第69話 忘れ物

「そうだ、早速これをつかって見よう」

「ほえ?」


 僕が取り出してRPKアルパカにマウントさせたのは、レヴィアタンのアトリエから持ち出した、スマートスコープだ。


 暗視はもちろん、動体検出、ついでに敵意(?)の検出もできる優れものだ。


 どうやってるのかはさっぱりわからないし、相手が機械の場合でも、敵意を読み取れるかはまったくもって不明なんだけどね……。


 スコープで暗闇を除いてみると、まるで昼間みたいな光景が広がる。


 ……これは!


「ウララさん、見てみて」

「ほえっ?」


 僕はアルパカを彼女に差し出すと、スコープを覗いた彼女は、その4つの馬脚で床を何度も踏んで喜びを示した。


「きっと、スパイみたいな人たちが使ってた、本物の拠点なんだろうねコレ」


「おぉー!すごいでっすねこれ!なんでもありまっす!」


 スコープに照らされた先には、テーブルやソファーだけでなく、汎用作業用のワークベンチに、キッチンまで用意されていた。


 まさかドーナツはここのワークベンチでコネコネしていたのだろうか?

 特定機密入りの、普通とは違う味がしそうなドーナツだな。


 収納スペースも結構な数が用意されている。

 たぶん生活に必要なものは、だいたいあるんじゃなかろうか?


「発電機もあるみたいでっすね……ちょっと試してみますです」


「うん、おねがい。僕にはよくわからないから」


 ウララさんが「えーっと、あっコレですねっ!」といって壁のパネルを開いて、中にある機械を操作し始める。


 すると、どこからともなく、機械の小さな唸り声が聞こえてきた。


 瞬間、天井のライトがチカチカした後、何十年かぶりに力を取り戻す。

 僕らのいる部屋の中に、まぶしいくらいの光が満ちた。


 おかげではっきりと色々なものが確認できるようになった。

 思った以上に上等な部屋だ。


「ホテル・プロペラの客室よりも上等だね。部屋自体はそんなに大きくないけど」


「そうでっすね?ひょっとしたら、地上のドーナツ屋さんより狭いです?」


「……まあ普通に考えたら、地下だからって好き放題使えるわけじゃないよね」


 下手すりゃ他所よその家が地下室作り出したときに、この地下室にショベルがぶつかって、「ん?何だこれ」ってなるもんな。


「ここを使うことで怖いのは、いつか現れる日防軍の人たちに、家賃を請求されることなんだけど……」


「うーんそれは大丈夫じゃないでっすか?小さいでっすし」


「そーなんだよねー」


 見た感じ、ちょっと上等なホテルの一室でしかない。いや、普通のホテルの部屋には、ワークベンチも軍のマークもないけど……。


 ともかく、秘密の研究所という訳でも、物資保管庫という訳でもない。コンピューターも無ければ、軍事機密を残しているワケでもない。


「特に軍事機密もない休憩所なら、奪還部隊を送り込んだりはしないかな?」


「ですです、もう忘れ去られているとおもいまっす」


「じゃあ、使わせてもらうとするかなぁ」


 多少セキュリティには不安があるが、偽装とバリケードを頑張ればいけるだろう。


 そして僕とウララさんは、お互いの端末にこの拠点の位置をマークした。


「これでももし、僕らが廃墟ではぐれたりしても、ここに集合するっていう事もできるようになったね」


「でっすね!書置きとかも、残しておけるです!」


 ラグ・アンド・ボーンズでそれができないわけじゃないけど、やっぱりお家賃とか手間の事を考えると、ここはあった方が良い。いいモノを見つけたと思う。


 僕らはここを使うことに決め、地下室の備品を漁ることにした。


 そしてウララさんが、棚をこそこそ探して、ある物を見つけた。

 こちらにひらひらと振って見せるそれは……、おお、粉末ソーダの箱だ!


「おぉーっ流石~!まだ飲めるかな?」

「オレンジとメロンと、コーラもあるでっすよ~♪」


「私たちの初めての拠点に乾杯でっす!」


 いつ作られたともしれぬ、奇怪な粉末を水に溶かして飲んだ。

 粉末は、パチパチとした炭酸の刺激と、ケミカルな甘みで僕の舌を刺した。


 僕は彼女とグラスをかわして思った。


 わずかな残り物を見つけ、分かち合う相手がいて、落ち着く場所がある。

 僕は廃墟の生きがいというものを、ようやく得れたのかもしれない。

 ・

 ・

 ・

 イルマの衛兵隊事務所の一室で、白いテーブルをはさんで、私と向き合う女性。


 機械化された体に、白い生身の顔だけが浮き上がったようなその姿。

 トコロザワからイルマにやってきたネリーだった。


 彼女はテーブルに四角いフラスコを置くと、言葉を紡いだ。


「たらい回しにされとったけど、ステラちゃんにようやく会えてよかったわ。モノがモノだけに、用向きが言えんかった。」


「というと、それは遺物レリックなのね?」


「せやな。こいつは酉武遊園地で発生したもんや。何混ぜたって純水に戻る異常性をもっとる」


 ネリーの置いたものを見る。フラスコの内容物に妙なところはない。

 見た目はただの水だ。


「特定のサイクルを維持する異常性、なるほど、遺物に間違いないわね」


「ああ、あとは日防軍の動きも伝えるつもりやった。時すでになんとやらで、手遅れやったけどな……あとはもう一点」


「遊園地のフィールドラボに残されていたワークステーション、それから解析できた、量子点群情報についてや」


 すっとテーブルの上を端末を滑らせて、ネリーはこちらに寄越してくる。

 表示されているものを見ると、なるほど、これは苦労するのも解る。


「それで、貴方がしたいのは、これをレヴィアタンに伝えるだけ?」


「何が起きてるか、教えてもらいたいわ。正直な話、逃げるかどうか迷ってんねん」


 私は複合素材で作られた義手の指先でトントンとテーブルを叩いて思案する。

 さて、これらをどうまとめたものか……?


 私は彼から借り受けた後、色々あった為にすっかり返すのを忘れてしまったそれ、赤いスピネルを取り出してテーブルの上に置いた。


「これはあるクズ拾いから預かった物なんだけど。これはかなり強い異常性を持っているわ。そのフラスコの中身も強い異常性を持っているようだけど……」


 私は二つの遺物の間にボールペンを放った。

 インクが水となり、ペン先から液体が浸出してくる。


「わぁキモッ!」


「ちょっと『想像』しただけなのに。これは強烈ね。」


「まず、遺物レリックについての本質から行きましょう。遺物は現象を繰り返す。これはカルノー熱力学サイクルからいっても異常なことだわ」


「せやな。うちが学んだのは概論がいろんだけやけど、エントロピーとか何とかって話やろ?」


「ええ、常識的な熱力学の挙動では、高低差のある斜面を水が流れ落ちるのと同じように、熱も高温側から低温側に移動する。その移動により、仕事が発生する」


「ようするに、この世のものは基本的に岩から砂、塵になったら、同じものに戻ることはないという事ね。ヒトによる人為的な精錬を除いてね」


「つまり、このウチらがコイツについてあれこれ悩んでるのは、『繰り返しのモト』これをどっから持ってきてるのかって話なんやな?」


「そう、均衡化することがまずおかしいの。均衡化すると言っても、実際には冷却の際は、多量のエネルギーが破壊されている」


「加熱の際には核融合に匹敵するエネルギー効率で熱を生み出しているはず。だが周囲の熱電子の放出量には、一切の変化が見られない」


「これは恐ろしい意味を持っているんだけど、わかるかしら?」


「全然わからんわ」


「さて、この世のものは基本的に岩から砂、塵になって戻ることはない。これは数学と同じで宇宙の普遍的な原理なの」


「ほいで?」


「宇宙は、放っておけば冷えて固まって、死んだ宇宙になる。気が遠くなるほどの長い時間が必要だけどね」


「ふんふん……ん?」


「気付いたかしら?遺物の異常性は、宇宙の普遍的な原理を無視している」


「貴女の前に辿り着いた、あるクズ拾いから得られた情報をあなたに共有するとしましょう。そして考えてほしいの」


「はたして私たちは、彼らの行いを本当に止めるべきなのか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る