最終章 僕を信じるのは、君が信じるから

第81話 アガルタ兵

 窓を割った落ちて言ったは、数拍の後に炸裂し、中庭を見つめる窓のガラスに、輝度の高いオレンジ色の炎を映し出す。


 天上を求めて駆け上る炎は内壁を舐め、走り上がった炎はドーナツ状の建物と空の境界部分にたどりつくと、そこで黒い煙へと変わった。


 あとはチラチラと炎がうごめいている様子が、照らされる内壁を通じて見える。

 

 白い光のような声はぷつりと消えたかに思えた。


「ウララさん、待機して様子見」

「はいでっす」


 アサルトガンの装填用に使うハンドルを半分くらい動かして、ちらっとチャンバーの中を覗く。中にはカートリッジのきらめく真鍮が見えた。

 よし、ちゃんと第一弾は入っているな。


 反撃してくる様子はない。討ちもらしは出るはずだが……。

 特に根拠はないが、嫌な感じがする。


 不意打ちを警戒して、今度は僕が前に出る。精度はともかく、時間当たりの弾丸の投射量はアサルトガンを持つ僕の方がはるかに上だ。

 接近戦の場合は僕の射界がクリアになっている方が良い。


「戦果確認してみよう、カバーお願い」

ログ了解


 渡り廊下から中庭へと距離を詰める。すると解ったことがある。

 アンテナに見えたものは、点滴に使うキャスターや、ボンベなんかの医療器材や、ベットのフレームを重ね合わせて作ったゴミ山だ。


 いったい誰が何のためにこんなものを?


 アンテナの周囲にはヒト型のなにかが黒コゲになって無数に転がっている。


 どうやら何者かがしゃがんで円座になって、アンテナを取り囲んでいたようだ。

 死体の燃えカスには、水筒や折り畳みスコップ何かの装備の残骸も見える。


 その時だった。光のような声が再度響いた。


 (――ああアガルタ!)

 (敵です!敵が現れました!)

 (貴方の敵を殺す希望を我ら兄弟に与えてください!)


 (アガルタ!!)

 (兄弟たちは貴方の戦士です!)

 (私たちは貴方の為にこの肉体を捧げます!)

 (私たちは貴方の為にこの魂を捧げます!)

 (そして、私たちは貴方と一つに!)


 黒く焼け焦げて死んでいたはずのは表面をパリパリと剥がして、中から白い人の姿が現れる。げっ、死んでなかったのか?!


 いや、一度死んだが、「再構成」したのか?!


「さっきからアガルタ、アガルタって、『アガルタ兵』ってことか?」


「フユさん!エンゲージでっす!!」


 トリガーを引き絞って、アサルトガンの12.7mm弾を手近な一体に叩き込む。


 胸にぼかぼかと大きな穴をあけて倒れ込むが、不思議と手ごたえがない。


 剣ならまだしも、銃弾、それも引き金越しだというのに「手ごたえ」とはなんぞや?我ながら奇妙な表現だと思うが、今地面に倒れているやつらの命を絶ったという感覚が僕の手にかえってこない。


 ゲームの中のデータにすぎない敵でも、倒せば「手ごたえ」を感じる。

 有象無象のなれ果てであってもそうだ。


 こいつらには不思議とそれを感じない。きっとまだ生きてる。


「シリンジを打ちまっす!屈んで!」

 ウララの声にハッとしてひざを折る。


 即座に僕の頭の上を「ひょう」と気の抜けた音を残して、灰色のシリンジが飛んでいって目の前の「アガルタ兵」の体につき立った。


「ナイスショット!」

「でっす!」


 シリンジを食らったアガルタ兵は、粘り気のあるシチューが沸き上がったみたいに拳大のあぶくをブクブクと体の表面で弾けさせたあと、黒く焼け焦げた中庭の土の上にべちゃっと広がった。


 湧いたスープをひっくり返したような光景だ。どんな悪党だって、あんな死に方はしたくないだろう。


 ウララは即座に2弾目を装填する。彼女のカバーに回らないと。

 連中は黒コゲになった表皮を焼き芋みたいにベリベリとはがして立ち上がる。

 湯気の立つホッカホカの中身が出てくるが、美味しくはなさそうだ。


 焼夷弾に焼かれて失った装備を補うためか、奴らは手指をナイフや鉤爪状に変化させている。それでこちらに襲いかかってくるつもりか。


 ひぃふう、全部で……6体か、多いな!?


 幸い固まってくれているから、常識的に対処しよう。僕はアサルトガンを支えていた左手を腰に回し、そこにぶら下げている手榴弾を手に取った。


「くらえっ!」取り出した手榴弾の信管をアーマーにたたきつけて着火して、連中の真ん中に放り投げる。仕留められなくても、足止めくらいにはなるはずだ。


 まだよたよたと歩き始めたばかりの連中の中心でそれが弾けて、短い炸裂音と一緒に勢いよく白煙があがる。一拍あけて、この空間に存在するあらゆるものが手榴弾の破片に叩かれる音がした。


 破片が中庭に面した壁をパチパチと叩く音がまばらに聞こえてくるのだが、爆発からの時間差で、この榴弾の殺傷範囲がとんでもなく広いことが伺える。


 その中心にいた連中は当然破片に撃ち抜かれて、足や腕に相当する部分をもぎ取られている。地面に近い部分で這いずっていた奴は、特にひどい有様だ。


 打撃信管を使っているパワーアーマー用の手榴弾は初めて使ったけど、威力が通常のと比べて倍くらいある。これはすごいな。


 こいつはごく普通の人間用、つまりリング状の安全ピンに指をかけて引っこ抜いて投げる通常の手榴弾とは起動方法が違うのだ。保護キャップを潰すように信管を叩き潰すことで起動する。


 パワーアーマーのマニュピレーターは細かい操作が苦手なので、こういう事になっているんだろうが、専用にしたって威力を盛り過ぎだと思う。



 (アガルタ、兄弟は貴方の障害となるもの全てを取り除きます!)


 (私たちの肉を食べなさい!)

 (私たちの血を飲みなさい!)

 (私たちの魂を感じなさい!)


 (そして私たちは貴方の中で、再び、完全なものになります!)



 ――まだやる気みたいだね。


 倒れ込んでいる奴に戦闘拳銃を抜いてシリンジを打ちこむ。

 これで残り5体だが……ッ!


 アガルタ兵が寄り集まって、不細工な獣の姿を取る。

 何と表現したものかわからない、人と獣のおぞましいキメラだ。


 後脚の2本は猫や馬のような踵の上がった脚だが、手前、4本の前脚は人のものだ。2本が歩行用、もう2本が攻撃用で鉤爪になっている。


 頭部はヒトの形を残しているが、口蓋の上に頭部が乗っているのが異なる。

 口だけオバケの鼻の部分が頭とでも言えばいいのか?何とも表現しづらい。


 胴体にいたっては、あばら骨とよくわからない器官が無数にある。

 あまり長く見ていたくない見た目だ。


 <ギュオォォゥ!!>


「うちまっす!」


 背後からウララさんの声が聞こえたので半身になって避ける。

 すっと飛んでいく灰色のシリンジ、だがそれはキメラには届かなかった。


 やつは体から触手、肉のムチとでもいうのか、それをグンと伸ばしたかと思うと、シリンジを叩き落したのだ。


 ずいぶん器用なことをする、装甲以外にも手段があるのか。


 シリンジは弾速が遅い。そう、目でも捉えられるくらいには遅い。

 確かにやろうとすれば、叩き落とせるんだろうが……本当にやるとは。


 <ウルァァァァ!>


 突進しようとする奴を、アサルトガンの弾幕で押し返す。

 あいつが持つ体格、もっと直接的な言い方をすると奴の肉の量では、12.7mm弾を受け止めきることはできない。本当にパワーアーマーがあってよかった。


 きっとRPKアルパカではこいつを抑えきれなかっただろう。


「とどめを!」

「はいでっす!」


 走り寄るウララさんがキメラに向かって発砲する。


 中庭を真っ直ぐ突っ切ってくるシリンジを、キメラがその胴体の触手で捉えようとした、まさにその瞬間だった。構えたままの彼女の銃口から散弾が発射される。


 無数の鉄球は触手と一緒にシリンジを砕き、傷ついた触手に薬液がかかる。


<グワッ?!>


「さすがウララさん、ナイスアイデア!」

「ふっふーん♪でっすよ!」


<ギャァァァァァァ!>


 薬液を浴びたキメラは苦悶の声を上げる。躰のあちこちに野球ボールみたいな泡を上げているが、暴れたそいつはアンテナに寄りかかって盛大にそれを倒す。


 傾いたアンテナは、入院棟の2階にあった窓にぶち当たると、まだ残っていたガラスを割って止まった。キメラはそれをのぼって二階に逃げるつもりのようだ。


「逃がすか!」僕はシリンジの装填が終わった戦闘用拳銃カンプフピストルを奴に向けて放ち、シリンジをその胴体に命中させた。


 キメラはまるでそういう果物か何かみたいに、背中からぱっかりと割れると、無数の人影に別れてメリっと砕けた。


 キメラから別れて地面に落ちた人影はしばらくもだえ苦しんでいたが、ほどなくして粘液状の水たまりになった。


 なんてグロテスクな死にざまだ。

 これを繰り返すのかと思うと、すこし暗い気持ちになる。


 周囲を見渡して集中して耳を澄ませてみる。

 もう光みたいな声は聞こえない。


「どうやら終わったみたいだ。もう連中の『声』は聞こえない」


「ふぃーでっす……フユさぁん、ホントにここでキャンプするですか?」


 僕は中庭から空を見上げる、西側の空から強いオレンジ色が差し込んできている。

 うーん……。


「すっごいイヤだけど、ほかに手段は無いし、ここでキャンプしよう。荷物をそばに置いて、何かあったらすぐに逃げられるようにして、ね」


「地雷が置ける場所を、明るいうちにさがしておくでっす!」


「うん、そうしよう」


 僕たちは日が落ちきる前に、周囲に警戒網を敷いてキャンプの用意をする。

 幸いなことに衛兵隊が残していった備蓄物資があったので、十分な量の地雷は置けたが、それでも不安は尽きない。


 不安だらけだが、僕たちは都心部で初めての夜を迎えることになった。

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