第83話 「塔」

「ウララさん、ここを発つ前に使えそうなものを探して持って行こう」


「でっすね!反対側の方を見てくるですよ~」


「うん、お願いするよ」


 僕は衛兵隊が作った拠点を出る前に、この場所をあらためて調べることにした。

 昨日はドタバタしていて、詳しく調べるどころじゃなかったからね。


 探すものは弾薬や消耗品の類だ。拠点としてるなら、きっとどこかにあるはずだから、見つけたらありがたく補充させてもらおう。


 僕はまず弾薬を探すことにした。


 さて……僕が衛兵隊の補給担当者、主計官ならどこに置くだろうか?


 当然のことながら、手榴弾や弾薬は湿気で劣化する。

 寒暖差による劣化もさけたい。となると日の当たらない、雨を避けられる場所。


 まず一階の部屋は論外だ。


 一階は動物が出入りするかもしれないし、記録的な大雨で床上浸水なんてことになったら大変だ。なんせここには来年の冬になるまで、誰も来ないのだから。


 現に一階部分のすみっこは泥や枯れ葉が詰まっている。

 プロの補給屋ともあろうものが、そんな汚損しやすい場所に、コンテナに詰められてるとはいえ、物資を無防備に置くとはとても思えない。


 同じ理由で3階もNGだ。屋根から水が漏れてくる可能性を考えないはずが無い。

 どこかの誰かが気まぐれにぶっ放した迫撃砲弾が降って来る可能性がある。


 なので僕らがキャンプを張っている2階、ここに物資を備蓄している可能性が高い。現に飲料水やレーションが入っていたコンテナはここで見つけた。


 ふーむ……弾薬はどこに置くだろうな?

 恐らく一番良い場所、保護される場所に置いているに違いない。


 僕が補給を担当する責任者ならそうする。


 まず階段近くの部屋は、候補から真っ先に外す。階段の近くだと、屋上から流れてきた水が流れ込んできて、浸水する可能性があるからだ。


 階段からできるだけ遠くへ、そして日光、西日を避けられる場所となると……そうだな、医療センターの影になる場所がいい。


 僕は条件の揃っている2階の病室に向ってみた。

 いくつかロックのかかっている部屋があったが、この部屋もそうか。


 しかし扉は3点ロックで他の部屋より厳重に閉ざされている。

 これはビンゴかもしれない。


 しかし、しまったな、こじ開けにつかう、適切な道具がない。

 扉の形状はただの引き戸だから、こじ開けるのは楽そうなんだけど……。


 カイさんが酉武遊園地で扉をこじ開けるのに使っていた、バールみたいな斧を買おうって思ってたのに、すっかり忘れていた。


 ない物はしょうがない。まずはなにか罠がないか探るか。

 こういうのは大胆かつ繊細にいこう。


 さすがに武器弾薬を備蓄している場所に、爆発物は仕掛けないだろう。


 ここに仕掛けるとしたらせいぜい、ドアを開けるとようこそ!って引き金が引かれる、ショットガンくらいだとおもう。それをするならワイヤーやバネを使うはずだ。

 

 まずは戸を叩いて音を探る。次に揺らすが、不自然な抵抗や音圧は無い、ワイヤーやバネで細工してればこれで分かる。とくに何も仕掛けてなさそうだ。


 よし、モノリス刀でこじ開けを試してみるか。


 それでダメなら、ウララとの初仕事で金庫をこじ開けるのに使った、例の湿布で鍵穴をドロドロにしてこそぎ取るしかないな。


 そうしてモノリス刀を差し込もうとしたとき、僕の持つ衛兵隊の端末が反応した。

 画面には「ロックデバイスを検出」とある。これはまさか……?


「もしかしてこの端末でロック解除できるのかな?」


『回答:肯定。当該ロックを解除しますか?』


「あ、お願いします。」


 端末にお願いすると、カチリとひとりでにドアのロックが外れた。

 わーぉ。よくわからないけどすごいな。


 さっそく中に入ってみると、結構な量のコンテナが並べられている。


「どのコンテナに.50口径の弾が入ってるかわかる?」


『回答:ガイドします、案内に従ってください』


 これは便利だな。衛兵隊が関係するものならこの端末に聞けば大体わかるのか?

 まるで戦場アシスタントって感じだな。


 ガイドに従って弾薬の詰まったコンテナを開く。

 うわ、ぎっちり入ってる。衛兵隊はここで何と戦争するつもりだったんだ?


「ありがとう、たすかったよ」


『どういたしまして。』


 中庭での戦闘では、たいした量の弾丸を使ってないけど、2缶、200発の12.7mm/.50口径弾をもらっていこう。


 しかし弾薬箱、重いな……これだけで10キロ以上あるんじゃないか?

 まあ嘆いても仕方がない。ある物は使わなければ。なにしろ、これが最後の補充になるかもわからないからね。


 ――そうだ、端末の短波通信で彼女と連絡をとるか。


「あー、ウララさん、弾見つけたよ。そっちは何か見つかった?」


『Ziii……いでっす!なにかの資料ですかねー?3階の角部屋に・ますでっす』


 ……あれ?

 こんなに近いのに、何か混線してるな?


 僕は中庭でぶっ倒れている粗大ごみ製のアンテナを見た。

 まさかね……あれはただのガラクタだ。


 弾薬箱を両手に提げながら、ヒィヒィいいながら階段を上って3階に上がった僕は、ぴょんとはねた銀の髪を左右に揺らしながら手を振るウララが待っていた部屋へと入った。


 ここは、なるほど。衛兵隊はこの部屋に廃墟で得た情報を集めていたようだ。


 ラップトップのコンピューターがあるが、点けられるような電源はない。


 今すぐ確認できるのは、紙の資料だけだ。

 フォルダに綴じ直された新聞記事、あとはなにかの技術的レポートがあるな。

 すべてに目を通す時間はない、ざっと見てみよう。

 

「何か面白そうなもの、あるでっすか?」


「うーん、新聞記事は戦争の話だね、あとは、経済記事かな?技術的レポートは……うん、見事にわからないね!」


 何か問題があるようなものや貴重な情報は、既にイルマへ持ち帰っているだろう。ここには既に選別が終わったものしか残っていないはずだ。


「ハズレでっすか~」


「アタリがあったかもしれないけど。それならたぶん、衛兵隊の人たちが既に持ち帰ってるよね」


「それもそうでっすね?」


「技術的資料はほとんどが電気、通信に関する資料か……」


「あ、これなんてどうでっす?世界イチ高い電波『塔』って書いてありまっす!これも『塔』でっすよね?」


 ウララさんが僕に開いて見せたのは、黄ばんだ新聞記事だ。

 都心部に世界最大の電波塔、東京スカイタワーが開業したというニュースが書かれている。


「ここからは直線距離で10kmか。スミダ川を越えないといけないみたいだな……」


「フユさん、電波塔っていう事は、日防軍に指示を与えてる放送ってここから来てるんじゃないでっすか?」


「あっ……そうか、その可能性はかなり高いね。それにアガルタがなれ果てを集めるのに、塔を作るベース、骨組みにするのにも使えるんじゃ?」


「きっとそうかもしれないでっす!」


「これは手掛かりになりそうだ。この記事を写真に撮っておこう」


「住所も書いてあるでっすから、端末にマークしておくでっす!」


「ここが実際どうなっているか、それを見に行く価値はありそうだ。ウララさん、次の目的地はここにしよう」


「はいでっす!」


★★★


 僕はパワーアーマーに乗り込むと、彼女と次の目的地へ向かった。

 行き先は当時世界一の高さだったという電波塔、「東京スカイタワー」だ。


 しかし、重要拠点なら日防軍やなれ果ての護衛が付いている可能性が高い。

 まずはそのタワーが確認できる場所を目指す。


 しかし、ぶっちゃけると、この行動には根拠なんてない。まったく意味のない行為となる可能性は、大いにある。


 でも考えてみてほしい。


 モノというのは実際にあるようでいて、それを語る言葉や意味はひどく不確かだ。

 本当にあるのかどうか、伝聞をひとつ挟んだだけで訳が分からなくなる。


 人ひとりが世界のすべてを見て知るなんてのは不可能だ。


 だから誰かが残したモノを頼る必要がある。それは本であったり、映像であったり、伝えようとするヒトそのモノだったりする。


 当然のことだが、僕たちが見えるのは見ている目の前だけだ。


 頭の後ろで起きている事を補うために、僕らは信じるに足るものを探し求める。

 学習とか、研究とか言われるものはまさにそれだ。


 わからない、視界に入らないことを「無駄なもの」と言い切り、あえて無視するのだっていいだろう。とくに自分の生活に必要のない、使わないことまで知るというのは時間がいくらあっても足らない。


 それでも僕は「ここに何かあるぞ」と誰かが知らせる言葉に耳を傾けて、手招きする方に向かってみることにする。


 なぜかというと、自分の知っているモノと、誰かが教えてくれたその「何か」に自分の持つモノを重ね合わせて見てみると、とても面白いことが解ったりするからだ。


 でも……それを信じるかどうかの話になると、ちょっと趣が違ってくる。

 

 結局のところ、自分が信じたいかどうかのエゴでしかないからだ。


 だからといって「自分が信じたい以上の事は知ることができないと」思って、見回すのを止める事は僕にはできない。


 ふと思いついた疑いの霧を晴らすには、霧の外を探さないといけない。


 だから僕は世界を見回す。


 なにか奇妙な、珍奇なモノが転がってないかを期待して。

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