第68話 借りぐらしを始めよう
戸口に立って、中にボールの形をした偵察ドローンを投入する。
壊されたらお財布に大ダメージだが、サプライズを受けるよりはましだ。
なれ果ての気配はないが、同業者や野盗が罠を張ってないとは限らない。
ウララはバックアップで、室内を偵察する僕の背後を警戒させる。
端末に送られてくる画像を見る限り、屋内に妙なところはない。
ふーむ、もぬけの殻で間違いなさそうか?
そういう自分に都合のいい結論を出した時、そんな時には大体、「おいおい、本当にそうか?」と、もう一人の僕から突っ込みが来る。
我ながらすべてを疑うのがクセになっているな。
わかったよ、お前の言うとおりにしよう。
ウララの方を叩いて、もう少し続けると伝えて中を見る。
粉物を保存していたであろう倉庫、調理場は異常なし。
置いている物にも、妙なところはない。小麦粉だ、爆薬ではない。
数組のお客さんが、お茶とドーナツを楽しむための客席。
そちらも異常なしだ。空になって、黒い染みの残るコップが転げている。
トイレは閉ざされていて、階段は登れない。
要チェックはこの二点だな。
「中を偵察したけど、敵の姿は無し、トイレと2階を調べよう」
「はいでっす!」
ドローンを回収した後に、背中合わせで移動しながらトイレを確認する。
白い洋式便器がひとつ、ぽつんとあるだけの個室トイレだ。
詳しく調べておこう。
一応言っておくが、調べるのは僕がトイレマニアだからではない。
トイレは良くトラップを仕掛けられる場所なのだ。
ヒトなら誰もが使うから、昔々の罠が残されている可能性はある。
タンクの中に水を流すと爆発する仕掛けをしたり、もっとシンプルに便座のフタを開けるとドカンだったり、まあ色々やり様があるのだ。
注意深く調べてみたが、このトイレは安心安全、普通のトイレだな。
「フユさんみたいにトイレをそこまで調べる人、初めて見ましたでっす」
「僕って不動産屋には嫌われそうだよね。よし、二階を調べてみよう」
進行方向に背中を向け、
待ち伏せを警戒してのものだ。
普通に上ると、階段の上で待ち受ける者に背中を向けることになるからね。
逆向きで上がるのがこういう時のセオリーなのだ。
ドーナツ屋の2階は、スタッフの更衣室件、休憩スペースだったみたいだな。
ホコリで真っ白になったお店の制服、それがハンガーにかかりっぱなしだ。
奥にドアが見えるけど、あれは多分トイレかな?
ここを拠点として使うなら、まずは掃除をしないといけないな。
雪みたいにホコリが積もってしまっている。
ブーツが踏んだ畳は、経年劣化の為にボロボロだ。
部屋のいたるところに黄色い草の切れ端がまき散らされている。
これってひっくり返せば、どうにかなるのかな?
ウララさんは窮屈そうにして二階まで上がってきた。
彼女は口の周りを手で覆っている。まあたしかにホコリっぽいよね。
「まずはお掃除からでっすね!」
「だねー。」
一時的な居住スペースとして使うのは2階にすることに決めた。
探索が長引いて、帰るには危なすぎるという時は、ここを使おう。
なので、窓を開けて、中のホコリを掃き出すことにした。
でるわでるわ。猛烈な量のワタボコリ。
「っぺっぺ!」
「~~~~でっす!」
パンパンとはたくもの全てからものすごい量のホコリが出てくる。
いったい彼らは、どこからやってきたのだろう。
ようやくガスマスクなしで深呼吸ができるようになった部屋で息をつく。
一階の調理場にあった雑巾でウララさんが空拭きして、廊下もその木目が見えるようになった。
まだまだ掃除できる場所はあるけど、ひとまず呼吸ができるようになったからこれでよしとしよう。後は畳をひっくり返して、細かいゴミを外へ出す。
そして肝心の拠点化だけど、大したことはしない。
まず、二階にはロープを用意する。これはいざという時、退避するためのものだ。
ロープを輪っか状にして、3点で支持する。これならウララさんが使っても、ロープがすっぽ抜けることはないだろう。
あとは一階の階段の前にバリケードを用意して、もし侵入者があった場合はそこで時間を稼ぐ。その間に僕らは2階からとんずら、そういう筋書きだ。
さて、後は補強できる部分を補強しよう。
テーブルを解体して、その天板を窓に張り付けたりといった具合なのだが……。
ウララさんが何か調理場が気になっているのか、中をチラチラしている。
「どうしたのウララさん?」
「なんか変な気がするんでっすよね~?」
「変な気って?」
「フユさん、そこに立ってみてくださいでっす」
「うん?」
「で、ドーナツを作る気になって、動いてみてくださいでっす」
「うん?まあ、いいけど。」
たぶん、小麦やバターなんかの材料を取る、冷蔵庫を探してうん、2つあるね。
開けてみる。当然電気は来てないので動いてない。
中にはホコリしか入ってないので、取るフリをする。
そこまでして気が付いた、こねる場所がない。
「ほらー、おかしいでっすよね?」
「あら、ほんとだ……うーん?――こういう時の~?」
「シャーロック君でっす!」
僕は端末を操作して、シャーロックを起動する。
さあ名探偵くん、この謎を解いてくれたまえ!
僕はシャーロックを起動して、緑色のヒトの動きを見る。
緑色のヒトは
こねたり、何かを混ぜたりはして無いなあ。
ふーむ……、きっと冷蔵庫には、揚げる前のドーナツが保存されていたのではないだろうか?材料からこねて作ってはいないだけなのかもしれない。
「このお店では、材料からコネコネして作っていないだけじゃないかな?」
「それはおかしいでっす。倉庫には小麦粉があったですよ?」
「あっそうだね、それは確かに変だ。むむ……?」
緑のヒトがひんぱんに部屋のすみで屈んでいる。立ちくらみ、ではないな。
これは、きっと――
緑のヒトが屈んでいた場所を探ってみる。
ほう!ほうほうほうほう……?
「何かあるね。落とし戸じゃないこれ?」
「おお~!秘密の入り口でっすね!」
落とし戸はホコリで床のタイルと見分けがつかなくなっていた。
モノリス刀を継ぎ目に差し込んで、えいやっと持ち上げる。
そこにあったものは、機械式のハンドルだ。
あまりにも予想外のものが出てきたので、ウララさんと顔を見合わせる。
これ、和尚さんのとこで見た覚えがあるぞ?
かなり固くなっていたので、アルパカ用のガンオイルを差して、くるくると回す。
落とし戸じゃなくて、防爆ハッチじゃないかこれ……。
ハッチの開いた先は、かなり広い空間になっているようだ。
空気が流れ込んでいくのを肌で感じる。
「……まさか、まさかだけど、なにかの秘密基地とか?」
「おぉ~!おもしろそうでっす!」
「ドーナツ屋の地下に、秘密の軍事基地とか、まっさかね~?」
ハッチの大きさは結構なものになっている。
僕の何倍もの胴回りのあるウララさんでさえ、通れるくらいの大きさだ。
僕たちはハッチに備え付けられていた、階段とハシゴの中間みたいな設備を使って、地下へと降りて行く。ヘッドライトを付けると、そこには僕たちが全く予期していないものがあった。
コンクリートの壁に書かれていたのは、日の丸を抱えている、翼を広げた鳥のマーク。これはアトラスの側面にあったのと同じものだ。
日防軍が戦争の始まる前に、ドーナツ屋の経営をしていたという話は、僕は一度も聞いたことがない。という事はこれは――
「まさか……本当に秘密基地、みつけちゃった?」
「やったですね~っ!」
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