第84話 脱走兵

 北区の医療センターを出て廃墟を歩く僕は、ふと違和感に気が付いた。

 ここら辺の建物は、風雨の環境に晒されたり、戦闘の被害を受けて崩れてはいるが、しっかりしているものが多い。


 遠くには高いビルがすっくと立ちあがっているのが見えるし、崩壊しているビルは確かにあるのだが、比較的無事なのもちゃんとある。


 思い返してみれば、医療センターの病棟には窓ガラスが残ってさえいた。倒れてきたアンテナによって破壊されたあの窓ガラスは、なぜ今まで無事だったのか?

 どう考えたってそんなのはおかしい。


(――ようやくA集団が関東に進出したとき、海の方に大きなキノコ雲が上がってるのが見えたある)


 トコロザワの「馬車馬火槍公司」のホァンさんは、海の方で核が炸裂したのを見たと言っていた。地図で見る限り、ここ都心部はかなり海に近い。


 核爆発が起きていたら、高い建物はイチコロだし、窓ガラスが割れずに残っているはずがない。


 ここである疑念が僕の中に生まれた。


――ホァンさんが見たのは、本当に核爆発だったのか?


 確かめる術はない。

 でも、とても疑わしい気がしてきた。


 見方によってはイルマの方が損傷が激しいくらいだ。


 核はもっと遠くで爆発したのだろうか?

 でもそれにしたって、あそこまできれいに残るだろうか?

 だとしたら、一体何が当時に――


「フユさん……フユさん!」


「あ、ごめん、何?」


「あれ、見てくださいでっす!」雑誌くらいの厚みを持つ手甲を付けた手で、ウララさんがある物をさし示した。


 ぱっと見、8階建て以上の建物。

 斜めに崩れているので、本来は何階建てのビルだったかわからないが、一階を見た感じ、何かテナントが入っていたようだが、瓦礫に半分埋まっている。


 ウララが指さしているのはゆらゆらと揺れている濃い緑色の物体だ。


 あれは……帽子か?

 建物の軒先に何かが引っかけられている。略式軍帽だ。


 あの軍帽のデザイン、アサカ駐屯地で見たことがある。間違いなく日防軍の物だ。


「日防軍の軍帽?」


「でっす!」


 パワーアーマー越しだと僕に結構な高さの身長が足されるので、振り返るウララさんは僕を見上げる体になっている。真っ黒にしか見えないはずのヘルメットの遮光バイザーを覗き込む彼女の瞳は、どうしますか?と僕に問いかけている。


「急ぐ旅……ではあるけど、念のため何があるか見て見よう。カバーよろしく」


「任されましたです!」


★★★


「リン、具合はどうだ?」


 リンと呼ばれた10代後半くらいの女性は、両目を覆っていた眼帯をずらし、わりと無事な方の目を声をかけてきた10歳前半の幼さが残る男子に向けた。


 男子は赤みがかった黒の長髪を後ろにまとめ、両手には水の入った飯盒ハンゴウの蓋を持っていた。


「わりと最低寄りの最悪かな。脚が無くなった分、腹減りも収まるかと思ったけど別にそんなことは無いみたい」


 彼女は蓋を受け取ると、喉を鳴らして水を味わった。

 清水を飲んだのは久しぶりだ。


「無駄口が叩けるなら、きっと大丈夫かな」


「明日になって死んでたら、残り物はカトーが勝手に使ってよ。ほい」


 リンがつき返した蓋を、カトーと呼ばれた男子は手の甲で止めるようにした。

 彼は顔を振って言葉を継いだ。


「大丈夫、俺はちゃんと飲んでるよ」


「ウソばっかり。唇渇いてる」


「……もらうよ」


「よろしい。階級が上のヤツと、年長者の話は聞くモンよ」


 少年が水を飲み干すのを見ていたリンは、薄い色の金髪をかき上げると、かたわらの突撃銃を手に取って弾倉を確認する。


「パワーアーマーひとつ、歩兵2……いや、セントール?」


「んっ、リン?」


 彼女はサイドアームのピストルをカトーに押し付けると、隠れろと手で合図した。


「静かに動いて。誰か来てる、それもかなり腕がいい……あんた、軍帽は?」


「あっ……ごめん」


「バカ!――まあ今更言ってもしょうがないか。隠れてて」


 私は彼を部屋に隠れさせる。カトーは戦い方をほとんど知らない。

 下手にうろつかれるよりは、隠れるか逃げてもらった方が良い。


 私は両足を失っている。歩こうとしたら肩を使わないと動けない。

 ドアの外れた部屋の戸口に照準を向けて息を吸う。


 誰かは解らないが、音はほとんどさせていない。かなりのベテランなのは間違いないだろう、日防軍にもここまでの奴はそうそう居ない。


 しかし音はゆっくり動くことでごまかせても、装備の重さはごまかせない。

 連中のおこしている僅かな振動で接近が読み取れた。だが音の波幅からして、かなりの重装備をしているな。今手にしている装備では……うん無理。


 もし入って来ているのが日防軍の追手ではなく、衛兵隊ならまだ望みはある。

 無論、彼らに捕虜を取る気があった場合の話だが。


 私は突撃銃を操作して、薬室になけなしの5.56mm徹甲弾を送り込んだ。


★★★


 僕は一階を探索しているさなか、スコープ越しに部屋の中に居た存在を感じ取っていた。その存在は今、緑からオレンジへと変わって赤くなった。まさか、バレた?


 どうしよう……?


「ウララさん、どうやら中にいる人たちに僕らの存在がバレたみたい」


「すごい勘がいいでっすねー?」


「マーカーの数は二つか、よし、声掛けしてみよう」


「危なくないでっす?」


「と、思うんだけど、クガイさんの事をおもいだしたんだよね」

「日防軍の全てが戦いに乗り気じゃないって彼女は言ってたし、十条駐屯地も近いのに、こんなところで二人だけってのは妙だよ」


「あっ確かにそうです。じゃあ、日防軍から逃げてきたでっすかね?」

「かなって?」


 僕はスコープを覗きながら注意深く近寄ると、壁越しにアサルトガンを構えつつ、壁の向こうに話しかけようと言葉を探す。


 僕たちの事を何と語ろう?


 ・イルマの衛兵隊です

>・イルマのクズ拾いです

 ・イルマのアイツです


 まあ普通に話そう。

 嘘をついたり奇をてらう必要は無いな。


 脱走兵なら物資の欠乏で追い詰められているだろうし、わざわざ気を逆なでするようなマネをする必要はない。


「こちらは、イルマからきたクズ拾いのフユです。相棒はウララ。そちらは?」


「日防軍、いや元日防軍のリン上等兵だ」


 少し間をおいて、壁の向こうから声を抑えた様子で女性の声が聞こえてきた。

 答えてくれてよかった。


「なるほど、もう一人もそうですか?」


「――ッ! そうだ。二等兵のカトーだ」


「あの、入ってもいいですか?危害は加えません、僕らは都心部で何が起きているのか、その情報が欲しいんです」


 スコープの色は……オレンジ、まだ疑ってる感じか?


「衛兵隊の依頼か?」


「正式な依頼じゃないですけど、多分『はい』ですね」

「以来っていうよりは、私たちが言いだした感じでしたでっすね?」


「わかった入って来てくれ。相棒と一緒に、ゆっくりと」


 入ってみてなるほど。この人は両足を失って、逃げ込んだはいいが、身動きが取れなかったのか。金髪のストレートの髪に眼帯をしている。ひどい負傷だ。


 もう一人は、僕よりも幼い少年か。


 ここまでに何があったのかはわからないけど、ひどく苦労したようだ。部屋の中に転がっている空き缶、ゴミの量からすると、二,三日はここに居るかんじか?


「ウララさん、予備の医薬品を彼女、リンさんに」

「はいです!」


「すまない、治療してもらっても動けないんだ」


「ではどこか安全な場所を確保してそこに待機してください。僕たちは後続の衛兵隊が探索拠点にできそうな場所を探しに来てるんです」


「嘘じゃないよな、本当か?」僕に疑いと喜びが半々になった声をかけたのは、目の前の女性ではなく、脇に居た少年だ。


「嘘じゃないです。けど……冷静に考えると保障は無いです」


「そうでっすね。ここに来る前に、衛兵隊の人たちが去年作った場所に行ったですけど、白いオバケがいたでっす!」


「え、あいつらが?」


 む?彼らも白いなれ果ての事を知っているのか?


「カトー、うかつだぞ」


「ごめん、リン。でも、信用していいの?」


「他の選択肢は『ここで腐っていく』だぞ。もう彼らを信用してついていく以外、私らに選択肢は無いんだ」


「うん……」


 カトーと呼ばれた少年は、押し黙った。

 まあ急に現れたかと思うと、人さらいみたいに連れていくって言いだしたら、流石に誰でも警戒するよな。


「それで、君たちの次の目的地は?」


「えっと……ひとまず僕らは今、東京スカイタワーが望める場所を探しているところです。僕たちの今の目的地はスカイタワーです」


「なので、ちょうど拠点にできる場所を探しているところですね」


「なるほど……スカイタワーを?」


「それって何も決まってないって事じゃないか」

「カトー!」


 耳が痛いがその通りだ。


「君たちは逃げるのではなくむしろ、タワーに向かおうとしているのか……」

「そうだな、なら国立科学博物館、上野公園方面が良いな」


「それはどうしてです?」


「あそこは広いだけで、周囲に軍事的に価値のある施設は何もない」


「なるほどでっす!」


 僕は端末で周辺を調べてみる。


 ここから結構距離があるが、確かに軍事的な価値があるものはなさそうだ。

 動物園や美術館はあるが、中身はすでに戦争時に避難しているだろう。


「なるほど、次の目的地はここにしましょう。ウララさん、リンさんを背に乗せても大丈夫かい?」


「ふふん!まだまだへっちゃらでっすよ!」

「すまない、助かる」


「荷物は……カトー、頼む」

「う、うんでも……」


「何度も言わせるな、カトー!」

「――わかったよリン」


「問題を抱えているのは解りますが、ひとまずお互いの状況に関しては、道すがら話しましょう、それでいいですよね?」


「ああ、それで構わない」


 彼らがどういう関係なのかはわからないが……それは道すがら聞くとしよう。

 想定外の拾いものになったけど、目的地が出来たのは収穫だ。


 しかし、彼らはスカイタワーに何か恐れを抱いてる気がする。

 なにが日防軍で起きてるんだ?そこだけでも聞けると良いのだけど…‥

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