第87話 東京スカイタワーへ

 国立博物館の安全を確保した僕らは、リンさんとカトー君を施設の中に入れた。

 少なくともここなら外にいるよりは安全だろう。


 あとはイルマとの連絡の確保だ。

 そうすれば後続の衛兵隊がここまで来て、彼らを回収してくれるはずだ。


 僕は一度パワーアーマーを脱いで、休憩することにした。

 ずっと着っぱなしで、さすがに喉が渇いた。


 僕がパワーアーマーからでると、カトー君は水でもぶっかけられたような表情で固まっていた。ああ、そうか。


「これはパワーアーマーですよ、ロボットじゃないです」


「そんなのしってるよ!いや、そうじゃなくって、フユって見た目、俺と変わんない年じゃん!」


 ちょっとむっとした。


 すると、大声を出したカトー君の後頭部を、リンさんが「パンッ」っといい音をさせてひっぱたいた。「何を言ってるんだお前はっ」とまで言われて叱られている。


「すまん、こいつはアホなんだ。」


「リン!だって、なんで俺と変わんないのにこんな扱いが――」


「頼むから黙っててくれ」


 リンさんに耳を引っ張られて、カトー君は無理やりに座らせられた。

 

「失礼した。日防軍はその……違う意味で世間知らずと言うか」


「いえ、確かに僕の見た目は幼いですから」


 実際、僕は生まれてから2年くらい?だから本当に幼いんだけどね。


 廃墟で死と隣り合わせのスパルタ教育を受け、半死半生の毎日を送ったおかげで、戦闘員としては老練な部類には入っているけど、実際のぼくの見た目は幼いし、年もそんなに経ってはいない。


 あんまり偉そうなことを言われたくないという気持ちはわかる。

 でもそれは銃を持っている相手にいう事じゃない。


 僕はウララから水筒を受け取ると、塩素臭い水に口をつけ、糖分とミネラルの混合された錠剤をバリバリとかみ砕いて、簡単に栄養補給をすませた。


 うーん、ディストピア飯って感じが凄い。

 緊急食としてはひたすらに軽くて良いんだけどさ。


「おいしくないでっすね!!!!」


「うーん!まずい!!もう喰いたくない!!」


 この塩味しかないタブレットと塩素水。

 ヒトの兵士に数週間配ったら、士気が下がるどころか、反乱間違いなしだな。


「僕らはこれから東京スカイタワーに行きます。もし成功すれば帰ってきますけど、そうでなかったら、後続の衛兵隊の到着まで待ってください」


「僕らの名を出せば、きっと回収してイルマまで連れ帰ってくれると思いますので」


「……わかった、幸運を祈る。そうだ、これを」


 リンさんが僕に渡したのは、二組のパッチだ。

 袖とかにつける奴だが、ちょっと分厚い。なんだろう?


「これにはIFF、つまり敵味方を識別する反射板になっている。これをその……まだ彼らが使っているかどうかはわからないが、何かの役に立てばと思って」


 敵味方識別に使うパッチか、なるほど……。


「なるほどでっす!これを着けていると、自動兵器のカメラには、私とフユさんが、日防軍の人に見えるって事ですね~?」


「そういうことだ」


「ありがとうございます。なにかの役に立つかもしれませんね」


「私たちができるのはこれぐらいだ。あの白い連中に聞くかどうかはわからない。……お守り程度に考えてくれ」


「それじゃ、行ってきます」

「いってくるでっす~!」


「ああ、無事で」


 リンさんやカトー君と別れ、僕たちは国立博物館を後にした。

 そして目指すはスミダ川を越えた先にある、「東京スカイタワー」だ。


「スカイタワーはスミダ川を越えた先だけど、問題はその地域は湿地帯に還っていてだいぶ地形が悪いみたいなんだよね」


「どうしてそんなことになっちゃったですか?」


「ここより土地が低い場所だから、川の水が全部そっちに流れ込んじゃうみたいなんだよね」


「なるほどでっす!」


 スカイタワーが建てられたスミダ区は、いわゆる「下町」という区域だ。

 下町とはそのままの意味で、僕らが今いる場所「山の手」地域と比べて、その高さが低いという地形的特徴があるのだ。


 つまりどういうことか?

 水は高いところから低いところに流れる。


 上流から流れてきた水は水だけなく泥や砂も運ぶ。


 そうなると次第に川底が埋まってきて、水があふれてくる。

 当然、季節的な大雨や台風がくると、川は氾濫する。


 川からあふれた濁流は泥を運び、街をぬかるみだらけにしてしまう。

 次の年はそれがさらに広がる。

 そういったことを数十年繰り返すとどうなるか?


 泥と水に、灌木と草のオーケストラ。

 見事な湿地帯の完成だ。


 目の前に広がる光景に僕は息をのんだ。


 ここまでむき出しの自然をみたのは初めてかもしれない。

 あの「灰の森」のような異常性はまったくない。


 スミダ川を通っていた橋は全て押し流されてしまっているが、特に問題は無い。

 上流から押し流されてきた泥の為に、新しい地面ができているからだ。


 湿地帯に生えた草は、毎年の氾濫で流され、大地に折り重なることが何度も繰り返された結果、湿地帯の地面は固い泥炭地になっている。


 パワーアーマーで沼地を歩くと、すねの中ほどまでが泥に埋まるが、何とか進める。最悪脱ぎ棄てて進むことを強いられるかと思ったが……。


「ぐちゃどろで気持ち悪いでっす!!」


「通り抜けたら水場を探すからごめん、我慢して!!」


 一番ワリを食ったのは、生身のウララさんだった。本当に申し訳ない。

 ぷりぷり怒るウララさんをなだめながら先を急ぐ。


 氾濫が続いているせいか、スミダ区の建物はほとんどが沈んでいるな。

 これは思ったよりも苦労しそうだぞ。


 だがそのおかげでスカイタワーの様子がよくわかる。

 「元」スミダ川を超えたあたりで、ようやくその全貌が見えた。


 三角形の構造体が組み合わさってできた、灰色の金属の『塔』。

 その基部は白いなれ果てによって、完全に覆われていた。


 成れ果てによって白く染め上げられた部分は、スカイタワーの展望塔までは達していないようだが、それでも全体の半分以上を覆っている。


 こうしてみると、なにやら凄まじいことになっているな。

 あれがすべて元ヒトで出来ているとは、なんともたちの悪い冗談だ。


「スカイタワー、もう半分は喰われちゃってるね」


「……でっすね?お薬足りますですかねー?」


「わからない……けど、見た感じだと、まだ絶賛建築中って感じだね」


「いまのうちならなんとかできるでっすかね?」


「たぶんね?アレが巨大な『なれ果て』なら、今の時点でもまとめて吹き飛ばしてしまうと、何かしらの奇現象が発生するんだろうね……」


「ステラさんに連絡を取って、今のうちにお薬をブシャーってしてもらうですよ!」


「うん、行こう」


 あれをひと目でも見て、「一体何を?」「なんの為に?」そんな疑問が口を突いて出ない者はいないだろう。


 しかし僕はアレに何か意味を見出すことはしないことにした。

 あまりにも理解不能だ。


 もし世界のありとあらゆる「モノ」に、その「モノ」をあらわす「言葉」にふさわしい本当の「ナニカ」が存在していると考えるのは、早まった考えだと思うからだ。


 「言葉」とつながる「本当の存在」があるならば、世界に無意味は存在しないはずだからだ。

 

 空に浮かぶ雲が描く筋、パワーアーマーが偶然壁をひっかいてできた傷、それらすべてに本当の存在としての意味があるのであることになる。


 あれは「無意味」だ。少なくとも今の段階では。

 だから大丈夫、あれは壊して、殺して大丈夫なものだ。


 さらにスカイタワーに近づくため、川の跡にできた泥濘でいねいを越えていっている僕たちの耳に、聞き慣れた音が入ってきた。


 バタバタという空気を叩くローターの回転音。

 アトラスに搭載されているVTOLだ!!


「不味い、ここは隠れる場所がない!」


「どうするでっす?!」


 灌木や草で覆われているとはいえ、上空からは丸見えだ。

 VTOLはさっそく僕らを補足したのか、速度を落としてこちらに向き直る。


 あれが自動兵器なら、リンさんからもらった敵味方識別機能の付いたパッチが効くはずだが、どうだ……?


 VTOLの機首下部にあるセンサー類がチカチカと光った刹那、ぶら下がっている機銃にが入ったのが解った。クソッ!入りか!!


 さきほどまで力なく下を向いていた機銃は、くっと首を上げるようにしてこちらを向き、銃口の黒い点を見せる。


「ヒートスモーク!!」


「はいでっす!!」


 ウララと僕とでショートバーストの煙幕を展開する。

 これは今まで僕らが使っていたのとは違う、衛兵隊仕様の良いヤツだ。


 この煙幕は通常の物とは違い、50度に過熱して空間に留まるため、航空機が装備している赤外線センサーや誘導弾の追尾をごまかせる。


「よし、展開完了!自分から音を立ててるVTOLなら、音センサーは持ってないはずだから逃げ切れるはずだ!」


 ガスマスクをかぶったウララの肩を叩いて逃げる方向を指示する。

 連中に逃げ場のない場所に追い込まれているようでしゃくだが、このまま目的地のタワーに真っ直ぐ向かおう。


 上空のVTOLは適当に制圧射撃しているが、いまのところは全く見当はずれの方向を撃っている。よし、このままずらかろう。


 そのうち諦めてどこかにいくかもしれないが、それを待ってはいられない。

 煙幕を介してビルからビルの影へ渡って、タワーの根元まで僕らは逃げ込んだ。


 当然根元はすっかり白いなれ果てで覆われているが、いくつか薄い部分もある。


 スカイタワーのすべてを均等に覆ってしまうと重すぎるからか、「白いなれ果て」はアーチを作って重さを分散させている。


 すごいな……これをつくれって言われても僕にはできないぞ?

 どうやら連中の中には立派な建築家がいるようだ。


 薄い部分にシリンジを打ちこむと、崩壊部分が丸く広がって通れるようになった。

 中に入ると、内部はまるて虫や鳥の巣のようだった。フラクタル状というのか、小さい格子状の構造が、そのまま大きくなって広がったような構造になっている。


「フユさん、ここってなんか、造兵工廠のあそこ、中枢にも似てないでっす?」


「そういえば、何か教会みたいな感じだね。このアーチ」


 ウララさんの言う通り、細い柱が連なっていて、一階はまるで教会のようだ。

 確かに造兵工廠の中枢の雰囲気にも似てるかもしれないと思った。


「アトラスから来てる定期便から逃げるために入るのは予想外だったけど、何とかたどり着けたね」


「でっす!あとはここの通信施設を使って、イルマと連絡を取るでっすね!」


「うん、それで後はステラさんやオズマさんが協力して収めてくれるはずだ」


 そうだ。OZの『富士』によってアトラスを撃墜して、ステラさんをはじめとした衛兵隊を都心部に突入させる。彼らが国立博物館を拠点に、都心部で活動できるようになれば、一気にこちらのペースだ。


 よし、そこまでを僕らの目標にしよう。

 ようやく僕らの旅も終わりが見えてきた気がする。


 もうすこしだ。

 きっと、もう少しで終わる。

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