれ果てたちの節電意識が高すぎて泣けてくるね。


「エレベーターの電気は落ちてるみたいだ。どうするかな」


 うーんとウララさんと二人して考え込む。


「発電施設は多分どこかにあると思うけど……」


「VTOLで補給してるなら、きっと展望台に置いてるでっすよね?」


「だよねぇ……外にあるとしても……」


 またバタバタとローターの音が近くなってきた。んもう!


 発電施設がどこにあるか、ここからだとさっぱりわからないし、下手に外に出るとVTOLに撃たれるしなぁ……。


「フユさん、ちょっといいでっすか?」


「うん?」


「パワーアーマーって電気で動いてるでっすよね?エレベーターを動かすのに使えないでっすかね?」


「なるほど、できるかも!」


 ナイスアイデアだ。たしかにパワーアーマーはかなり強力な電源を持っている。

 アーマーとエレベーターのパネルを直結すれば、エレベーターを展望台まで動かすのには十分だろう。


「でも……電気の扱いが」

 いや、いる。一人だけこの状況を何とかできる者が――

 電気工事士がいる!!!!


「ふっふーん!このウララを連れてきて、フユさんは大正解でっすね!!」


「専門家ヤッター!!」


 二人してぱんっと人の字になって手を合わせる。

 ウララさんを連れてきていなかったら、本気でここで手詰まりだったな。


 僕はアーマーを降りると、RPKアルパカに装備を換装する。

 うん、自由に動けるって素晴らしいな。


 装甲服を着ている間、ウララさんはパネルを外して、パワーアーマーの背部にあるジェネレーターからコードを引っ張って、電源に直結している。


 僕がすべての装備を装着し終えるところで、エレベーターのひとつにパワーが戻っていた。エレベーターの上にあるランプが光り、ゆっくりと扉が開く。

 

「さっすがウララさん!」


「ふっふーん!褒め称えるですよ!」


 あとは途中で止まらないのを祈るだけだな。

 僕らは装備を確認する。


「あの悪魔みたいなやつがどういう風に仕掛けてくるかわからないけど、散弾や曳光弾はすぐ取れるところに出しておこう」


「対人地雷、クレイモアを大きなショットガンみたいに空に向けて使うのって、できないでっすか?」


「なるほど……面白いかも?でも設置場所が……」


 ウララさんはポンポンと胸甲を叩く。えぇー、そこはまずくなぁい?


「もう!ロボットじゃないんだから、さすがに爆発物を体に巻くのはNG!!」


「うーん、だめでっすかー。」


 大量に背中のバッグに爆発物を持ち歩かせといてなんだけど、流石にそれは危ない。でもアイデアとしては良い気がするな。


「使うかどうかは置いておいて、アイデアとしては採用かな?クレイモアは通電させた状態でもっていこう」


「はいです!」


 僕らは装備のチェックを終えると、展望台に向かうため、エレベーターに乗り込んで、上へと昇っていく。ここで予想外の事が起きた。


 当時、このスカイタワーは観光地としての需要があったのだろう。

 エレベーターは素晴らしく見晴らしが良い。


 そう、エレベーターも、シャフトもガラス張りで、外からお見通しなのだ。


「しまったな……丸見えじゃないか」


「使い捨てのロケットは2発あるでっすけど、用意するです?」


「うん、どうやら向こうも気づいたみたいだ」


 バタバタというローターの音が近づいてくる。

 エレベーターが展望台に上るまでのわずかな時間を狙ってきたか!


「エンゲージ!!」


「はいでっす!」


 VTOLは真っ直ぐこちらに向かって掃射を始めた。


 機銃から放たれる曳光弾の列は、下から上へ、斜めに切り上げるようにしてエレベーターシャフトに向かっていく。まだまだ狙いが低い。


 落ち着けフユ、この掃射は大丈夫なやつだ。

 これが線から点になったときがヤバイ。


 僕はRPKをVTOLに向かって打ちまくる。

 これで撃墜できるとは思っていない。射撃姿勢を取らせないのが目的だ。


「リロード!」


「ドリリングで撃ちまっす!」


 僕の装填の間にウララがVTOLに向かって徹甲弾を放つ。

 今この場で一番貫徹力のある装備は、ウララの持つドリリングだけだ。


 オレンジ色の筋は少し弧を描いて、VTOLの上を飛んでいった。


 エレベーターの移動とVTOL、相対速度があるので、当てるのは至難の業だ。

 僕のアルパカの弾もまるで当たらない。


 なので奴は当然、もっと確実な行動をとった。

 エレベーターシャフトの終点、展望台とシャフトの継ぎ目を狙いだした。

 つまり奴は、僕らを地面に落とすつもりなのだ。


「クソ!このままだとエレベーターが持たない!!」


「フユさん、ロケットです!!」

「ありがとう!!」


 僕はウララから手渡された対戦車ロケットのチューブを引き出し、ロケットの点火器を接続して、弾を発射可能な状態にする。


 こういったロケットは後方に発射炎と爆風を吹き出すので、絶対にエレベーターのような狭い空間で使うようなものでは無い。

 だがここで何もしなかったら、間違いなくやられる。


 ……ならやるしかない!


 展望台に近づくにつれ、光のような声も大きくなってきた。


(――ガルタ!)

(貴方は私たちの運命です)

(そして私たちは同じ光に導かれた兄弟です!)

(私たちは貴方の為に死ぬでしょう)


 みると既にVTOLとエレベーターの周りに、白い悪魔のような「なれ果て」が集まってきていた。この騒ぎを聞きつけてきたのか?


 今忙しいんだ!!少し黙っててくれ!!


 鉄で作られた簡素な照準をVTOLに重ね、トリガーの前にあるつまみを跳ね上げ、安全装置を解除して、思いっきりトリガーを握りしめるようにして押し込む。


 瞬間、周囲の空気が爆風で叩かれ、頬がカッと熱くなる。

 肩に担いでいた筒から重量が消え去り、中身が飛んでいったのがわかった。


 必死にそれを目で追うが、僕に見えたものはオレンジ色の光のみだ。

 光は驚くほど真っ直ぐVTOLに吸い込まれていって、左の翼の根元を千切る。


 回転するエンジンとローターが付いたままの千切れた翼は、くるくると回りながらVTOLよりも先に落ちる。バランスを崩したVTOLはしばらく堪えるようにしていたが、先に落ちた翼の後を追うように、らせんを描いて地面へと落ちていった。


 数拍置いて、VTOLは地上に激突して、映画で見る様な派手な爆炎をあげた。


 ――ふう、うまくいって良かった。


 気を抜いたその時だった。エレベーターがVTOLの射撃で出来たシャフトの破片に引っかかって大きく傾く。


 不幸にもエレベーターが傾いた先には僕がアルパカの射撃で作った穴がある。

 ウララさんはそばにある金属製のポールにしがみついたが、僕は気を抜いていた為にこれに反応できなくって、ずるっと空に落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る