第79話 北区浸透戦 その1
都心部は国道を利用して高い壁に覆われている。
しかし天然の要害であるアラカワの方までその壁は及んでいない。
実際この場を目にすると、こちら側に壁を建てなかったのは当然だと思った。
かつては護岸されていたのだろうが、何度も起きた氾濫で大河川は変形し、土手は完全に崩壊していて、川というよりはもはや湖沼だ。
上流から流されてきた砂と泥によって、岸近くの足場はおぼつかない。
どこまでが土で、どこまでが水なのかも曖昧だ。
とても半永久的な建築ができるような場所ではない。
初夏にかけての雨季におきるアラカワの氾濫は都市部にまで及んでいるのだろう。
泥に埋もれた周囲の建物が、その激しさを物語っている。
建てたとしても、毎年の氾濫で流されるのは確実だ。
こんな場所に壁を作るなんて言うバカを考えるやつは確かにいないな。
第一、壁なんか作らなくても、ここを通ることは難しい。
泥や藻、ススキを中心とした雑草の量がすごいことになっている。
背の高い雑草で作られたカーテンのせいで、川向こうの様子もよくわからない。
僕は素手で泥を触って持ち上げてみる。
――重いな。豊富に水を含んで、まるで溶けた鉛みたいだ。
船で渡ろうとしてもスクリューが役に立たないだろうし、ボートで渡るにしても、オールはこの分厚く重い泥にとられて使い物にならないだろう。
「情報の通り、壁が無くてもクズ拾いを阻むには十分な障壁だね」
「私が歩こうとしたら、ずっぽりはまり込んじゃいそうでっすねー?」
「うん、ここアラカワを超えるなら、やっぱり橋を使うしかなさそうだ」
僕は遠くに見える、クリーム色の鉄道橋を見る。
ひどく損傷しているが、「東北新幹線」という高速鉄道が使っていた橋は、未だにその姿を保っている。とても無事とは言い難いが、通ることはできそうだ。
「アラカワを越えて北区に渡るなら、あの橋を使うのが一番確実そうだね」
「でもそれは日防軍の人たちもわかってますよね?きっと待ち伏せしてるですね」
「うん……もうもうと煙幕を上げるわけにもいかないし、困りどころだね」
「ならいっそ、正々堂々いくでっすよ!」
「まあ、確かにそれしかないか……」
僕は出発の為に、近くに止めてあったパワーアーマーに乗り込む。
一度慣れると早いもので、助けを借りずとも着れるようになってきた。
パワーアーマーは足の部分に竹馬みたいにして載って、バランスを取った状態で開口部を閉じないといけない。これが意外とコツがいるのだ。
コンクリートの平坦な道路の上だと対して問題にはならないが、廃墟では不安定な足場がほとんどだ。
変なところに置いたりすると、前のめりに倒れて部品を折ったり、下手をすると背中側にひっくり返ってきて、着用者がアーマーに押しつぶされるなんて事態に陥る。
何も知らないと気楽なものだけど、やってみると何かと面倒ごとがあることに気が付く。まあ世の中そんなものだよね。
背中側の装甲を最後に閉じて「ガシャン」という音のあとに内部気圧を調整する。
ぼくはこの時にする「プシュー」という音が大好きだ。
複雑な機械と一体になって、プロとして操作する。そんな感じ。
やってることは毒ガス対策のための単純な気圧操作だけど、僕はこれが好きだ。
ともかく調整が終われば、あとは体を前に傾けて移動を始める。
「ウララさん、僕が先頭に立とうか?」
ウララさんはふわっとした銀髪を左右に振って否定する
「回避しやすい私が立つですよ!フユさんは狙撃ポイントを潰してくださいでっす」
「ウララさんがいうなら確かか……うん、任された」
崩れた土手を上って僕たちは鉄道橋へ接近する。
スマートスコープで先を確認するが、地雷何かの反応は無しだ。
「特にトラップの反応は無し。目視でも異常はないね」
「この進入路は無警戒って事でっす?」
「どうだろう?思い込みは危険だ、常に疑ってかかろう」
「トンネリングといって、なにかに集中していると、他の事に気付きづらくなるんだ。有能な罠師は、相手の心にも縄を仕掛けられるものだよ」
「なるほどでっす!」
と言ってもウララさんって意外とそういうのに気づいて、瞬時に切り替えられるところがあるんだよな。彼女は前衛、ポイントマン向きだ。
鉄道橋に侵入した僕たちは、線路のパーツに足を引っかけないように注意深く移動する。損傷が激しいように見えたが、床が抜けて無くて何よりだ。
「問題なし……いえ、なさそうに見えまっす」
「うん、スコープにも僕ら以外の反応は無い、今のうちに抜けよう」
このスマートスコープ、何気に拾いものだったな。
謎技術で敵意を察知できるって、よくよく考えたらとんでもないシロモノだ。
結果だけ言うと、特に何も起きなかった。
僕たちは拍子抜けする位にあっさりと、鉄道橋を渡りきってしまった。
「アラカワ……あっさり通れたでっすね?」
「日防軍も人手不足って事かな?そうだと嬉しいけど」
いやにあっさりしている。
こういった浸透や侵入ってって、厳しい警戒網をすり抜ける者なんだけど……。
よもや警戒網そのものが存在しないとはね。
楽でいいけど、かえって嫌な予感がする。
まるで「どうぞ中に入ってください」と言わんばかりだ。
いや、なれ果てが塔を作るなら、むしろ各所のルートは開かれてないといけない。
だから、これは、これで正しいのか。
僕らは目立つ鉄道橋の上を足早に離れ、元は野球場のグランドだったところに潜伏する。ここは背の高い草があるから、隠れるにはうってつけだ。
「まずは最初の活動拠点を作ろう。ここからだと……」
僕は衛兵隊の端末を点けて、位置情報を確認する。
ここいらは都心部の入り口なので情報が豊富だ。
マップも詳細でとても見やすいな。どこか使えそうな場所は――
なるほど、近くに一か所だけ、拠点に使えそうな場所がある。
衛兵隊が前年度の探索で残した、最新の補給所だ。
「新幹線の高架を辿った先、「師団坂」にある医療センターか。『十条駐屯地』が近いから、警戒しないとね」
注釈を見る限り、近くの公園にあった木を切り倒して、VTOLの駐機場所にしたようだ。つまり日防軍が空から見ればとても好都合な拠点に見える……かもしれない。
それでなくても、屋上にはヘリポートがあるようだ。
ここに立ち寄るのは、少し危険か?
でもここを使わない場合、下手をすれば慣れない都心で、身を守る物も無く、夜を迎えることになる。それは何としても避けたい。
「日防軍の人も、薬なんかを探しに来てるかもですね?」
「うん、ありうるね。できれば避けたいところだけど、都心のどこかで夜を迎えることになるし、ここ以外の拠点も……結局この医療センターの前を通るんだよね」
「じゃあ、気を付けていくでっす!」
「ま、それしかできないよね。よし、行こう!」
僕は端末をしまい、クリーム色の鉄道高架を辿って先へ進みはじめた。
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