第86話 国立博物館へ

 リンさんを背に乗せたウララを後方に回し、矢じりのようなフォーメーションを取った僕らは、先を急いだ。


 人数が二人増えた分、警戒が楽になったために歩みは早い。そのぶん、何者かに見られる危険性も上がっているが。


 僕は先行して進む。この通りに入ってから、建物の様子が少し変わった。

 野暮ったいコンクリートの塀は姿を消し、赤いレンガで作られた、オシャレだが古めかしい塀が並んでいる。


 きっとこの辺りには学校や図書館といった公共の建物が建っていたのだろう。


「この通りに入れば、国立博物館はすぐだ」


 白い小さな石造りの建物が見えた。

 ぽつんと立っているその建物は、見るからに異質だった。

 壁は四角い石を積まれて出来ていて、屋根と壁の継ぎ目の部分には複雑な装飾が施されている。そしてその屋根は段々をしたピラミッドのようになっていて、これまでに見たどの建物とも共通性が見いだせない。


「わ!ゲームに出てくる神殿みたいでっすね!」


 ウララの発した言葉がこの建物の印象を端的に表している。

 確かに壁には神殿っぽい、大理石の丸い柱が立っている。


「あれは、博物館動物園駅だな」


「あの見た目で駅なんですか?変なもの作るなあ……」


「地下鉄の駅だったんだが、戦前からもうずいぶん長い事使われていないはずだ」


「地下鉄……どこまで繋がってるんですか?」


「上野公園の方だな、本線は千葉の方だから、線路をたどっていけば首都圏の外に出れるぞ。海水や瓦礫で埋まってなければの話だがな」


「なるほど……」


「ここからなら、お外に出られるでっす?」


「保証はできないが、この辺は標高が高いから水没している危険はない」


「だがここから南、タイトウ区やスミダ区は標高が低いのが災いして、完全に湿地帯に還っている。あちらの地下鉄は絶望的だな」


「正々堂々、陸路で行かないとっていう事ですね」


「ああ、そういうことだ。」


 さらに進むと、左手に焼け落ちたお寺、右側には公園が広がっていた。


 公園の土がむき出しになっている部分には、人が入れそうなジグザグの溝が掘られて、水が溜まっていた。なるほど、塹壕を掘ったのか。


 その周囲には、ひっくり返って泥色になったコンテナや、破れて中身の出ている土嚢が無数に転がっている。ここでも戦闘があったのだろうか?


「戦争当時、ここには防空戦闘を担当する部隊が配置されていたそうだから、きっとその名残だな」


「へぇ、歴史を感じますね」


 砲弾が直撃したのか、塹壕には崩壊しているものが目立つ。


 塹壕と重砲の弾が協力して出来た浅い池には、丸い葉っぱを水面に浮かせた水草が白い花を咲かせているのが見えた。


 その上を薄黄色をした蝶やトンボが飛び回っているのを見ると、なんだかこんなアーマーを着て、重機関銃をぶら下げているのがバカらしく思えるな。


「フユ君、いこう、博物館はこの先すぐだ」


「はい」


 少し進むと、はっと視界が開けた。


 かなり大きな広場だ。VTOLが並んで駐機できそうなくらいに広い。

 しかし色々と散らかってるな。中身を取り出されたきり、放置されたコンテナの山と、破壊された簡易通信塔が見える。おそらく当時の日防軍が残したゴミか。


 左手には大きな建物が見える。あれが国立博物館だな。


 屋根は薄いオレンジ色で、和風、というよりはアジア風の瓦屋根になっている。

 砲撃か爆撃を受けたのか、こちらから見て右側の建物は大きく崩壊しているが、幸いにして中央と左側はまるまる残っている。


「よし、正面の建物を確保しよう。僕が先頭に立つから、リンさんとカトー君はここに残して、僕らが突入して安全を確保しましょう」


「すまない、よろしく頼む」


「俺もいけるよ!」


「ダメだ。カトー君、誰がリンさんを守るんだ」


 僕は勇み足気味なカトー君の言葉をぴしゃりときった。


「う……」


「ここで退路を確保するのも大事な仕事でっす!」


「うん、ウララさんの言う通りだ。すぐに動けるようにしてて」


「……わかったよ」


 カトー君には不服そうな色が見えるが、これはしょうがない。

 彼はマトモな装備と経験を持っていない。


 いや、比較的安全なこの場で経験をつませるのも、アリと言えばアリか……?

 ――だめだ、リンさんを一人にしてはそのまま置いていけない。


 考えを断ち切って集中する方向を変える。


 ……。


 ここに立っている感じでは、まだ白いなれ果ての気配は感じられない。

 博物館は本当に安全な場所なのかもしれないな。 


「正面から突入しよう。安全を確認したら戻って二人を回収。」


「了解でっす!」


 お互いに側面を見ながら、背後はウララに任せ、僕は正面玄関に突入する。


 国立博物館を入ると、正面には大きな階段が見える。

 とくに妙なところは無いな。


 施設に入っても特に光のような声は聞こえない。


「フユさん、崩壊してる右ウィングを見ません?不発弾が無いか、ちゃんとみないと危ないでっす」


「ああ、それは確かにそうだね。よし右側を確認しよう」


 僕らは博物館のこちらから見て右側に回ると、そちらは完全に崩れ落ちて崩壊していた。大理石の壁はなにか大小の大きさの差こそあれ、同じような傷がついている。


 弾丸を受けたような跡。この建物を崩したのは単発の榴弾か何かだな。

 クラスター弾なら、もっと無数の焦げ跡が残る。特に不発弾の心配はなさそうだ。


 戻る僕にウララが何かを見つけたようで、ぱっと何かを伝えたそうな明るい顔を見せている。本当に彼女の表情は解りやすいな。


「フユさん!すごいのがあったですよ!」


 彼女の後についていくと、なるほど……確かに凄いものがあった。


 鞘に納められた刀だ。それも本物の!


 これがどういうモノかは僕にはよくわからないが、絶対にとんでもなく貴重な品だよなぁ……これを持って帰って良いものだろうか?


 ウララさんは期待のまなざしでこちらを見ている。

 盗むわけじゃない、保護するだけだと言い聞かせて刀を取る。


 スラッと抜くと、本物の刀身が僕の目の前に現れる。


 長年放置されていたにもかかわらず、驚くほどキレイだ。

 表面には薄く油が塗られているのか、水が張ったような質感がある。


 まるで水につけて、そこから今抜き出したばかりのような見た目だ。ただの鉄の塊にすぎないが、これを僕はとても美しいと感じた。


「キレイでっすね」


「うん……でもこれは使えないな~」


「えぇー?!」


「だって……もったいなさ過ぎるよ。これはステラさんに預けよう」


 僕は刀を静かに鞘に納めた。きっとこの刀はいろんな人の思いを受けて、これまで戦災や災害を生き延びてきた逸品だ。僕が戦いに使って良いもんじゃない。


 これはイルマに持って帰って、ステラさんに預けよう。きっとそれがいい。


 僕は展示物の下にあった布を裂いて、刀が抜けないように柔らかく縛ってウララさんに刀を押し付けた。


「良いんでっすか?」


「うん、パワーアーマーの僕が持ってると、ふとした弾みで潰しそうだもの」


「なるほどでっす!」


 他に何かないか、二階に上ってみると、建物が崩壊したその先に、スカイタワーの上部構造物が見えた。なるほど、あれがそうか。


「フユさん、きっとあれがスカイタワーでっすね!写真そのままでっす!」


「間違いないね、ちょっとスコープで見てみよう」


「あ~!ズルイでっす!次は私でっすからね?!」


 スコープの倍率を上げて、タワーを確認してみる。みたところとくに表面に異常はないように見えるが、根元の方がどうなってるかまではわからない。


 しかし何か鳥が多いな?

 僕は飛び回るそれが気になって、スコープの倍率を上げた。


 ……いや、鳥じゃない!あれは白いなれ果てだ!


 大きな翼を広げた人型の飛行生物、まるでなにかのファンタジー作品に出てきそうな、悪魔の見た目そのままだ。なんかあんなのが出てくるゲームがあったな、なんだっけ魔族村とかそんなの。


 とても嫌なものを見たな……。

 だけどあんなのが無数にいるなら、『塔』はスカイタワーでほぼ決まりだな。


「ウララさん、これ」


 僕は取り外したスコープを彼女に渡す。


 ウララさんは「デーモン閣下さんがいっぱいです~!」なんていっているが、ほんとにアレどうしようかねぇ。


 ともかく僕らはようやくタワーの前に立った。

 ここで外の世界と連絡を取れるかどうか、それがこの戦いの行く末を決める。


 でなければ、何もかもが人知れず終わるだけだ。

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