第80話 北区浸透戦 その2
高架が落とす影、ビルの作る影、廃墟のいびつな形をした瓦礫が作る、光と影が交じり合い、まだらになった場所を選んで進む。
たちどまり、次に移動すべき場所を探していると、ウララさんがその薄いグリーンのきれいな瞳に疑問を浮かべて、僕にあることを聞いてきた。
「フユさんフユさん~」
「なんだい、ウララさん?」
「フユさんにはスマートスコープがあるですよね?さっきより丁寧に移動してるなぁって思ったんですけど、なにか気付いたんでっすか?」
「うん、実はそれなんだけどさ……」
「スマートスコープのデメリットっていうか、これがネクロマンサーの手で倉庫に押し込まれてた原因、それに気付いちゃったんだよね」
「ほぇ?」
「ほら、このスコープって相手の敵意を判断して検出してるっぽいんだけど、もしも相手が何も考えずに、こっちをぼーっと見てたりしたら……?」
「あっ、何も表示されないってことでっす?」
「そう、だから過信しすぎて、さっきのトンネリングみたいな油断を起こしちゃう。とても信頼できる誰かや、大事な人に渡せるものじゃないね」
「なるほどでっす!」
「便利なのは間違いないけどね」
深刻なデメリットがあるけど、ネタが解っていれば使えることは使える。
とくに戦闘中の索敵なんかには便利に違いない。
ただ例外的な存在に出会うと致命的だ。
もしも相手が、こちらに100%の善意をもって攻撃してきたらどうなる?
気の狂った狂信者が相手だと、このスコープにはどう表示されるんだろうか。
それと、条件反射で撃ち返してくるような相手も苦手とするだろうな。
背後に立つと、無意識で反撃してくる戦闘の達人相手には、このスコープは役に立たないはずだ。まるでどこぞの漫画に出てくる世界最強のスナイパーみたいだけど、この廃墟にそんな存在がいないという保証は、どこにも無い。
……いや、そんなのが居てたまるか……まあ頭の隅には置いておくけど。
移動を続ける僕らの前に、横に長い建物が見えてきた。
あれが医療センターだな。
建物は窓の数からして6階建てで、正面の入り口にはたいした飾り気も無い。
ただ四角い窓と柱が並んでるだけの、なんとも印象の薄いビルだ。
ここからはまったく見えないが、端末の情報によると建物の後ろには裏庭があって、ドーナツみたいな形をした建物がある。
それは患者が入院する際に使う建物で、衛兵隊はそこを兵舎にしたらしい。
で、近くにVTOLの発着場が設営されているはずだ。
うーむ。既に日防軍が侵入していると仮定するなら、兵舎として使っている部分に居る可能性が高いな。ドーナツ状の建物は、周囲を監視しやすい。
衛兵隊も拠点に良い建物を選んだものだよ。
この場合、正面入り口から入っていくのが、比較的安全な進行方向になるだろう。
ドーナツから周囲を見ている連中にとって、病院はその背後にあたるからだ。
もし外から裏庭に回ったとしたら、どうなるか?
きっと相手に高所を取られている状態から戦闘が始まる。これはかなり最悪な部類の始まり方なので、それだけは避けたい。
「フユさん、どう入りましょうかー?」
「正面入り口から入って、裏庭方面に行こう。入院棟なら医療センターの中に案内があるはず、それを辿っていけば良いはずだ」
「了解でっす!」
僕とウララは出来得る限り、相手の射角を制限できるルートを選び、医療センターの中へと侵入を開始した。
内部の照明は完全に落ちていて、外から入り込んでくる僅かな光しかない。
当然のことながら、まるで何も見えない。
「まどろっこしいけど、目が慣れるのをすこし待とうか」
「はいです!」
ついでにドローンを転がしておこう。
進行を予定している奥へ、ボール型の偵察ドローンを転がしておく。
たまには何か見つけてほしいが、それはこいつが壊されることを意味する。
何も見つかってほしくない気持ちと、見つかってほしいその気持ちとが、僕の心の中でせめぎ合っている。
値段もそうだけど、この場所では補充が効かないからな……。
「あとは何事も無ければ……」
パワーアーマーの中で息をついたその時だった。
ひそひそと何かを囁くような光のような声が、どこからともなく聞こえてきた。
――タ
アガルタ
兄弟は貴方に祈ります
ああアガルタ
暗闇の中で私たちを導いた唯一の光――
その言葉を聞いてまず思ったのは、何の邪悪さも感じなかったということだ。
ひたすらに真摯で、非の打ち所がないほどに真っ直ぐな祈り。
例えるなら、わずかに開いた扉から、暗い部屋の中にさした一条の光だ。
薄紙一枚に満たない、僅かな光の筋がこぼれたのを、僕は見るともなくして見た。
「ウララさん、ビンゴだ」
「ほぇ?」
「光みたいな声が聞こえた……この病院の中、何かがいる」
僕の言葉を聞いた彼女は、ドリリングのセーフティーを外した。
「シリンジは安全な場所に置いておこう。戦闘で壊されちゃたまんない」
「確かにそうでっすね」
彼女は背負っていたコンテナを下すと、受付にあったベンチの下にすっと隠す。
そしてシリンジを取り出すと、ドリリングの片側の銃身にそれをこめた。
僕も
ハンドルを動かしてある程度固くなれば……よし、大丈夫そうだ。
「いこう」
ウララは強い意志のこもった目で僕を見つめ返し、こくりと頷いた。
アガルタ!
私たちの運命を見せ奉り
私たちの罪を赦し賜った!
アガルタ!
蘇った私たちに何ができるでしょう?
兄弟たちに力を与えてください!
入院棟と本棟の間には渡り廊下がある。そこまで進むと、さらに祈りの声が強くなってきた。僕はその廊下の脇にある窓から入院棟の方を見る。
入院棟の中央、つまりドーナツの穴の部分に相当するところから、ガラクタを積み上げたような奇妙なアンテナが天に向かってそそり立っているのが見える。
あれは一体なんだ?
光の言葉が発せられている中心は、どうやらアレのようだ。
入院棟のドーナツの中心……ということは中庭か。
そこに何かが集まっているのだろうか?
「ウララさん、グレネードを。迫撃砲の焼夷弾をくくり付けて、梱包爆薬として連中に投げつけてやろう」
「派手にやるでっすねー?」
ウララさんはカバンを下して、円柱状の砲弾ケースから中身を取り出し、慣れた手つきでワイヤーを巻き付ける。
どう考えたって連中が敵なのは確定している。
なのでここは先手を打つことにした。
何が居るかわからないけど、確かめるだけの興味もない。
手っ取り早く、まとめて始末する。
僕は肩を回して、やるべきことのシミュレーションをする。
普段扱いずらいパワーアーマーだけど、今回ばかりは助かるね。
1つの手榴弾に括りつけられた、3発の焼夷弾。
合計9キロもある殺人球は、優雅な放物線を描いて中庭へ飛んでいった。
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