第77話 シュバリエ・ブリーチャー

 僕の目前に迫った槍の切っ先を何かが弾いた。


 投げつけられたのは黒く焼け焦げた、なにかの破片だ。


 思わぬ外からの力を受け、芯のずれた切っ先は、狙ったパワーアーマーの胸当てではなく、肩の装甲を削り飛ばした。


「フユさん!」


 破片を投げつけたのはウララさんだ。

 素早く反応してくれたおかげで助かった。


 肩の傷を確認する。

 槍が擦った傷の痕は、白い何かが付着している。


 みると小さくうごめいている。クソッ!あれは槍じゃなくて注射器だ!


「フユ君、動かないで」


 ステラさんが僕の肩に何かをスプレーする。

 シュッと肩の装甲に吹かれたそれは白くやわらかな泡を立ててなれ果てがのこしていった物を包み込む。すると、白い何かはボロボロと崩れ落ちていった。


「半信半疑だったけど、どうやら効果は絶大みたいね」


「何ですこれ?こんな秘密兵器があったなら……」


「濃い目に溶いた只の中性洗剤よ。油汚れは有機物による汚染と同義だから」


 あっそうか!

 なるほど、言われてみれば確かにそうだ。


 食事でお皿についた植物の汁とか肉の汚れって、ようは生物の残骸による汚れだ。


 だからそれを落とすための中性洗剤を使えば、なれ果ての分泌物が生物に由来しているなら、それすらも落とせるのか。


 こいつらは外界と遮断するための膜が無い。

 そりゃそうだ、膜があったら体内に侵入しても活動できない。

 だから中性洗剤の効果をモロに食らう。


 理屈はわかる。だけど、ただの洗剤に負けるアンデッドって……。


 なんだか「白いなれ果てが」急にチープな相手に思えてきたなぁ……。 


「はぁ?なんや、そんなモンでどうにかなるんかアイツ」


「すっごいでっす!キレイキレイできるんですね?」


「あいつがここにある死体を、またアンデッドとして動かさないようにコレをあなた達に渡しておくわね」


「あっありがとうございます」


 僕らはステラさんから、白いプラスチックのボトルの付いたスプレーを渡された。うーん、なんだか年末の大掃除みたいな格好になったな。


 走り去った奴は、足あとに白い何かを残している。

 悪さしないうちにスプレーで始末しておこう。


 さて、あいつの名前……仮にシュバリエ・ブリーチャーとでもしておこうか。


 シュバリエは走り去った後、こちらに向き直って再度突入を試みている。

 ものすごい速さだ、あっという間に小さくなってしまう。


 奴の体の大きさはウララさんの倍以上の3メートルくらいだが、その足の長さを活かして、ものすごい移動速度を発揮している。


 この不整地における移動速度は、恐らくそこいらの装甲車を凌駕している。

 移動速度は時速にして60kmから80kmと言った所だろう。

 タイヤではなく4本の脚で移動しているため、ジャンプやステップもお手の物。


 恐らく回避力も含めたら、その機動力は車両と比べ物にならない。


 そして装甲は明らかに軽戦車並みだろう。


 アレの装甲の強みは、避弾経始ひだんけいしを取り入れたような流麗なシルエットだけではない。


 単純にそれぞれのパーツがみるからに分厚いし、その厚さであの巨体を支えられるような手足の素材となると、尋常ならざる強度を持っているのは明白だ。


 それに加えて奴は増強装甲、というか盾を持っている。


 もちろん部位にもよるが、鎧の厚みに加えて、盾の厚みも加えたら、その防御力は主力戦車に匹敵しているかもしれない。


 遠隔武器を持っている様子が無いのが唯一の救いだ。

 まさにシュバリエ、正々堂々すぎて、いっそ清々しいまであるね。


 アサルトガンを構えて走り抜けた白い騎士に向かって発砲する。


 ※曳光弾のオレンジ色をあとに残して、シュバリエへと飛んでいった12.7mm弾は、その装甲の表面で弾けて消える。貫通した様子は見られない。


※曳光弾:トレーサーとも。銃弾の尻に光を発する燃焼剤を充填し、射撃時の弾道を見えるようにした弾丸。照準の精度を上げるために通常弾に混ぜて使用する。


 クソッ!やはりこの程度では効果がないか。


 今使っているアサルトガンの弾薬は、曳光弾とAP弾、焼夷弾が交互に混ぜられたものだ。一応徹甲弾が入っているはずなのに、これでもダメとは。


「まるで効果がないわね、欲張らず、回避に専念して!」


 射撃していた僕らは、ステラさんの号令を受けて散る。

 シュバリエは地面にあったあらゆるものを踏みしだき、弾き飛ばして通り過ぎていった。あとちょっと撃ち続けていたら、轢かれていた。


「こらあかんなー」

「ですね、アサルトガンもまるで効果がありませんよ」

「ハインリヒさんの貫通弾もさっぱりでっす!」


「中世の騎士による突撃、まさにそのものだな。なら歴史に学ぶとするか?」


「クガイ、なにか名案があるようね?」


「ああ、騎兵の強みは文字通りあの突撃だ。なのでそれをそのままお返ししてやろう。幸いここには、使えそうなものがたくさんあるしな?」


 そう言ってクガイさんは、焼け跡に残っていたを指さした。


 ――なるほど、アレならいけるかもしれない。


 僕たちはパワーアーマーの馬力に任せて、それを残骸から引き上げた。

 焼け焦げた廃墟を走り去ったシュバリエは、一旦離れると、再度農場の外を大きくまわって、加速を稼いでからもう一度こちらにやって来る。


 長く美しい銀糸の髪を、風でタテガミのように広げた、白無垢の騎士が迫る。


 槍を低く構え、疾走してくるそれは、己の持つ自信と気位を示すかのように、まっずぐと走り込んでくる。


 そして足並みの幅を広くとって、体全身を伸ばしたかと思うと、下げていた槍を脇に抱えるようにして持ち上げる。


 白い線のように見えていた槍が、点になった。


 まだだ、待て。すくむな……。


 黒塗りのパワーアーマーを着こんだ僕は、奴を待ち構える。

 さながらあの白騎士と決闘している、黒騎士の気分だ。


 奴がその蹄で地面を掴むたびに、地鳴りが大きくなってくる。


 緊張が身体を固くする、息を吐け。よし。

 白騎士のヘルメット、そのバイザーの下にある、生気のない目が見えた。


 ――今だ!


 僕は地面に置いたに縛り付けられて、束になったケーブルを一気に引きぬく。


 瞬間、農場の導管を利用した鉄パイプの槍衾やりぶすまが地面から生え出た。


 この導管は大したものだ。

 何の素材で出来ているかはさっぱりわからないが、建物が焼け落ちるほどの火事に見舞われても焼け残っている。その頑丈さは折り紙付きだ。


 白騎士の体を、先を尖らせた無数の導管が襲う。

 シュバリエが分厚い装甲をもっているとしても、それは前部に集中している。

 4つの脚が支える腹の下は薄く、無防備だ。


 ドスドスドス!!!!と鉄の杭が肉に突き立つ音がする。


 白騎士は予想外の抵抗にたまらずもんどりうって、焼け焦げた廃墟に倒れ込み、焦げて真っ黒になったモルタル壁を崩した。


 そして、目の前にはとめどなく白い血を流す腹が露わになる。

 僕はそれにシリンジを装填した戦闘用拳銃カンプフピストルを向け、引き金を引いた。

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