第66話 道の駅
「困りましたでっすーね?」
「困っちゃったねー?」
僕らは「ラグ・アンド・ボーンズ」の泊り客用の部屋で、ウララさんとちゃぶ台ごしに顔を突き合わせて悩んでいた。
この酒場にある泊り客用の部屋は、4畳程度のクッソ狭い空間に、申し訳程度の寝具だけが置いてある、THE寝る場所だ。
トイレは共用、風呂シャワーなし。
ホテル・プロペラとは比べモノにならない環境だが、話をするには都合がいい。
それに、簡素なだけに、宿代は安い。
僕らアンデッドというモノは、ヒトからある、おぞましいものを引き継いでいる。
――そう「家賃」という永続デバフだ。
これは「どく消し」を使ったとしても消せない、しつこい状態異常なのだ。
話を戻そう。ここでの議題はもちろん「サバイバルガイド」についての話だ。
引き取ってはもらえるだろうが、宙ぶらりんになってしまった。
まあたしかに、クセノフォンさんの言う事はもっともだ。
衛兵隊と日防軍がいつドンパチ始めるかもわからない状況で、のんきにテレビ番組など作ってはいられないだろう。
「じゃあーやっちゃいますでっす?」
「えーっと?」
「えー!忘れちゃったんでっす? 拠点を作るっていう話でっす!」
眉を逆ハの字にしてぷりぷりとしたウララさんに、あっと思った。
依頼を受けたあと、あんなに盛り上って話をしたのに。
「あっそういえば!」
「私たちのお家をつくるでっすよ~!」
そう言えばそんな話していたっけ、トコロザワに行ってからのアレコレが激動すぎて、完全にすっ飛んでいた。
そしてふと気が付く。
これは、僕たちが持つ永続デバフ、「家賃」を癒す唯一の方法じゃないか。
たしかに最後のアガルタの事をどうにかした後は、僕らの日常がまた以前のように続く。それなら、今みたいな空いた時間に、多少は今後の為に動いてもいいはずだ。
確かに今は危機的状況だ、都心部を隔てる向こう側では、「なれ果て」がせっせと塔を作っているかもしれないし、衛兵隊が迫られているイルマ受け渡しの回答期限は、今こうしてお茶を飲んでいる時も迫っている。
何かをできる時間が限られているのは確かだ。
だからといって、ワァ大変と、騒ぐのを目的にしてはいけない。
そう、不治の病「家賃」は、世界の終わりでも息づいているのだ。
「イルマを離れてからが激動すぎて、すっかり消し飛んでたや」
「えぇー?」
「いやいや、やらないって意味じゃないよ、手を付けよう」
「まずは計画でっすね?」
「うん、そうだね、まずどこに建てようかな……」
「やっぱり、探索の進んでいない、都心側でっすか?」
「うーんそうだね、探索を目的にした拠点にするなら都心側かな?」
「生活拠点を兼ねるなら、川の近くになるから……」
僕は端末を点けると、地図の上を流れるイルマ川を追いかけるようにして、指を動かした。イルマ川から進んでいくと、指はアラカワへとぶつかる。
そこから都心部に指を動かす。僕の指が止まった場所は、アサカ駐屯地の先、都心部の境界に当たる場所だ。
「都心部の探索が目的で、生活もできる拠点、そうなるとここ、キタ区のあたりになるかな?」
「おぉー?ここだとオズマさんの居る、アサカも近いでっすね!」
「うん、候補としてはここがベターかなって」
下心丸出しの話にはなるが、ここなら困ったことが起きた時、アサカ駐屯地が退避場所になるし、オズマさんの助けも得られる。
「うん、我ながら悪くない選択だと思う。欠点とメリットが表裏一体なところがあるけどね」
「ですです、めっちゃッ!!!遠いでっす!!!」
「だよねー。」
街が滅茶苦茶遠いから、都心部でのクズ拾いをして補給品を集めないといけない。
不便だ。でも不便はそれだけ、この拠点の価値を高める。
「装甲車があるから、イルマからの行き来が出来なくもないんだよね」
徒歩なら絶対こんなところに拠点を作ったりはしないけど、今なら装甲車がある。
道路状況のいいところにある、車両の入れる施設を要塞化して拠点化したっていいかもしれない。いや、そこまで行くともう街になるか。
「いきなり挑戦的なことをするのは良くないと思いまっす」
「たしかに。……となると近場にお試し拠点を?」
「でっす!」
彼女は僕の端末に指をやったかとおもうと、すっすっとスワイプして、イルマの北側を指し示した。
「イルマの北側はまだ探索が進んでいないでっすよね?まずはここに拠点を作って、拾って来たものを仕分けしたりする、倉庫兼、休憩拠点を作るのはどうでっす?」
「おおっ!たしかにそうだね。廃墟から持ち帰ったガラクタを、手当たり次第に持ち込んで仕分けする場所か。日帰りでいい場所なら、拠点もコンパクトでいい」
「ですですっ!装甲車を入れられる場所って、イルマのゲートを見てもわかる通り、大がかりになるでっすからね~」
「うーん、実際どんなのを置こうか?」
「最低限でいいとおもいまっすよ?窓を塞いで、入り口にロックやトラップをかけて、隠し倉庫をつくって、何日か籠れるだけの物資を置くです」
「なるほど、和尚さんがいう所の、「道の駅」タイプか」
「ズバリそれでっす!」
僕の言った「道の駅」タイプとは、和尚さんの話の中に出た拠点の分類だ。
拠点には、「仮拠点」と「本拠点」のふたつがある。
本拠点は家としての機能を重視して、快適性を追求する。
仮拠点は、倉庫や防衛、ひとつの機能を重視して、それを追求する。
和尚さんが言うには、手間と物資が許すのなら、そういった仮拠点は、いくらでも作っていいそうだ。廃墟にある仮拠点は、いざという時、自分だけではなく、見知らぬ人の命を救う事もある。
「よし、ステラさんからの連絡までの時間、このプロジェクトに取り組むとしようか。 さっそく取り掛かるとしよう!!」
「はいでっす!」
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