第75話 最後の準備
飛行場で完成した「銀の弾丸」。
僕らは数日の間、それを打ちだすための武器を用意していた。
この準備の参考にしたのは、ウララのドリリングだ。
射出方式が火薬式や電磁式だと、中身が熱で変質して壊れてしまう。
ドリリングがしているように、シンプルに空気圧で打ち出す方が、この銀の弾丸にとっては都合がいいのだ。
僕は「シュヴァルツ」に制作を依頼した、いくつかの品を引き取りにやってきた。
「フユさん、これがご依頼の品です。
ハインリヒさんが僕に差し出した物。
僕が持っていた信号弾をうちだすためのピストル。それを改造したのだ。
基本は水平二連式のショットガンと変わらない。銃身を固定しているロック機構を外すと、銃身が前に倒れて、弾を込められるようになる。
実にシンプルな機構で、故障のしようがない代物だが、今はすこし精密な代物に代わっている。手押しポンプがグリップの下に拡張されているのだ。
グリップの下のポンプのハンドル。これを何度も押し込んでやると、グリップの中のタンクが空気の圧力をためこんでいく。そして引き金を引くと、圧力が開放されて、シリンジ、つまりウィルスの入った注射器が射出される仕組みだ。
「ありがとうございますハインリヒさん。扱いは普通のと変わらず、中折れで込める感じですか?」
「はい、ご指示の通り、携帯性と即応性を重視しました。しかし……」
「提供されたシリンジの耐久性が不十分ですね。破損に至らない程度の発射機となりますと、射程50M以上は望めません」
「まあそれはそうですけど……」
ハインリヒさんのいう事はわかる。
これはハインリヒさんの、技術屋としての矜持だろう。
もっと良くできるならしたい、そういう気持ちがあるのだ。
でも今回に限っては弾、とにかく数を揃えないといけない。
なんぼ性能がよろしくても、特別製では意味がない。
いちど首都圏に突入したら、イルマに帰って来られるかも不明なのだ。
最悪現地で何とかしないといけなくなる可能性もある。
なので性能はいいが、補給が難しいものを使う訳にはいかないのだ。
アンプルは麻酔銃の者を流用している。
シンプルなプラスチックの筒で、空気圧を利用して内容物を送り込むタイプだ。
衝撃にも熱にも弱いので、とても高速度での射出に耐えられるモノじゃない。
だがシンプルなだけに、代用品も多く、修理も容易だ。
最悪シリンジの部分が割れたとしても、セロハンテープだけで直せる。
まあ、クズ拾いの基本だね。
金ピカのアサルトライフルを握りしめ、ダイヤの弾丸をばらまいて戦えば、勝てるわけじゃない。
「それと、フユさんが調整を依頼されていた、パワーアーマーのほうですが、そちらも形になりました。こちらも一緒に持っていかれますか?」
「あっ、そうですね、持って行こうと思います」
「こちらです」と僕を案内するハインリヒさんについて行ってハンガーにいくと、あの日防軍仕様の緑のスーツは影も形もなくなっていた。
そこにあったのは、あの端末のデザインをそのまま立体化したものだった。
ううむ、実際この世に存在し、ライトを浴びているのを見るとなかなかに震える者がある。
アーマーの各所に増設された黒い装甲板は、ただのファッションではない。
射撃姿勢を邪魔せず、それでいて、戦闘の際には関節や指などの損傷に弱い部分を的確に保護するようになっている。
衛兵隊のパワーアーマーに比べると気取り過ぎな感じもするが、求めるところや、性能の部分は堅実そのものだ。
しかしえらい凝ったものだなぁ。ワンオフ生産でしょーこれ?
ハインリヒさん、こんなの作っちゃって、費用はシュヴァルツ持ちっていってたけど、ここまでして元取れるのかしら?
「ええと、本当に支払いは……?」
「いえいえ、お気になさらず。工場出荷状態の、ほぼ無傷のパワーアーマーの調整。ここまで貴重な経験は、いくら軍票を積んでも得ることができません」
ハインリヒさんがそういうと、助手の人たちも歯を光らせてガッツポーズする。
相当これに張りきったんだなぁ……。
「いやはや、この加工を宣伝しましたら、イルマの界隈でけっこうバズりましてね。このアーマーをモデルにした、新しい装甲服のブランドを立ち上げようかと」
「はあ、それならいいんですけど……」
シュヴァルツで買う物に対して、僕らが正規の加工費を払った記憶が、ほとんどといっていいほど無いんだけど……、本当にいいのかしら?
「あ、それとウララさんのアーマーにつかう、交換用の防弾プレートとか、消耗品もください。これはちゃんと払いますんで……」
「おお、そうでしたか。ウララ女史には新しいナイツ・オブ・ラウンドのアーマーを提供したかったのですが、本当に今のままで?」
「今のままで!」これ以上重装甲にされてはかなわない。廃墟を歩くだけで、床や階段が壊れてしまうぞ!
ウララさんが着ている今のアーマーだってふざけた重さなのだから。
大体今のアーマーも大概のものなのだ。
12.7㎜の直撃を防げるって言ったら、みんなアホか?みたいな顔するもの。
「忘れるところでした、フユさんはパワーアーマー用の重火器をお持ちではないですよね?そちらはどうされますか?一応、通常サイズの物にも対応していますが」
「あー、それは衛兵隊からアサルトガンを借りようと思います」
また変なものを渡そうとしている気がして、僕はそれを遮った。
さて、引き取ると言ってもパワーアーマーを着て、クソ狭い城塞の中をドシンドシンいわせて歩くわけにもいかないので、アーマーはロックをかけたままで、飛行場に移動してもらう。あとで動かす練習もしないといけないからね。
あとは……必要な補給品をもって、造兵工廠へ行くのに使ったVTOLに帰ろう。
今VTOLにはウィルスを作り出したフィールドラボがダイエットした状態で積み込まれていて、化学的な合成は全てあの中でできるようになっている。
アラカワへいって、『白いなれ果て』にシリンジの実地テスト、そして調整。
おそらくそこからは衛兵隊の補給を頼ることになるはずだ。
イルマには途中で戻ってこないかもしれない。
おそらく、これが最後の準備になる。
ぼくは何か予感めいたものを感じた。
たぶん、もう帰って来れないかもしれない、そんな予感だ。
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