第78話 ルビコンを越えて

 僕は拳銃のロックを解除して、新しいシリンジを詰め、もう一発白騎士に撃つ。


 周囲からも白いシリンジが飛んできて、装甲の無い腹部に吸い込まれていく。

 すると白騎士は、次第にその様子がおかしくなってきた。


 肉体が波うち、どろりと崩れ落ち、脚が傾いてもげていく。

 体のそれぞれが拒絶反応を起こし、分化していっているのだ。


 その巨体はまるで蝋を炎で炙ったみたいに、ドロドロとろけおちて、粘り気と厚みを持った液体として、地面に広がっていく。


 ひとつの体が、お互いを敵と思い込んで、互いに食みあっているのだ。


「ひどい……」あまりの光景ウララさんがえづく。

 僕も予想はしていたが、これはちょっと予想を超えていた。


「こうなってしまえば、あとは焼却でも何でもできるわね」


「ちょっとあかんて、ステラちゃん……」


「何がいけないのかしら?私たちは繰り返していくのよ」


 ネリーさんの諫めに、彼女は強めの語気で返した。

 たまにステラさんが冷酷すぎるように感じる。

 妙に親しみやすい時もあれば、急にこう言った残酷さを見せる。


 僕には彼女がよくわからない。

 これは彼女の生来の性格というより、ネクロマンサーとの付き合いの長さが、そうさせているように思えた。


 そういえば、どことなくステラさんとオズマさん、両者には似たものを感じる。


「ウララさんは下がっていて。あとはやるから」僕はそう彼女に伝え、この場で必要なこと、やるべきことをした。


 シリンジの効果自体は、十二分なものだという事は解った。

 そして対象が頑丈な被膜や装甲を持っている際、シリンジの針がそれに阻まれて、大きな障害になる事も。


 おおよそ「考えればわかる」程度の内容だが、それでも結果は結果だ。

 実地試験としては十分だろう。


 何より重要な事実がわかったのだから。


 シリンジを打ち込まれた、白い騎士、なれ果ては死んだ。

 

 ――そして、奇現象は発生しなかった。

 これはシリンジが「塔」に対抗できることを意味している。


 得られたものは多い。

 でも僕らのなかで、何か亀裂が生まれてしまった気もする。


 ――本当にこれ以外の道は無かったのだろうか。

 選んだのではなく、そう選ばされた、そんな気もした。

 僕はウララさんと一緒に、この農場で果てた者たちのお墓を建てることにした。

 それにはきっと、あの白い騎士も含まれている。


「こんなものかな?」


 僕の前には廃材を利用して作ったお墓、というにはいささか粗野にすぎる構造物がある。僕は大工ではないので、多少の傾きや歪みは我慢してもらいたい。


「でっすね!」


「……あの騎士はきっと、ここを離れない理由があったのかな」


「たぶん、そうだと思いまっす」


 白いなれ果て達の目的に関わろうとせず、この場所にとどまり続けた彼女。

 彼女が一体何をしようとしていたのかは解らない。


 でも、それはきっと、あっけにとられるくらい単純な理由だ。


 白いなれ果てになったとしても、彼女にとってはここが唯一の世界との接点。

 そこを離れる気にはならなかったのだろう。


「彼女はきっと「塔」の一部になろうとする他のなれ果てと違ったんだろうね」


「どういうことでっす?」


「きっと、この世界の居場所、それがあり過ぎたんだ」


「……それって、未練?みたいな感じでっすか?」


「うん、そんな感じかな。ただの推測というか、勝手な決めつけだけどね」


「ううん、フユさんが言う通り、きっとそうかもしれないでっす」


「……ねえ、ウララさん、ちょっと相談したいことがあるんだけど」

「はいでっす?」

 少しの時間をもらって墓を建てた僕らはVTOLに帰ってきた。


 この機はフィールドラボとしての機能も持つので、その内部でシリンジの改良と、若干の改良ができる。ステラさんたちはその作業に取り掛かっていたようだ。


「内容物に関しては現状で行きましょう。これ以上いじる時間もないし」


「だがいくつかの改良が必要だ。洗浄しても、シリンジの再利用は困難だ」


「何か問題がありましたか?」


「ええ、主にシリンジの耐久性の問題があるわね。暴れるなれ果ての体に押し潰れされたり、汚損したりで、現地で再充填するというのは難しいわね」


「それって……シリンジを打ち尽くしたら、最悪ナイフで傷をつけて、湿布で塗りたくらなきゃいけないっていう事ですか?」


「想像もしたくない。まるで中世の医者だ。当時でもヤブ医者扱いされるぞ」


 クガイさんが顔をしかめて言い、ステラさんが続く。


「ええ、まさに悪夢みたいな医療行為ね」


「注射器より、中身のほうが今は多いんでっすか?」


「せやな、ウチみたいな古参兵でも、初めて使ったくらいや。射出機もシリンジも、元からそんな数あるモンと違う」


 握りしめた拳の親指だけを立て、その釘みたいな親指で、背後にある段ボール箱を彼女は指さした。


「持ってきたんは大体、薬瓶4、シリンジ1の……4:1の割合や」


「1本のシリンジを、4回は使いまわす予定だったんですね」


「せやな」


 ……うーん、なんか微妙なことになってきてるなぁ。


「シリンジを改良するなり、増産して持って行くにしても、肝心のどれだけ必要なのかの目星すらついてないですよね?」


「ああ、まだ我々は都心部へ侵入すらしてないし、「塔」も仮説でしかなく、この目で見たわけでも無いからな」


「そうね。各地でなれ果ての異常な過疎は見られるけど、あそこで何が起きているのか?それは一切不明だから」


「なので、ここは現状持ち込んだシリンジを持てるだけ持って行って、現地に拠点を作ったらいいんじゃないですか?」


「拠点を作った後は、外との連絡を確保ですね。日防軍に呼び掛けられるだけの出力の放送無線が都心部にあるのは、彼らの放送で分かってます」


「都心部からイルマの間で連絡は取れるというわけだな」


「ヤバイなれ果て連中がいたとしても、シリンジがあるなら対抗できるからな?今は得られた対抗手段を、どれだけ生かすかの段階にきとるちゅうことやな」


「まずは偵察と足がかりの確保、そうね。それが今すべきことだわ」


「問題は、誰が行くかだ」


「……それは、僕たちとウララが適任だと思います」


「ステラさんやクガイさんは、この計画が失敗した時、その立て直しができる唯一の人材です。あなた達を都心部で失う訳にはいきません」


「でっすね!」


「待ちぃや。それならウチも――」


「ネリーさんだってそうです。第2陣の指揮ができる人を残さないといけません」


「これは弱ったわね……。まさかあなたから言いだすとは思ってなかったわ」


「時間をかけて安全策を取ることもできますけど、より危険なことになってる可能性も高いですから」


「ウララちゃんはそれでええんか?自殺任務ってやつやぞコレ」


「もう相談済みでっす!」


「はい、彼女とはもう相談してます」


「……バカにつける薬はあらへんな」


「フユ君、貴方はただのクズ拾いにしか過ぎないのよ。そこまでする必要は、正直なところ何処にもないはず」


「はい、ですのでこれは、感傷的な理由です。世界が終わるかもしれない現場を覗いた今、何もわからないまま死にたくはないというだけです」


「――そう。ならこれ以上何も言いません。……でも、ありがとう」


 僕とウララさんは補給品と一緒に、持てるだけのシリンジと薬瓶をもって、都心部へ向かうことにした。


 加えて現地の情報と、何をするべきか、大まかな計画書も貰った。


 その情報量はあまりにも膨大なので、僕の端末には収まりきらない。

 なので衛兵隊の端末ごと情報をもらった。


 ……相変わらず人でも殴り殺せそうな、ゴッツイ見た目の端末だな。

 

 この中には現地の拠点候補地、安全と思われるルート、脅威情報、そういったものが収められている。それらは衛兵隊が行った何年もの遠征から得られたものだ。

 一介のクズ拾いが望むべくもない、とんでもなく貴重な情報だ。


 しかしすでに計画書が用意されていたという事は、彼女はしっかりとこのパターンも予想して、行動していたことになる。


 僕はステラさんの抜け目なさに、なんとも底知れない恐ろしさも感じてしまう。


 さて、行くにしてもVTOLで都心部に侵入すると、日防軍の監視網に引っかかって、最悪の場合撃墜されるだろう。


 なので僕たちは陸路からアラカワを渡河して都心部へ侵入する。


 ともかく僕たちはルビコンを超える。


 荷造りを終えた僕たちは、翌日、アラカワを目指して移動を始めた。

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