第74話 銀の弾丸

「僕らが『塔』に対して使おうとしているウイルス、これは最初から僕らの製造工程に存在した物なんですね?」


「そうね、ここまで意図的な使用法をする場合、それはもうナノマシンといってもいいかもしれないけどね」

「実際、『ウィルスは天然のナノマシン』なんて呼ばれていたし」


「この工場でやっていることは解りました。僕ら細胞型オートマトンをプログラムしているウィルス……それを使って『塔』を倒すって事ですよね?」


「えぇ。あとすべきことは、あなた達の体がそのウィルスを受け入れないよう、抗体を体の中に作る事。つまりワクチンの注入ね」


「まさか――注射でっすか?!」


「もう手遅れよ、観念しなさい」


「ぐぇーでっす!!」


 ひどく落胆して肩を落とすウララさん。

 そんなにイヤかなあ?


「ともかく、これで何となく光は見えましたね」


「いいえ、むしろこれからよ」


「?」


「病気でもないのに、得体のしれないワクチンをすすんで打ちたがる、そんな奇特な連中はそう多くないっていう事」


 ああ、それはそうだ。

 日防軍と衛兵隊がバリバリに戦争しているさなかに提供される謎のワクチンとか、あまりにも胡散臭すぎる。


「あー。」


「せやろなー……衛兵隊はまだええわ。問題は一般層やな、頭痛くなってくるで」


「絶対大騒ぎになりますよね?」


「なのでこっそり試作して、私たちでこっそり運用するしかないわね」


「ステラさんには幸い、レヴィアタンという、何してもおかしくないネクロマンサーという神秘的な隠れ蓑がありますしね」


「――は?」


 目を丸くするネリーさん。ってことは、あれぇー……?


「フユくん、まだそれネリーには……まあこの際もういいわ」


 しまった……。

 またやってしまったようだ。


 僕は周囲からちょっとばかり冷たい視線を感じながら、クガイさんの回収してきたデータストレージを協力してVTOLに運び入れる。


「ステラちゃんも水臭いわー。まあ前から妙に色々詳しいなあとは思ってたけど」


「面倒ごとにしかならないもの。あ、そこ段差に気を付けてね」


「せやなぁ」


「それでステラ。アンデッドのデータを投入したウィルスの兵器化には、どれくらいかかる?もうそれほど時間は残されていないかもしれんぞ」


 クガイさんの言葉を受けたステラさんは、視線を空中に泳がせて、義手の指をまるでキーボードを叩く用に動かし、少しの間の後に口を開いた。


「即日でプロトタイプを作成して、それを試しましょう」


「はやっ!」


「問題は『白いなれ果て』がいないと、まともにテストが出来ない事ね」


「それなら、心当たりがあるかもでっす!」


「あらウララちゃん、それは本当?」


 こくりと頷くウララさん。


「私が前いたアラカワの農場、そこが『白いなれ果て』に襲われたでっすから」


「そう、ならそこを見てみましょう」


 二人はそれ以上、あまり多くのことを語らなかった。

 昼前に造兵工廠に出かけた僕たちは、日が傾く前にイルマにもどった。


 そこからがまた大騒ぎだ。

 衛兵隊の人たちが僕らを待ち受けていて、飛行場の一角にラボを設置していた。

 彼らにデータを引き渡すと、クガイさんとステラさんの二人は、そのラボにこもりっきりとなった。


 ここから一番忙しくなるのは彼女たちだ。

 確かにゆっくりしていられる状況でないのは解るけど……少しくらいは休んでもいいのにと思ってしまう。


 そして僕たちは「勝手に出歩くな」とクガイさんに口酸っぱく言われ、プロトタイプとそのワクチンが出来上がるまでの間、ラボの前で野営することとなった。


 その間の事はネリーさんが面倒を見てくれた。


「あんらたにウチの『故郷の味』ってもんを見せたるわ」


 ということでいろいろと用意してもらったのだ。

 お茶にお菓子。本当はこれ、彼女がステラさんと楽しむものだったんだろうけど、まあせっかくだし、ご相伴に預かろう。


 彼女の故郷仕込みのお茶の香りは、僕らが淹れたものより数段良く思える。


 びゅうびゅうと強い風が吹きすさぶ、だだっ広い飛行場にあっても、その豊かな花の香りが僕らの鼻をくすぐった。


「ネリーさんは、こっちの生まれじゃないでっす?」


「せやねー、ウチが作られたんはイギリス。わかるか?」


「えーっと……」


 娯楽映像のイギリスの姿しか想像できないんだよなあ。

 ロンドン塔、バッキンガム、ビッグベン、そんなところだ。


「まー、こんな時代で外国いうて、わかるのは、そんなもんやな」


「イギリスってどんなところなんでっす?」


「ぶっちゃけ、ウチも知らん!」


「「えー!」」


「ウチは日本にくる空母の中で作られたっぽいからなぁ、ようけしらんのよ」


「むしろ教えてくれって感じなんですね……」


「そそ、むしろイギリスってなんやねんっていう感じやなー」

「ロンドンなんかより、大阪の難波、堺のがウチはずっと詳しいわ」


「じゃあ、ネリーさんはイギリスに帰ろうとか思ったことは無いんですか?」


「……どうなんやろうな?帰りたい連中がいれば、連れてくけどなあ、自分で帰ろうっていう気にまではちょっとならんわなー」


「私はネリーさんがこのままいてくれたほうがいいでっす!」


「そうかぁ?ならもうちょっとおるとするわ」

 ・

 ・

 ・

 日が傾き、地平線の向こうに隠れると、飛行場に青い影が満ちる。

 すると、灰色のアスファルトが驚くくらいに冷たくなった。

 遠くに見えるイルマ城塞には、黄色い明かりがぽつぽつと点き始めている。


 あの明かりの下には、きっと誰かの営みがある。

 だけど僕には、それを守るために戦うという気はこれっぽっちもない。


 今僕を突き動かしているのは、ごく身近な人たちの今と、これからを守るため。

 やろうとしているのは、ただそれだけのことだ。 


 そのときだった、突然ガチャガチャと金属とガラスの触れ合う音がして、ラボの中で何かがあわただしく動く。


 そしてラボと外界を隔てる、ビニールのカーテンからステラさんが顔を出した。


「お待たせ!出来立てホヤホヤの『銀の弾丸』の出来上がりよ!」


 ……本当に即日で出来上がっちゃったよ。


 微笑むステラさんが、その義手がつまんでいたのは、いくばくの量も無い、透明な液体が入った小さく細いアンプルだ。


 あれが僕たちの切り札、銀の弾丸か。


 ――よし、やってやろうじゃないか。

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